四十四の四 曙光
文字数 2,522文字
俺の手から力が抜ける。白猫を抱えたまま、楊偉天の前へと引きずられる。
龍が屋上を見おろした。箱へと
青い光が玉に戻れば、桜井も人に戻れる。そして俺も……。どこまでも無力だった。人に戻ることさえも楊偉天次第だった。この二日間してきたことは、すべて悪あがきだった……。
老人も怯えていた。
楊偉天が立ちあがる。杖を両手に持ちなおす。
大型トラックほどもある巨大な顔が口を開く。楊偉天が呪文をあきらめる。迫りくる龍へと杖を向けなおす。
異形の力が玉へと去っていく。言葉を伝えるのさえ、つらくなってきた。……巨大な龍がちっぽけな俺を見つめる。
彼女の悪戯っぽい声が心に伝わる。
『峻計は鴉になってもいい女』
『代わりに魔力は消えた』
『あるのは悪知恵』
『器用な爪、キッ』
『羽根を使ってさあ逃げろ、ホッ』
『筋書きがずれるから箱は開けておいてくれ。異形ではなく人の魂が欲しいのだよ』
『嫌なら、鴉VS梟&蝙蝠だ。キキキ』
『人の魂を得るために決まっているだろ。おったってないと入れられないのと同じだ。ホホホ』
『そんで、お前が消え去るカウントダウンは11秒だぜ。9,8……』
『松本哲人。契約を反故にしたな。桜井夏奈を守れなかったな。キキキ、おかげで見事な龍が生まれちゃったぞ。
違約のむくいとして、この娘の魂はもらっていく』
呼ぶ声がかすかに聞こえる。女の子の魂が、救いを求める手を伸ばしたまま遠のく……。俺は誰かに許しを請う。
青龍の光の破片も、名残惜しそうに俺から立ち去る。
二人だけの時間。クリスマスと元旦に挟まれたモールにあって、そこだけひっそりした二階のテラス。その記憶さえも溶けていく。
俺は青い光へ手を伸ばす。でも光は消える。……もうすこしだけふんばらないと。小柄でまじめでかわいい女の子。友人達。俺達のために戦って死んだ人。誰かの笑顔……。俺の虚無に刻みこめ。
『ホホホ。しかし特記事項で猶予を与えると約束した。よって次の新月までは、この娘は捧げない。我らが主であられる、ゼ・カン・ユ様にな。
お前と違い、私達は約束をたがわない。たとえお前が覚えていなくてもな。ホホホホホ……』
横根、川田、ドーン、夏奈……。虚ろの中で、みんなの名前を刻もうとする。
異形であった俺はもう存在しない。曙光が町を照らすだけだ。……もうすこしだけ名前を刻まないと。劉師傅、思玲……
消え去った彼女を呼ぶ。反応などあるはずない。
俺は絶叫する。迎えに来てくれるはずなどない。もう終わりだ。すべてが遠のく。
自分の声さえ遠ざかる。誰かの名前を呼びながら、妖怪としての俺は消える――。
次回「三十七時間後」