三十七の一 人の値段

文字数 2,306文字

4.2ーtune



疲れた疲れた
意外にかかったね

(登山の人達はなにもなかったように帰路につく。

 俺達は登山口の駐車場で琥珀を待つ。日没まで一時間ちょっとの午後六時。山間だから翳りはじめている。新月の夜――、時間切れが近づいている)

“カカッ”
“一緒にいくよ、絶対に”
(ドーンと横根には伝えた。二人とも同意してくれた。本物の川田こそいてくれたら)
“松本、ここが痒い”
(手負いの獣は睾丸の裏を掻くだけだった)
なぜ、はやく言わぬ
(少女が腕を組む。雅の件は思玲にだけ伝える)
それを聞けば、あの死にぞこないはマジで死ににいくだろうな
ケビンのことだよね

(俺とおなじことを考えた)

知っているのはハラペコだけ……。魔道団の連中には伝えるな。私達でなんとかする

(思玲ならそう言うに決まっていた。でも意見は一致した。ケビン達には教えない)


俺だけでなんとかするよ。俺の責任だし……!

スイスイ

遅くなり申し訳ございませぬ

(夜が近づく林から、リュックを抱えた琥珀が浮かんできた。あの中に滅魔の輪より怖いものが隠されていると知らずに)
哲人のスマホが外ポケットで鳴っていたから、代わりにでてやった
(それはプライバシーに関わる問題だ)
(京ちゃんだった。シノは無事に到着して、九郎は香港に旅立った)
(安全運転だっただろうな……)

大蔵司と電話番号のやり取りなんかしていない

哲人が車で寝ているあいだに交換しておいた。

シレッ

まさか四桁の暗証番号が、本当に『3901』だと思わなかったからな

ニヤニヤ

その数字はなんですか?
(濡れたタオルを頬にあてたドロシーが、透きとおった横根に聞きやがる)
語呂でサクライ。夏奈ちゃんの苗字だよ
(答えるなよ。赤面レベルだ)
……。
ところで
冥神の輪は本物と確認されました。しかし片方だけなので、当初の金額は払えないとのことです。

片側だけだと三十万とのこと

(七十万ドルの半分は三十五万ドルだよな。琥珀が俺を見る)
だから哲人の取り分は五万に減額だ。車の内装代を差し引いた額を支払うそうだ
あっそ

(こっちはさらに計算が合わない。現実味のない話だから、どうでもいいや)

台湾魔道士の最後の一人であられる思玲様に、日本より正式な依頼が来ました
……。
輪をもうひとつ取り戻したら、あらためて四十万。

死者の書が八十万。

麗豪と法董を引き渡せば一人六十万。……殺しても六十万

わお
……。

(この依頼のおおもとは、おそらく南京の寺院)

すべて承知したと返事しておけ。

それと、ここに迎えを寄こさせろ。支払いは魔道団だ。ましなドライバーにしてもらえ

(命ずる思玲の頭に蚊柱が立っている)
御意
(琥珀が俺のスマホを操作しだす……)

なんで人間のもので電話できる?

京ちゃんだからだ。電波越しに異形の声を受けとる。感だけは、恐れ多くも思玲様に匹敵する
(だったら自分のを使え。余計な通話料はかからないだろうな)
私にも無理だ。あの娘は素知らぬ顔して化け物だ

シッシッ

(思玲が顔の前をはらいながら言う。

 大蔵司の血のおかげで、思玲もすっかり元気になった。彼女の虫歯が治るかも試させられたが無理だった。おそらくあの血が義憤を感じたときに、その力を発揮するのだろう)

“在庫処分セールです”

(あの血はいずれ薄らぐよな。なんだか乗っ取られそうで怖くなる。成人男性の体内の血が5リットルとして(雑学知識だ)、輸血された量は800ミリリットルだから…、16%も彼女のじゃないか!)

(ちなみに俺は七葉扇を握らせられたが、なにも感じなかった。力がある者は、触れればその魔道具の力も分かるらしい)
(つまり俺は大蔵司の血があっても魔道士の力はないままだ。思玲がたまに扇を握りしめ、見つめていた理由も知れた)
…………。
麗豪を捕えたのは魔道団だ。日本に引き渡すなり、香港にテイクアウトするなり好きにしろ
(思玲が頭上もはらいながら言う。雷に打たれ人除けの術を直撃した麗豪は後ろ手に縛られて、トイレ裏の林に転がされている。露泥無が覆い、川田とドーンが監視している。というよりは無駄話をしている)
僭越ながら、張がいるのを伝えました。一時間ほどで迎えが来るそうです

チラッ

(琥珀は電話を切り、ようやく主と俺以外に顔を向ける)

ドロシーともお別れだ。あまり話せなかったな
……。
(彼女もケビンと一緒に日暮里の影添大社に向かうことになった。シノと合流して関西空港に行き、魔導団の専用機で帰国する)
風軍がもうじき来る。私はあの子に乗って帰る。

私のリュックがないとあの箱は運べない

(ドロシーは納得しないし、俺だけを見る。……夏奈はまだ海中だろうか)
梁老師が独断でしたことだ。俺達下っ端に正式な命令は来ていない。

それにこいつらはリュックサックなどなくても行く

(包帯だらけのケビンが口を開く。彼は四玉の箱の重さを知らない)
私には雅を倒す責任がある

 ドロシーは食いさがる。

 ケビンが暮れ行く空を見上げる。

ならば魔導団の一員として、人を邪魔せぬ闇に一人でひそめ
……。
正論すぎ

(ケビンの言葉にドロシーがうつむく。……時間が過ぎていく。俺達はそろそろ動かないとならない)


横根、行こう

……うん

チラッ

(俺の声に彼女はうなずく。透けた体のままで、ドロシーをちらりと見て立ちあがる。俺と一緒にドーン達のところへ向かう)
琥珀、背荷物をよこせ
(リュックを使い続けるつもりか? ドロシーは文句を言わない)
間違ってもお手を入れぬように
当たり前だ

トコトコ

スイスイ
(リュックを持った少女が、蚊柱を従えてついてくる。琥珀も浮かんであとを追う。……ドロシーが言いたげな顔をしている)
ま、待って
(俺の横へと小走りする。握られかけた手をポケットに入れる)



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