三十の二 上弦の言上
文字数 3,865文字
あの恐ろしい剣こそが破邪の剣だ。それがあれば箱にかかった術を消せると、思玲は言った。
つまり、あの人を倒して、あの剣を奪い思玲に託し、箱の妖術をかき消す……。
箱は峻計から取りかえす……)
(それには俺達が消すべき存在でないと認めてもらわないと。
……師傅は問答無用で剣を振りかざしてくる。俺達の釈明など聞いてくれるだろうか……。
口が達者な(お喋りなだけな)ドーンと、弁がたつ(理屈屋の)俺の二人なら、きっとできるはずだ)
劉師傅の声はよく届く。俺とドーンはあわてて屋上へと向かう。
師傅は剣を地面へと置く。それでも俺は距離をおいて浮かぶ。なにも持たないままの師傅がたちあがり、再び俺を見上げる。
そいつらは誰だよ。聞いたこともないよな。
て言うか、瑞希ちゃんが生きているかぎり桜井は青龍にならないって、思玲が言っていた。
だから、はやいとこ川田と瑞希ちゃんの意識を戻してくださいよ。そんで思玲を助けて、俺達を人に戻してくださいよ
簡潔な答えを受けて、俺は思いだす。偶然に支配された、二人だけの真冬の時間を。
あの笑みさえも忘れろと言うのかよ……。
俺の心にあったもうひとつの願いが、真実として言葉としてでてしまう。
電車の警笛が長く響く。
黒羽扇は傷ついた。奴の体のごときものであっても、あの式神は邪悪な光をしばらくは発せまい。
奴らはあきらめぬ。青龍の娘が人に戻ったとして、また襲われる。私がこの地で老師を倒したとしても、別のものが狙うかもしれぬ。
思玲のごとく両方の世界に存在できる者も、楊老師の四玉の理屈を解して真似できる者も、大陸にはいる。
やがて誰かの手により、かの娘は完全なる青龍と化すかもしれぬ
紅蓮だ。
この三十時間は、理不尽への怒りや絶望にまみれて過ごした。でも、これほどまでの憎悪は……。
俺は憤怒の具現と化す。
次回「砂粒ほどの記憶」