四の一 畜生どころか座敷わらし

文字数 3,440文字

俺が人間って分かってるなら、なんとかしてよ。スクールキャンパスはネクストステーションって教えてやったじゃん。

……そういや桜井があやしかった。もしかしてお姉さんは台湾人だったりして。桜井夏奈ってジャパニーズガールに会わなかった?

とにかく人に戻せよ

 カラスがガーガーと鳴き声まじりに喚きたてる。俺の耳というか心には、ドーンの声がそのまま伝わってくる。

和戸君うるさい。いつも。

……ご、ごめん。寝ぼけた

 白猫があくびしながら伸びをする。手さきで目をこする。うっすらと開けた目をまたつむる。見た目も仕草も猫だが、声は横根だった……。

 いやでも確信する。

(カラスがドーンで、猫は横根だ。なら、そのでかい犬が川田だ。俺や桜井より前に、みんなは異形というかアニマルになっていた)
これは本当にうまくないぞ。現実だ
 黒い大きな犬が川田の声で牙をむく。俺達を見まわし、
なんで瑞希ちゃんが猫なんだ。

松本はさっきまで人間だったのに浴衣(ゆかた)のガキにされたな。しかもドーンはカラスかよ。

ひどすぎる、許せない。桜井の仕業か?

桜井であるわけないだろ
はっ
落ち着け。仲間同士の言い争いなど毎回見たくない。

ミャーちゃんも寝たふりするな。何度目覚めようと、この悪夢は終わらぬ

ざけんなよ。お前は誰だ

私は台湾の魔道士だ。お前達のために詮方なく日本に来た。

三人とも哲人を見習え。こいつは畜生どころかキジムナーと化しても、冷静どころか豪胆だ

(褒められたというより、そんなに無様な姿なのか?)

ま、松本君はキジムナーじゃないよ。

座敷わらしだと思う。東北地方の妖怪。本でも読んだし、漫画でも見た……。

ご、ごめん、変なこと言って

 それなら俺も知っている。子供の妖怪だ。
なんであろうと自分の姿が見えないんだ。でも妖怪になった自分なんか見えないほうがいいかも(……みんなに失礼だったかな)
かわいいよ、安心して。それに松本君の面影がある。年少の頃って感じかも
 まだ細いままの瞳孔の目に、かすかに安堵が浮かんでいる……。
…コンナカンジカナ?
純白の猫の言葉と眼差しも、俺に少なからず救いを与えてくれた。
ヨロ
 横根は立とうとしてつんのめる。猫の顔に照れ笑いを浮かべて四肢で立ちあがる。ぎこちなく王に寄っていく。
す、すみません。みんなもとに戻せますか? 両親が心配すると思います
バウバウそうだった!
 川田が吠える。また後ろ足で立とうとしてこける。ようやく四本足を地につける。
俺は五時半からシフトだ。夏休み前にいきなりやめた奴がいるうえに、今日はさらに一人休みだ。

金曜だろ? 俺が行かないとパンクする

(川田は犬になろうとバイト先の心配をするのか)
ガガガッスマホがねーし! 姉ちゃん、探してよ。財布も
スゲエデカイ犬ガイルゾ
カラスガ真横デ騒イデイルシ
ゲットアウト! ステイホーム!
 王が人の声で学生達を追いはらい、
バウバウ、ミャーミャー、カーカーうるさいからだ。結界を張ってないのだから静かにしろ
 心への声で俺達に怒鳴る。この人は説明もなく専門用語を口にする。おそらく川田達を隠した術のことだろう。
見えなくなるのですよね。張ればいいんじゃないですか?
 たしかに俺は比較的冷静なようで、周囲の目が気になる。俺は見えないのだろうけど、地べたのカラスに説教する女性。
私に同じ過ちをくり返せさせるのか?

哲人みたいな高慢ちきな輩は、どうせ見ないと納得しないからやってやる。暇な学生どもがまだ見ているから、姿隠しでなく跳ね返しの結界だ

ウー、てめえのが傲慢だろ

 川田のうなり声を無視して、王は扇を開き舞いはじめる……。思いだした。彼女はさっきも舞いをおさめた。

 俺達はドーム状のガラスに包まれる。夏の光にきらきらと輝く。

……この中は安全みたいだな。それより人に戻せ
(そんなはずはない。あの舞いの直後に彼女は風に襲われ……、俺達を守るかのように剣舞を始めた)
 空中にひびが入った。亀裂はひろがり崩れおちる。破片は氷みたいに溶けていく……。
言ったとおりだろ
ビク!(扇を向けるな)
これは貴様の……、哲人の火伏せの護符の仕業だ。哲人が封じこまれたと勘違いしやがる
(俺の護符が結界を破った? お天狗さんの札のことだろうが、大金を払って手に入れたものでもないし……。手にした由縁を考えれば、突拍子もないお守りなのかも。なんでも弾きかえす、とか言っていたな。)

哲人を追いはらわぬかぎり全体の結界は張れぬ。私は斯様なことは望まぬ。だから騒がずに私の話を聞け。


私の名前は王思玲。お前らも名前を教えろ

川田陸
よ、横根瑞希です
和戸駿。ドーンでいいけどな
それと俺と一緒にいた女の子は桜井夏奈です。彼女のことも忘れないでください
川田と横根だな。あの娘がやはり桜井……。

お前達は想像できぬ事象に巻きこまれても、見事なまでに正気を保っている。だからこそ、これからの話をよく聞け

 西に傾きだした日差しが、王さんを背後から照らす。
まずはお前達がもとの姿に戻れるかだが、私ではどうにもならない
……。
……。
……。
……。
しかし幸いにも箱が手もとにある。我が師傅が近々お見えになりそれをぶっ壊せば、四人は人に戻れるかもしれぬ。私は同じ事柄を何度か見てはきたからな……
いま壊そうぜ。どこにあるんだよ?
オレノオナカニ…
短絡にほざくな。師傅以外が挑めば、意味なく壊して万事休すだ。

もうしばらく我慢して、仲間同士でなすりあい傷つけあうだけはやるな

俺らがするはずない。師傅って奴はいつ来るんだ

教えておくぞ。二度と師傅を奴呼ばわりするな。


いつ来られるかなど分からぬ。じきお見えになるかもしれぬし、明後日になられるかもしれぬ。ゴク

 川田をにらみながらペットボトルに手を伸ばし口をつける。
(それは桜井へのおごりのお茶だ)
連絡を取れないのですか?

師傅も私も携帯電話など持たぬ。斯様なものは霊力を落とすらしい。戦いが続き、もはや伝令は一羽もいない。

ゴクゴク

とにかく聞け。私の兄弟子でもあられる師は劉昇と言われる。大陸も含めてもっとも力ある魔道士でおられる。もちろん師傅にも師匠がおった。そいつの名は楊偉天。奴は年を重ねるにつれ邪念にとらわれた。私が師傅に預けられてしばらくすると、ついに二人は袂を分けた。あの男はさらに妖術へと惹かれていく。人の心を読む術、人を操る術など。邪悪ではあるが、まだかわいいものだった

夏奈ちゃんがおかしかった! ぜんぜん笑わなかったよね
たしかに。……そういや桜井はどこだ?
横根と川田だったな。口を挟むな!
 王が手のひらをテーブルに向ける。
 光を浴びて、置いてあったウチワが粉々になる。
 
 
 
 
 全員が固まる。
次は魔道具を使うからな。

あの男は人を式神に変えだした。おぞましい失敗をくり返したうえに、人間と融和性が高い生き物ならば成功するに至った。人と同じく知に富み、群れで動き個でもあざとく、騒々しく、残忍な生き物。いわゆるだ……。

和戸は違うぞ。もうひとつの術でたまたまだ

さすがにカラスはないし。あいつら、俺をまっさきにつつき殺すとか言っていたし。とくに、あのでかいカラス。マジで別格だった
(あのときは、俺はまだ人間だから見えなかったのか。あの生ぬるい突風は大カラスだったのか?)

人を式神に変えるには資質が必要だ。そんな人間は滅多にいない

(……こいつはドーンのぼやきなど聞いていない)
なので大鴉は四羽だけで、その一羽が先ほどの流範だ。二羽は消滅されて残りは……。ちなみに無数にいた使いの鴉は、大鴉の誘いを受けいれて異形と化した愚かな奴らだ。流範の起こす風に乗ってここまで来た
王さん。な、何度も話の腰を折ってすみません。式神ってあの式神ですか?
フッ なおも口を挟むか。……横根も強いな。

思玲と呼んでくれ。式神とは我々が使役とする異形だ。はるか昔にこの国へ伝わり、ここで確立したと聞く

(式神なら、俺もアニメだかで見た覚えがある。主人公とかにこきつかわれていたよな)
お、教えてくれてありがとう。私のことも瑞希と呼んでください
思玲。お化けカラスは戻ってくるのか?
(川田が下の名で呼んだ。ならば俺も今後は思玲と呼ぼう)
流範は蒼光に巻きこまれて吹っ飛んだ。鴉どもは親分を追った。しかし、いずれ連中は戻ってくる。青龍を生誕させるために
それよか夏奈ちゃんはどこにいるんすか
知らないってさ

 はやく見つけてあげたいのに、庇護者のような思玲から離れられない。俺はその程度の元人間だ。





次回「つまり四神くずれ」

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