十一の一 新しい朝が来た。希望の……

文字数 2,104文字

……。

 夜は長いようで短かった。空は白みだしたけど、小鳥はまだ鳴かない。俺は小学校の校舎の陰から、ふわふわと校庭にでる。

 朝礼台の上には、暗い校庭を見わたすようにカラスが一羽とまっていた。ドーンだ。俺に気づき振り向く。

なんだ哲人か。……思玲は?
プールに行ったよ。体を清めるだってさ

カカ……

俺は気にならなかったけど、今の川田は鼻がきくからキツかったかもな

 そんな冗談は楽しくもない。あの夜を終えたばかりの朝なのだから。希望もない朝を迎えただけだから。
(思いかえしたくもないけど……)
 全員がそろい小学校の片隅を隠れ家と選んだあとも、誰もが口数は少なかった。やがて思玲が中庭の狭い夜空を見上げる。
包み隠さず言う。覚悟してくれ
 思玲はその言葉とおりに話した。あと一日ちょっとで俺達の誰かが餌を求めだすことを。それを手始めにみなが飢えにさいなむことを。ドブネズミでも見つけようものならば奪いあって食べ、人としての心が消滅することを。
おどかすなよ。それまでに師傅さんが来ればいいのだろ? はやく呼べよ
 思玲はまた空を見上げる。じきに俺達に顔を戻す。
お前達を救うために来られるとは思えない

 思玲は続ける。多くの四神くずれが楊偉天達により殺されたと。同じように劉師傅により消されたと。人の心が残っていようが、人の目にさらされた忌むべき異形として処分されたと。

 そして彼女も俺達を殺すためにこの国に来たと。

そんな話があるか!



どうすればいいんだよ

まだ一日以上ある。みんなで考えれば……
松本君は生きのびるのだよね。そんな人の話なんか聞いていられないよ
 俺の弱弱しい返答を横根がさえぎる。彼女は思玲の両手に爪痕を残し、抱えられて戻ってきた。
松本君にも青龍がちょっとだけ入っているし。もしかしたら、まっさきにおなかを減らすかも
ザケンナヨ、オマエガ…
 桜井らしきインコが場の空気を変えようとする。みんなの顔色だけが変わる。
桜井、笑うなよ
 俺はさきんじて彼女をとがめる。インコである桜井は裏切られたような顔になる。
松本君までそう言うの? 私だってつらいよ。みんな私のせいだし。龍になるまで、みんなに謝って過ごせと言うの!
オロオロ
 小鳥が泣きだす。涙はでない。インコであろうが、俺はおろおろとする。
な、泣かないでよ。私はそんなつもりで言ったのではないよ。夏奈ちゃんのせいなんて思ってないよ、絶対に
 白猫まで泣きだした。
ウォーンンンン
 狼の遠吠えが中庭に響く。みんなを見わたす。
月が沈みかけようと吠えたくなるさ。俺だって泣きたいのを我慢しているだけだ。

松本だって、ドーンだってそうだろ?

涙なんかいらねーし


泣いている暇はない。俺は待っている人がいるから人間に戻る。瑞希ちゃんだって猫のままでなく、人に戻って笑いながら家族と会えよ

その言いかたはよくないぜ。泣きたいだけ泣いて、そこから始まることもある。中学のときの監督にそう聞いた。高校で実際にそうだった
スポーツと違うんだよ。これはメダルがあと数枚の、マジで追いつめられた状況だ
お前こそギャンブルと一緒にするな
今回は犬になったりカラスになったり、インコになったりとイレギュラーな展開だろ。このあとの展開も台湾と違うかもしれない
 俺は緊迫した空気を消すために、思い浮かべていた希望的観測を口にだす。
そしたら私だけ人でなくなるというの!
松本君がそんなつもりで言うはずない
 小鳥が白猫の前へと浮かぶ。横根は目をそむけ、すぐににらみ返す。
そうやってあなたは、その人の肩をもっていればいいよね。二人とも青龍なんだから

なんでまた桜井と瑞希ちゃんの争いを見なければならない。


ドーン、さっきの言葉は悪かった。俺はお前をあてにしている。

……思玲、俺達はどうすればいいんだ

 思玲は真実を告げおえると、目をつぶり黙ったままだった。
正直に答えろと言うのか?
教えてくれ
知りたくない!

思玲さん。


私は聞きたいです。先輩の苦しみだって知りたいです

はっ
台湾の魔道士がしたこととは言え、私の責任だとは思っていない。だが最後まで見届けてやる。

それだけしか言えない

ほら、やっぱり聞かなければよかった。思玲があきらめているのに、どうすればいいの!

 横根が校舎の奥へと駆けていく。思玲だけが追いかける。俺達は黙ったままだ。電線に電気が通うかすかな音が耳ざわりなだけだった。


 しばらくして思玲が戻ってくる。白猫は彼女の腕の中で寝息をたてていた。

瑞希をせめるではないぞ。こいつは自分でまいた種だとしても散々な目にあってきた。平常でいられるわけがない
スヤスヤ
また術をかけやがったな! もう許さない
ならば噛むがいい
タジッ
 思玲が片手を川田に突きだす。狼は牙をむいたまま尻ごみする。
逆ギレかよ
チッ

私も疲れはてた。すこしだけ休ませてくれ

スヤスヤ
私も行きます
 桜井が追いかける。男三人が残される。
ドーン、うまい手はあるか?
あるはずねーし。哲人は?
考えよう。みんなで

 誰の頭にも思い浮かぶものなどあるはずない。ほとんど黙りこくったまま、気づけばみんな散りぢりに自分の居場所に去っていった。



次回「大空あおげるかよ。ラジオなんかねーし。風よどんでるし」

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