二十八の二 歌うな吠えるな誘うな飛ぶな

文字数 2,799文字

ズリッ

ざけんな!

ピタッ
……。

(琥珀が俺の顔に飛びつく。俺の耳をふさぐ)

ダ、スウォリアクスカゾ、デ、スォリ……
ザイシンガイガツエダツ! ザイシンガイガツエダツ!
(力づよい祓いの言葉が呪いの言葉をかき消す)
いまのは人への呪いだろ! 哲人だけを狙ったな!
(……琥珀も劉師傅のように祓いの言葉を使えた。それよりも機会だ)
俺を狙ったなら契約違反だ!

無効だ! 違約の報いとして横根を返せ

 アドレナリンに頼り空へと叫ぶ。
『……この程度の瑕疵で契約を破棄するわけにはいかない。お詫びとして一度だけ姿をさらそう』
わあ、わあ、わあ

 接するほどにフクロウの顔がいきなり現れる。あざけた笑いを巨大な目に浮かべる。

 腰を抜かした俺を見おろしながら、ロタマモは空へと羽ばたき消える。

『琥珀よ。祓いの言葉が使えるとはな。

 ということは、あれだな。夜の極みを待って、異形同士で勝負してみないか?』

断る
(琥珀は俺の背に浮かび獣人達を牽制していた。……足の痛みが出没してきた。肩の痛みも。どの傷からも血が流れている。おそらく不衛生な傷だ。医者にいかないと。俺は立ちあがる)

スタ

『痛いな』

(頭になにかが当たる)

『偶然にしろ、気をつけてくれ』
ぐえ!
(見えないロタマモに蹴とばされる。無警戒だった琥珀を背中で押しつぶしてしまう)
シャアアアア
シャアアアア
ひええええ

(獣人達が飛びかかってきた。爪と牙が襲いかかる。俺は顔と首を守るだけだ)


アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

(不快なお経のハーモニーが一瞬だけ流れて、獣人達がようやく退く。

 バーベキューの鉄板みたいな地面から起きあがる)

『クマダとコ・ムウよ。私はとやかく言えないが、それぐらいで充分かもな』


ハッ
ハッ
(獣人達が空へとかしずく)
これでロックされた。僕には逃げる方法が思いつかない。急いで考えろ

(スマホを握った琥珀は傷だらけだった。頬をざっくりとえぐられ、フードは噛み裂かれて、たんこぶみたいなツノが見える。ほかにも怪我しているのか、浮かんだ体から血が地面にしたたり消えていく。

 琥珀も俺を見ていた)

さもないと哲人はあと十分で動けなくなり、さらに十分で死ぬ
……?

……。

……。

……!!!

(自分の体を見る。右腕から胸へとざっくりと切られ、左わき腹のシャツも赤くにじんでいた。

 痛みはまだ出現しなくても、両手で体を押さえる。手につく赤い血は消えずに増していく……)

『ホホホ。サキトガがいれば残りの時間を数えたかな』
見えないロタマモが笑う
『琥珀よ。小鬼だけになったとして箱を守れ――、ホゲ!』
(突風が吹いた)
梟が昼間からえらそうにするな
(聞きなれた雷鳴のような声)
四玉の箱は魔道士のカバンと劉昇の布きれで守られている。そんなでこいつを殺すと、青龍の光かすはさ迷い消える。そううかがっている


おら! おら!

ぎゃー
ぎゃー
(獣人達が風に数メートルも飛ばされる。コ・ムウは巨大なくちばしに腹部を貫かれたかのようにうずくまり、クマダは巨大な爪に裂かれたようにうずくまる)
…ヤバイヤバイ
(流範が現れようが不思議ではない。俺の命を狙っているのはフクロウだけではないのだから)
『さすがに早すぎるぞ。あの男の蛇は優秀だな』
(ロタマモの声は泰然としている)
……。
『大鷹二羽をあしらった流範よ。力勝負でお前に勝てるものは、そうもいまい。

 琥珀よ。邪魔が入ったから用件を急ごう。哲人君に箱を開くように頼んでもらえないだろうか。そうすれば哲人君の傷も――、

 あぶないな。私だけを狙わないでくれ』

避けやがったな

(日のもとならば、闇にまぎれない流範は見える。黒い疾風が飛んでいる。奴にもロタマモが見える。

 箱を晒してから俺を殺せば、青い光は玉に戻る。流範は四玉と箱一式必要だが、ロタマモは青龍の玉だけを運べばいい。藤川匠のもとへ)

 流範が羽ばたきを弱め、姿を見せる。
梟ジジイ。俺は貴様の処分に差し向けられた。夜になるまで追い続ける。松本哲人を捕獲するのは俺の使命じゃない。……だがな
……。
裏切り者が生きていやがった。

飛び蛇は峻計に向かわした。あいつから老祖師に伝えてもらう。そして老祖師に伝わるより早く、梟でなくお前を殺す

(熊のような巨体が上空に浮かび、羽根を漆黒に輝かせる)

ヒシッ

よりによって流範かよ
(琥珀は俺の背に隠れていた)
異形同士の肉弾戦なら、こいつは峻計にも負けない。昼間ならばなおさらだ

(そうだった。琥珀は楊偉天を裏切ったんだ。奴らの身中の虫だった。流範の憎しみは半端ないだろう。

 琥珀がやられたら俺も終わりだ。この怪我は人間だから重傷の範囲だ。逃げるしかない)

『哲人君、箱を開ける必要ないかもな』
(ロタマモの呼ぶ声)
『君に逃げられるかもしれない』
(太陽は空の頂点に近づいていて、まぶしくて直視できない。俺は本来の世界にいるはずなのに静かな田舎町は無関心すぎる)
モタモタ

(ピンク色の軽自動車が車道をもそもそ通りすぎるだけ。

 白昼の町なかの座敷わらしは、いまの俺にも増して弱い存在だ。でも空に浮かび林をめざす。俺と琥珀ならば逃げまわれるかも)

(異形になるべきなのか。いや、それが狙いだ)
松本哲人どけ!

琥珀、顔をだせ!

ヒエー
(小鬼は俺のまわりをぐるぐる回る。俺を盾にしている)
『哲人君。小鬼はじきに殺される。私は鴉に追われ逃げる羽目になるだろう』
(使い魔が耳もとで誘う)
『それでも君は異形となるべきかもしれない』
(どっちだよ。フクロウの言葉にまどわされてしまう)
待て!
哲人、ぼさっとしてるな
(琥珀が叫ぶ。黒い風は俺を巻きこまぬように渦を巻いている。……痛みが蘇る。あせりだす)
流範! 俺はじきに死ぬ

青い光が消えるぞ。琥珀より先にロタマモを倒せ

(自分の生死さえ人質にしてやる)

太陽が雲をかぶっただろ!

イマイマシゲ

あの梟は照らされないと、俺にはうっすらも見えない。貴様は老祖師に殺されるまで頑張って生きろ!


邪魔だ!

ギャー
ウウ…
 腹いせのような突風が吹き、起きあがった女の獣人が薄らいでいく。
『クマダよ。コ・ムウを連れて林に逃れなさい』
……。
『哲人君。私からはなにも依頼しない。だが善意の意見を述べれば、やはり箱を開けるべきかもしれない。

ホホホ、開けないべきかもしれない』

 白人の男が女の肩に手をまわす。俺の流れた血が靴に溜まっていることに気づく。暑いのに寒くなった。

(立っていることさえ辛い。……ロタマモの言うとおり、四玉の箱を開けるしかない。いや、ロタマモの言うとおり開けてはいけない。いや開けないと――
ブッブブブッブー
(クラクションを鳴らしながら、ピンクの軽自動車が空地に暴走してきた)
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