十一の一 信じてもらえた異形

文字数 3,023文字

ヒック、ヒック、

灰風……

……ドロシー、立とう
對唔住……

ウワーン

ドロシー、起身(ヘイサン)
グズ…
(涙が涸れるほどだったドロシーが、シノにうながされて立ちあがる)
アンディもケビンも誰も電話にでなかった。……つながらない人もいる
……。
(シノの腕の包帯は赤く染まっている。八と呼ばれる土蛸は顔を地面からだし、絶望的な顔で俺達からの砦となっている)
思玲達は?
もう一羽のタカと人間から逃げている。狼はハイエナどもと戦っていた。

見ていて面白かった

(半日前まで子犬だった、黒虎毛の猟犬(おそらくは甲斐犬)が片目で笑う)
松本が呼んだから鎖を引きちぎってきたけどな。タコの匂いを嗅いだら、呼ばれたのを忘れてしまった。足を何本かご馳走になった。うまかったな

ジロッ

ヒィ
(こいつも俺が呼んだのか。……まだ土蛸へと舌なめずりしてやがる)
リクト、さっきの神社に行こう。ドーンが待っているかも

(こいつを一匹にしておけない。ドロシー達が危険だ)

ドーンは弱いからな

フワフワ

(いまは何時だろう。スマホを持つシノに聞きたい。聞けるはずもない。二人に背をむけて、山へと進む。……お天宮さんなど、なおさら認めてくれそうにない。逆に祟られそうだ)

……ヒョイッ

(頭上への掃射音とともに空がまた明るくなる。銃を片手に持つドロシーがリュックを拾いあげる。彼女が生みだす光は、明るいというよりむやみに強い。立ちあがった彼女がいまの俺より背だかいことを思いだす)
灰風の最後の言葉を忘れたの?
 ドロシーは充血した目で俺を見つめる――。
……いや

(覚えてはいる。そんな資格もない俺に、この二人を守れと言った)

だったら私も君と行く
 ドロシーがリュックを俺へと突きだす。
え?
私の着替えやおでかけセット以外に、君達の箱と同じほど大事なものが入っている。

あーあ、サブパソコンも持ってくればよかった。重さなんか関係ないのだから

(この子は強い。だけども)

ソソクサ

一緒に来ないほうがいいと思うけど……


(気が変わらぬうちにリュックを腹にしまいながら、あいまいに言っておく。誰もリクトのそばにいてほしくない。責任もてない)

もっと上に来て
?…フワ

(浮かんだ俺を、彼女は真正面から見る)

君は人も異形も全部守ろうとした。だから、ここからは君の話を信じる。君が望むものを手にするのを見届ける。

へへっ……

(ドロシーははにかんだように笑い、機銃を肩にかける)
私はアンディと合流したい。

そいつと居たくない

(離れた場所でシノが言う。そいつとは俺だろうか、リクトだろうか。

 ドロシーは聞こえないように、)

君は人なんかより今のがずっといいよ
はあ?

(俺へと笑う。返事も聞かずにシノへと顔を向けて、)

気づいた? この子は東京で草鈴を吹いた人間だ
……誰のこと?
(シノは怪訝な顔をする)
どっちにしても、あなた一人を台湾の異形と一緒にさせられない。

八ちゃんは地面に潜っていて。私は自分の足で歩くから

御意
(シノも俺達の横に来る。……彼女は人間であった俺を覚えていない。すでに人間であった俺は存在しない)
(ドロシーは人だった俺を覚えているよな。考えたところでどうでもいいや)
この二人を絶対に噛むなよ
やられなければな
(俺はリクトに強く言う。猟犬は薄ら笑いで承諾の意を伝える)
……行こう
……うん
先頭行くぜ
フワフワ

(畑との境を彼女達は土蛸の足に乗って越える。リクトは藪をもぐり小川を跳躍して越える。じきに山へと続く畑道にでる)

(ミン)
(振り向いたドロシーが銃音を響かせる。ぼわっと光っていた杉林が闇に戻る)






 

キョロキョロ

トコトコ

ハハ、ヤージャンジン、バイバイ~
フワフワ

(集落を避けて進む。背後で続いた異国の人の言葉が終わる)

撃退したって
(電話を終えたシノから安堵がもれる)
雅は寝返ったハイエナどもを追撃している。本隊と連絡が取れないから、アンディと斑風もこっちに合流する。

……おそらく思玲も向かっているらしい

(あの二人のことをすっかり忘れていた……。フサフサがいるだけで、俺達より安全に感じてしまうからだ。

 ……ドーンは現れない。本当にお天宮さんにいるのだろうか?)

ポツリ

灰風のことを告げなかったね。私が消したなんて、私の口から言えない
(俺の横でドロシーがぽつりと言う。……これくらいの大きさで喋ればいいのに
アンディは強いから大丈夫。あなたも強くね

(シノが横に並ぶ。ドロシーの頭をさする。

 傷の痛みに耐えるシノこそ強いよな。……二人とも異形の言葉を交わすのは、地中にいる土蛸に聞かせるためだろう)

……へへ
 ドロシーがちいさく微笑み、銃を逆の肩にかけなおす。

実弾のが効果あるのでは?


(俺は疑問を口にだす。リクトは術を連射されても平気な顔だった。灰風は詰めた一発で消えた……。あれも術の弾かも)

お前にならね。

この犬みたいに本来の世界に存在する異形に、人の作りし武器は効果ない。ゆえに恐れられる

……いいことを聞いた
(シノは俺達への不信を隠せない)
(畑を抜ける不審な陰にも、集落の犬は怯えるだけだ。

 人の目には、銃をかかげた女の子と傷を負った若い女性。それと放し飼いのどう猛な犬。リクトはつねに四方の気配を追っている)

君と王姐の出会いって?
(林道にでたところで、ドロシーに聞かれる。記憶にないから答えようもないけど、)
(楊偉天が青龍を生みだそうとして、俺やリクトとか巻きこまれて、それを思玲が守ってくれたらしい

勝ったのか負けたのか知れないけど、俺とドーンだけ人に戻り、リクトは犬に、思玲は女の子になった。サークルの女の子の一人は行方不明、もう一人は龍になった。

……みんなを救うために、俺達はこっちの世界に戻ってきた、らしい

ソノ面白イ話ハナンデスカ
(シノが人の言葉を発する。しかも日本語で)
ダレガ信ジマスカ? ウケルノデスケドー
(やはり魔道士に笑われるほどに荒唐無稽な夢物語なんだ。でも俺はたしかに存在していた)

スタスタ

キョウミナシ
(……ドーンも思玲も、俺が人に戻ったときを知らない。もし俺が他の三人を押しのけていたのなら、記憶など蘇らないほうがいいかも)

フワフワ

あなた達こそ、思玲との因縁は?(いやな話題は変えよう)

伝えていいのかな?
問題ない。


三年前、思玲は十四時茶会に呼ばれた。つまり、魔道団の古老と最強の魔道士達が取りしきる幹部会で喚問された。

……彼女は車を炎上させて、裁判所の門を破壊したらしい。でも人は傷つかなかったし、よその国のことなので、最終的にお咎めはなかった。

で、せっかくだから若手同士で手合わせすることになった。私やアンディの二つ下だから、彼女はまだ二十一、二歳だった

フウ

(シノの息が荒くなる。道の傾斜がきつくなったようだ。林に囲まれ、闇は本来の姿となる)

フワフワ

ペロッ
(ロン)

タタタタ…

おお

(ドロシーが前方を掃射する。街灯のように間をあけて、林道を先までうっすらと照らされる。俺に目を向けて、)

王姐は格好よかった。扇と体術の試合で、ケビンと戦うまで八人抜き。あれだって疲れてなければ分からなかった
ピタ
(ふいに先頭のリクトが立ちどまる。俺達の後方へ鼻を向ける)
思玲とフサフサだ。


人を乗せたタカと追いかけっこだ。倒すのはタカのほうだよな?

 
 
(そういったセリフはやめてくれ。二人とも凍っただろ)


(リクトは空へも鼻を向ける。うなり声をもらす)

ハハハ

来たぜ、本命が来たぜ。速い奴と見えない奴だ

(手負いの獣が笑う)



次回「前夜祭の始まり」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色