十五の二 褐色の翼
文字数 2,866文字
『カラスとインコ、どちらか死ぬ』
『お前だけ無傷。ずっと恨まれる』
小鳥がカラスのくちばしに叩かれる。ふらふらと落ちていき、屋上から見えなくなる。
カンナイが空中でブレーキをかける。
『暗くならないと呼べないよ』
『ホホッ。それを言うなら我々もそろそろ退散かな』
『キッ、こんな遠くまで声を飛ばしてやったのに』
誘う声が遠ざかる。ようやく惑わされなくなる。
ハシボソガラスを抱える。非常階段へと向かう。背後から羽音が追いかけてくる。
俺は服をひろげる素振りをする。ドーンを抱えこむ。……ドーンの人としての心と体に触れあう。
バサバサッ
もだえるドーンを抱えて門へと向かう。鉄柵の隙間に突っこみ階段へと押しだす。俺は浮かびあがり、ゴウオンをぶん殴りながら鉄柵を越える。
狭い階段は羽根のない俺に利があるはずだ。ドーンを抱えようとするが、
そしてドーンが羽根をひろげ舞いあがる。いや跳ねる程度だ。
ドーンが見上げる非常階段の狭い空にカラスが現れる。手すりにとまる。スリムで大柄なカンナイではないが、
姿を現せない代わりに、浮かびあがって突き落とす。
ヂャオリーはカカッとわめきながら空に退却する。
桜井の感情が伝わってきた。怒っている? 苦しんでいる?
俺は手すりに乗る。校庭を見る。
ドーンがコンクリートの上で必死に羽根を動かす。羽ばたきの練習だろうか。……本心はドーンが邪魔だ。置いていけるはずない。
手すりを越えるなり、ヂャオリーが飛んでくる。ドーンへとくちばしを向けるので、体の向きを変える。雌カラスは俺の背中に当たり、するりと横にずれる。
上下から挟みやがる。俺はかまわず下へと向かう。……降りることまで重力を無視してふわふわだ。ドーンを抱えているからか、なおさらのろい。
横から来たヂャオリーが、腕の中のドーンにおもいきり体当たりする。
下からまた一羽が襲ってくる。風を切り裂くような飛行……。
空中で吹っ飛ばされる。カンナイが素早く切りかえす。
ドーンをかばった背中を爪ではたかれる。ドーンと爪に挟まれて、体がふわりと流れない。
ヂャオリーが急降下してくる。
俺はドーンに覆いかぶさる。頭に衝撃が伝わる。痛くはないが。
カンナイが正面から爪を向ける。反応できない。
ドーンが俺に抱えられたまま体をひねる。俺は引っぱられ、尻の奥にカンナイのくちばしが突き刺さる。
ドーンが腕の中で騒ぐ。俺だってそうしたい。でも上からヂャオリーがやってくる。
避けたところにゴウオンが背後から突っこむ。俺ごとはじき飛ばされて、ドーンが悲鳴を上げる。
横根の言葉を思いだす。二人より三羽のがさらにいい。あいつらのが強くなってきている。
カンナイのつぶやき声が頭上で聞こえた。次の瞬間、頭をけり倒される。俺の顎がドーンに直撃して、
カンナイはそのまま下に向かう……。
空中ではどうにもならない。
どうにもならないから、ドーンに告げる。高さはまだ三階ぐらいか。羽根だけみたいな軽い体でもダメージは受けるかも。
ドーンなら飛べる気がする。そう信じるしかない。頭上へとカラスを放り投げる。
……想像と現実は違うよな。力が足りず、ドーンは俺より先に校庭へ落ちていく。
無様に羽根をばたつかせながら、俺を心配させまいと叫ぶ。俺はあせっているのに、ふわふわとしか追いかけられない。
ヂャオリーが笑いながら俺の真横を過ぎる。瞬間の出来事だのに、すべてがゆっくりだ。
ドーンが叫ぶ。落下速度をゆるめることなく、じきに地面に激突する。ドーンが羽根をしなやかに広げなおす。
地面にかすめそうになりながら、風を操る。
……小柄なハシボソガラスが浮かびあがる。勢いを増すばかりの太陽の光を受けて、漆黒の翼が赤茶色に光沢を帯びた。
ヂャオリーがドーンを追いかける。ハシボソガラスは羽ばたきを強める。二羽の間隔が開いていく。
次回「うっすら見えた」