五十三の二 深夜の校庭4.91

文字数 2,203文字

タッタッ

ノシッノシッ

(ドーンと屋根に並んで、川田が真っ暗な校内を走るのを見守る。発散させないと、人の食事で満足してくれないからだ。人とは思えぬ速さだから、人目につかないところを走らせる。校舎の壁をよじ登るなどなおさらだ)
“ラブラブですね~”
(……七実ちゃん。こいつの彼女と会う約束をしていた。スマホが消えて連絡とれないし、そもそも彼女の心からは人である俺は消えている)
(川田と一緒に俺のアパートまで歩いたりもした。鍵がかかっていないが荒らされてもいなかった)
(フサフサに破壊されたユニットバスのドアはそのままだった。横根には、俺の実家に電話してもらった。『そんな人はいません』と女性に言われたそうだ)
 俺は下を見る。横根と夏奈がベンチに並んで座っている。
ははは。川田君はオリンピックにでるべきだって
(夏奈はなにも覚えてないけど、すべてを受けいれている。三石が帰ってきても、横根とともに行動する。三石はバイト詰め込み過ぎらしいけど)
ダ、ダメだよ。本当の川田君に戻すんだよ
(横根は本気に受けとる)
私も本来の私に。

松本君がまとめて戻してくれるよ、絶対に

(あっちの世界に取り残された人間くずれを過大評価だ)

ダッダッダッ
……満月までにはね


(それでも俺はつぶやく。……満月に川田はどうなるのだろう。

 新月の夜は物の怪系の祭りだった。末座の俺さえも異様なまでの回復力だった。

 けだもの系の夜祭まで、まだ十日ほどある。仲間には、賢い琥珀と素早い九郎もいる。いずれ思玲も戻ってくるに決まっている。俺は焦っているけど焦っていない)

夏奈ちゃんの誕生日まで一週間切ったよな?
ああ

(ドーンが念押しする。

 龍の資質から守るためには? 琥珀に検索させても分からなかった。だから思玲が香港から戻るのを待つ)

(お盆を過ぎたばかりだと東京の空は秋めかない。曇り空だから、か細い月はどこにも見えない。横根に押しつけたままの川田のスマホには、まだ日向七実からの連絡はないようだ。連絡したくても、俺は人の声を発せられない)
“ここで君と戦えば、また人を救えない”

(夜空を見ながら、俺は藤川匠を思う。なぜに奴が掲げる破邪の剣は輝くのだろう。

 俺と藤川匠。剣はどちらも正義だと感じているのか?)

“わあ”

(人を龍にする者が、おさなごの魂を奪った者のどこが正義だと言うのだ!

 夏奈を奴からも守らないとならない)

“終わりではないぞ”

(俺同様にまたも生き延びた峻計も思う。あいつは藤川匠のもとに向かうと感じる。唯一残った仲間の傷をいやすために、藤川の軍門にくだると確信してしまう。

 黒羽扇は白銀の光に溶けた。だが、あいつは楊偉天の杖を手にするだろう。幾多の妖術をあやつる杖を)

“私達を読み解け”
(死者の書は南京に戻ってしまうのだろうか。古来の智が網羅された書が……。大丈夫。俺は囚われてなどいない)
“ふん”
“なんて奴らだ”
“クエエエエエ”

(さらに上海を思う。借りた法具や笛、代償の護布と珊瑚。渡すのはすべてが終わってからでいいと言っていた。取り立てが来ないのは、まだなにも終わってないからだ。

 隠しようもなく、俺達は沈大姐と露泥無のおかげで命拾いした。……あの人達を信じるべきなのに、胸騒ぎを感じてしまう)

“キムハンソプよ……
(韓国最強の魔道士は偏屈な老人で(琥珀談)、白虎使いであり、楊偉天の唯一の友であったそうだ。その人は小鬼の説明に納得しただろうか? 友の復讐の心は持たないだろうか?)
“良き者には無料です”
“かわいそうに”
(陰陽士と呼ばれる日本の魔道士達も思う。すでに川田は忌むべき異形として知られただろうか? 香港にでも討伐を依頼するだろうか?)
 香港……。
“へへっ”
“滅べ”
“……。”





 

“へへ”





 

(最後にドロシーを思う。俺に向けられない夏奈の笑顔を見るたびに、ドロシーの泣き顔を思いだす。彼女といると無敵に感じられた)
“……。”
……。

……。

(俺はもっと焦らないといけない)
カラス! 起きてるか? 元座敷わらしも元気?
ガーガー

(夏奈が屋根へと護符を振る。

 ガーガーとドーンは鳴き声を返す。こいつは自宅のベランダにすら寄りつかない。羽根ならばあっという間の距離なのに)

夏奈のが元気そうだけどね
ははは、カラスが返事したし
(俺は彼女に見えない手を振る。夏奈が握る天宮の護符は、いまもうっすら青く輝く。それは吉なのか凶なのか。俺に分かるはずもない)


スタッ

 あいかわらずだ。すべてが中途半端だ。だから俺は地面へと飛び降りる。川田が走るのをやめる。
松本、言いたげだな

(異形の言葉で語りかけてくる。さすが手負いの獣。バレバレだ。

 もっとも親しかった友へと告げる)

ちょっとでかける。

俺が帰ってくるまで、ドーンと一緒に女子を守っていて

どこに行くんだよ
……。
(東京で最初の友が降りてくる。川田の頭にとまる)
近くだろうと笛は置いてけよ。て言うか、俺も一緒に動きたいけど……
(ドーンが横根達を見る。ついで足もとの川田を見る。ドーンも異形のままなのに、まわりへの気苦労が尽きない)


隙あり!

 俺は信じられるカラスを手で捕らえる。顔に寄せて向かいあう。
思玲を迎えにいく

(真っ黒な瞳へと笑いかける)

…………カカッ
(ドーンがカカッとあきれやがる)

第二部完

次回 完結の『5-tuneⅢ 四神獣達のヒートアップ』



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