十五の二 褐色の翼

文字数 2,866文字

(捕らえて尋問するどころではない。ドーン達が捕らえられ拷問される)
『カラスとインコ、どちらか死ぬ』
『お前だけ無傷。ずっと恨まれる』

(呼ぶ声がかすれてきている。分かりきった言葉などスルーだ)


桜井、逃げろ!

え?

きゃあ

バシッ

フラフラ…

 小鳥がカラスのくちばしに叩かれる。ふらふらと落ちていき、屋上から見えなくなる。

 カンナイが空中でブレーキをかける。

追うぞ
(桜井を助けないと。なのに妖怪としての俺の本性が動きださない。朝からこんなに快晴な空のもとでは)
『暗くならないと呼べないよ』
『ホホッ。それを言うなら我々もそろそろ退散かな』
『キッ、こんな遠くまで声を飛ばしてやったのに』
 誘う声が遠ざかる。ようやく惑わされなくなる。
桜井を助けるぞ
おう、行くぞ。

……。

フワフワ
 ハシボソガラスを抱える。非常階段へと向かう。背後から羽音が追いかけてくる。
その飛びかたはなんだい。お前もやはり異形だね

ヨロッ

(ドーンへ体当たりしようとして、見えない俺に流された)
なにやっているんだよ。空中でよろめいたぞ
別のも来た。挟まれるぞ。放せよ。飛んでみせるから
ふざけんなよ。
“このスロット台は爆発するぜ、あの白人なら楽勝だぜ、夏奈ちゃんは俺に気があるかも、瑞希ちゃんも”
“へー”
(何度もこいつの大口を聞かされている俺が信じるはずがない)


隠すぞ

 俺は服をひろげる素振りをする。ドーンを抱えこむ。……ドーンの人としての心と体に触れあう。
 
……。
バサバサッ

やめろよ! 俺はそんな気ないからな

(俺にだってない。さすがに無理だ。こっちから追いだすところだった)
こいつ、ちょっとだけ消えたよな
結界って奴かい? あの女人が本当にいるのかい?
(ひるんでいやがる。チャンスだ)
 もだえるドーンを抱えて門へと向かう。鉄柵の隙間に突っこみ階段へと押しだす。俺は浮かびあがり、ゴウオンをぶん殴りながら鉄柵を越える。
ボコボコボコ
…?
(握りこぶしの感触からして、ダメージなど与えていない)


桜井! 大丈夫か!

ドーン、急ごう

 狭い階段は羽根のない俺に利があるはずだ。ドーンを抱えようとするが、

階段なんか降りていられるかよ。

俺は飛ぶぜ

 そしてドーンが羽根をひろげ舞いあがる。いや跳ねる程度だ。
ピョンピョン…

ここじゃ無理だ。空が見えるところに戻せよ

 ドーンが見上げる非常階段の狭い空にカラスが現れる。手すりにとまる。スリムで大柄なカンナイではないが、
人でも異形でもいいから姿を見せな。飢え死ぬほうがましに思えてきたよ
(このイントネーションはヂャオリーだ)

喰らえ!

 姿を現せない代わりに、浮かびあがって突き落とす。
ガアー!

やっぱり何かいる……

 ヂャオリーはカカッとわめきながら空に退却する。

(……力が似たもの同士のつば競り合いは心の強さがものをいうかも)


ゾクッ

 桜井の感情が伝わってきた。怒っている? 苦しんでいる?

 俺は手すりに乗る。校庭を見る。

(こいつらは3Dに縦横無尽だ。俺の力じゃカラスを追いはらえるだけ。しかも秀でたカラスには太刀打ちできない。夜じゃないから、呼んでも誰も来ないだろうし……。)
パタパタ、パタパタ
 ドーンがコンクリートの上で必死に羽根を動かす。羽ばたきの練習だろうか。……本心はドーンが邪魔だ。置いていけるはずない。
空にでよう
ギョッ
服に入れないよ。むき出しで外にでる。下まで一直線だ
急ぐぞ。フワフワ
 手すりを越えるなり、ヂャオリーが飛んでくる。ドーンへとくちばしを向けるので、体の向きを変える。雌カラスは俺の背中に当たり、するりと横にずれる。
堪忍してくれよ。竹林様みたいじゃないかい
カーカー


妖怪変化が守ってやがるんだ。二羽でないと無理だ

クソ
 上下から挟みやがる。俺はかまわず下へと向かう。……降りることまで重力を無視してふわふわだ。ドーンを抱えているからか、なおさらのろい。
カカカッ
キック!
フワリ

クソ

オリャ!
 横から来たヂャオリーが、腕の中のドーンにおもいきり体当たりする。
クッ

(衝撃が俺にまで伝わる……。とにかく下だ)

 下からまた一羽が襲ってくる。風を切り裂くような飛行……。
ヤバい、カンナイだ
北のボソめ!
わあ!
 空中で吹っ飛ばされる。カンナイが素早く切りかえす。
化け物め!
うわあ!
 ドーンをかばった背中を爪ではたかれる。ドーンと爪に挟まれて、体がふわりと流れない。

感触があったぞ。カカカ

あっちの世界と触れあっているぞ

それがいい話なのかい?

青インコは?

 ヂャオリーが急降下してくる。

 俺はドーンに覆いかぶさる。頭に衝撃が伝わる。痛くはないが。

手負いにはした
……。
 カンナイが正面から爪を向ける。反応できない。
避けろ!
 ドーンが俺に抱えられたまま体をひねる。俺は引っぱられ、尻の奥にカンナイのくちばしが突き刺さる。
痛え!
夏奈ちゃんがマジヤバいぜ。のろすぎだ。急げ
 ドーンが腕の中で騒ぐ。俺だってそうしたい。でも上からヂャオリーがやってくる。
カカカッ
くそぅ

フワ

おらおら
フワッ
カッ
 避けたところにゴウオンが背後から突っこむ。俺ごとはじき飛ばされて、ドーンが悲鳴を上げる。
“一人より二人のがいいよ。絶対に”
 横根の言葉を思いだす。二人より三羽のがさらにいい。あいつらのが強くなってきている。
(カラスどもに見えない俺にたいする害意はない。ドーンを守るために自分の意思で傷を受けているからか、護符に発動する気はないらしい)
行かせないつもりだぞ。放せって。助けにいくしかねーじゃん。

俺は飛ぶ。自分の力で

離すかよ。

ギュッ

……あのインコは、羽根を折られても逃げようとしている
 カンナイのつぶやき声が頭上で聞こえた。次の瞬間、頭をけり倒される。俺の顎がドーンに直撃して、
グワッ
クラクラ
インコ、逃げるな

 カンナイはそのまま下に向かう……。

 空中ではどうにもならない。

……手を放すよ
 どうにもならないから、ドーンに告げる。高さはまだ三階ぐらいか。羽根だけみたいな軽い体でもダメージは受けるかも。
……OK
俺の上に落ちてきて。必ず受けとめるから
 ドーンなら飛べる気がする。そう信じるしかない。頭上へとカラスを放り投げる。
えい!
 
 ……想像と現実は違うよな。力が足りず、ドーンは俺より先に校庭へ落ちていく。
ドーン!
大丈夫、飛ぶから
 無様に羽根をばたつかせながら、俺を心配させまいと叫ぶ。俺はあせっているのに、ふわふわとしか追いかけられない。
カカカッ
 ヂャオリーが笑いながら俺の真横を過ぎる。瞬間の出来事だのに、すべてがゆっくりだ。
違う! あの野郎の飛びかた!
 ドーンが叫ぶ。落下速度をゆるめることなく、じきに地面に激突する。ドーンが羽根をしなやかに広げなおす。
 地面にかすめそうになりながら、風を操る。
……。
 ……小柄なハシボソガラスが浮かびあがる。勢いを増すばかりの太陽の光を受けて、漆黒の翼が赤茶色に光沢を帯びた。
なんだい、飛べたのかよ
 ヂャオリーがドーンを追いかける。ハシボソガラスは羽ばたきを強める。二羽の間隔が開いていく。
(とりあえずドーンは大丈夫だ)



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