三の一 セカンドコンタクト

文字数 2,687文字

1.5-tune



うう
 どれくらい意識がなかったのか。俺は校内の歩道に転がっていた。爆発に巻きこまれたというのに、どこも痛くない。土をはらおうと目を下に向ける……。地面が見えるだけだった。
俺の体はどこだ?
ソレデサ
キャッキャッ
 談笑する男女に踏まれかける。手を伸ばし声かけようとしてやめる。
俺は死んだな。幽霊になったんだな

 案外簡単に受けいれられた。ふわっと浮かぶように立ちあがる。


 母親がどれだけ悲しむか。それが一番の心残りだ。あとは桜井のこと。彼女は大丈夫だったかな。傷ひとつ負わないでいたらと切に願う。それと川田とドーンと横根。青い光は核の臨界で起きるよな。あいつらも無事でいてくれたら……。

川田達はあの場にいなかった。でも五人が一緒だったような……

 死んだ身には細かいことはどうでもいいや。それより、これからどうすべきだ?

 すべてのものが背たかく感じる。

俺浮かべるかも。オオッ

 本当に浮かんだ。霊も悪くないなと自嘲する。

 命を落とした場所がすぐそこに見えた。誘われるように向かう。



 コーヒーショップも無傷だった。キャンパスの人々は、なにもなかったように行き来する。じつはすごく時が経ったのかもと思うが、台湾人のお姉さんがいた。

……ハッ
 途方に暮れたように椅子に座るが、俺の視線に感づき立ちあがる。
貴様は……キジムナー? 悪しきものではなかったはずだが

ガサゴソ

(バッグに手を突っこんだ。さっきの扇かな)
(……抜き身の小刀かよ)
流範とともに先陣を任されるとは、さすがは琉球の精霊だな。

……貴様が我が結界を破ったな。楊偉天の式神などになり下がりやがって

 異国の言葉で意味不明のことをまくしたてる……。

 なんで中国語がすんなりと分かるんだ。というより、心に声が入りこんでいる。それに俺は幽霊でなくキジムナーなのか?

それは沖縄の妖怪だろ。


…コンナカンジカナ?

喰らえ!
わあ!

 お姉さんが刃さきを俺に振りおろす。金色の光が発せられ、驚く間もなく直撃する。


 車にぶつけられた衝撃だ。受けた胸に手を当てる……。なのに痛くない。やはり死んだ身だからか? 自分の胸もとを覗きみる。

コレハ…
 お天狗さんの木札だけが浮かんでいた。うつむいた頭のてっぺんに、また自動車が衝突する。痛くはない。衝撃の飛んできたほうに顔を向ける。

それは火伏せの護符。しかも土着の札……。面倒だな。

貴様に害するいかなるものも弾きかえす。そのようなものを授けられし物の怪が、なぜに楊偉天などにたぶらかされた?

……私は屈せぬ。割れるまで術を喰らわす!

ち、ちょっと待てよ。

俺はあなたと一緒にいた人間だ。死んだのかもしれないけど、物の怪なんかじゃない!

さきほどの生意気な日本の学生だというのか? 色男を鼻にかけ、娘には鼻をのばし、立ちさらずにいた愚かな奴だと?


貴様の容姿や気配のどこが死霊だ! まともな嘘をつけ!

(日本語通じた……来る!)


フワリ

 俺は飛んできた光をふわりと避ける。

 それを見てお姉さんは小刀を口にくわえ、ショルダーバッグから扇を取りだす。それぞれを両手にかまえる。


 非常に嫌な予感がした。

死んでないなら人間だ! 妖怪ではない!
……惑わしの言葉でないだろうな
 歩道をいく学生が呆気にとられた顔で彼女を見ている。パソコンをひろげていた女子学生が荷物をまとめ小走りに去る。彼女は意に介さない。
ならば、なぜに異形と化した? そもそも物の怪が人に変げしていたのか?
そんなはずないだろ! 自分になにが起きたか分からない……、分からないんですよ。……あなたは誰ですか?
簡単にいえば道士だ。その中で異端なたぐいだ。ゆえに魔道士と呼ばれる。

台湾には数多くの道士がおられるが、その方々とちがい、人に寄り添わぬたぐいの端くれだ

刃物をしまってください。通報されますよ……。そこからビームがでましたよね?
ビームではない。この扇や護刀は魔道士が使う道具ゆえ魔道具と呼ばれる。あれは我が霊力を、魔道具の力を借りて邪を制す光へ変えたものだ。

しかし貴様はどう見ても四神ではないよな?

それより、さっきの爆発はなんだったですか? 俺と一緒にいた女の子はどうなったのですか?
……。
 こいつは質問に答えず俺を見つめるだけだ。
……。

 いつ小刀を振りかざされるかと、俺も身がまえ続ける。


 あれだけいたカラスがいない。……次にビームが飛んできたら、屈んで避けて最短で間合いを詰める。小刀を奪うと見せかけて……。無駄のない美しい姿勢。この女は強い。封印している俺の喧嘩本能がうごめきだす。

貴様があの輩だと、信じるしかないな。

人間的すぎるし、生意気な態度がさきほどとそっくりだ。……私を見る目が、生け贄となった人達と同じだ

(生け贄?)


さきほどの爆発は?

あれは青龍生誕が叶わなかった光。本当に現出したのなら、あの程度では済まぬと思われるが……。


あの娘の所在は分からぬが、龍にはなってないだろう。しかし、この展開はなんなんだ

 ぶつぶつ言いながら思案しだす。魔道士(なんだそりゃ?)らしき女の言い分だと、俺は沖縄の妖怪らしく、桜井は龍になるはずだったらしい。荒唐無稽の話だが、透きとおった自分の体を見ると信じざるをえない。
彼女は生きているのですね。俺も死んではいない
 さっきまで観念した俺だが、得体が知れなかろうと生きているのなら、まさにもっけの幸いだ。おぞましい姿であろうと、人にも自分にも見えないのなら、とりあえずはどうでもいいや……。
(人間に戻れるのか?)
…ナルホドナ。

貴様は生きてはいる。おそらく護符のおかげでな。あの娘もおのれの刃で倒れるはずない。目覚めかけた青龍と火伏せの土着札がしのぎを削った衝撃で、貴様と同じくぶっ飛んだのだろう。貴様と同じく異形に化しただろうが、それは龍ではない

 ようやく答えて(まくしたてて)くれたけど理解不能だ。青龍は四神のひとつだが、桜井も妖怪になったのか?
それより貴様。この箱に触れられるか試してみろ
 テーブルを顎でしゃくる。
隠したままだった
 目を向けてもペットボトルがあるだけだ。お姉さんが扇であおぐ。箱がふたつ現れる。おどかされるが、それ以上に……。
“ごめんね”

 青い玉の上で、刹那だけ触れた桜井の手を思いだす。あの笑顔を真正面から独占した時間も思いだす……。


 これが夢であるはずない。

 だったら桜井と一緒に本当の世界に戻らないと。そしてあの笑みを、また正面から見つめてやる。なにくわぬ顔で川田達にも会おう。

(なんだか遠くへ来た気がしてきた)

 正月きりの家族にだって会いたくなってきた。





次回「こいつの名は王思玲」

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