五十の一 弔いの炎

文字数 2,700文字

4.8-tune



スースー
ブサ寝顔かわいい
ドーンと小鬼は見張っていろ。松本、はやく瑞希を俺に乗せろ
 手負いの獣がしゃがむ。
ふん!

(俺は気迫をこめて横根を抱きあげる。

 夏奈への必死の祈りの代償に、姉のを盗み着した小学生みたいにセーラー服がぶかぶかだ。川田の背へと静かに降ろす)

……。
……。

寝相がよければいいけどな。風軍に乗せるのヤバくね?

(ドーンは真剣だ。

 横根が川田から落ちれば、大ワシの背を滑って空から落ちる)

雅が私を抱えたように、寝そべって抱えれば大丈夫だ

(お前は異形と触れあえるだろ。……ほかに手はない)


いざとなれば咥えろよ

当然だ
(それも心配だけど仕方ない)
テツトサン?
ここだよ

(ドロシーが俺の声に目を開ける)

終わったの? ……足がすごく痛い。治せなくてもさすってほしい
(彼女は俺だけを見る。端正な顔立ちも泥と血で面影がない。望まれたとおりにしてあげたいけど)
まだ終わってない。もう少し頑張ろう
……。
(笑いかけるだけにする。

 その横で夏奈が寝ている)

グーピー、グーピー
(紺色のTシャツに白いチノパン。ようやく人に戻れたのに泥の上で眠っている。でも安らかな寝顔)

夏奈、帰るよ

(俺は夏奈を抱き上げる。手が滑るはずもない)
…………。
風軍を呼んで
……。
(俺の呼びかけにも、ドロシーはしばらく俺と夏奈を見るだけだ。夏奈の寝顔をじっと見つめる。人への嫌悪だけではない表情)
……。
ブワサッ
(やがて笛をくわえる。すぐに巨大な影が飛んでくる)

死者の書と老祖師の杖。忘れぬようにしまっておきますよ。

金が入ったら俺にもブランデーくらい買ってくださいっすよ

(九郎がドロシーのリュックに足で押しこむ。

 お前も空から監視しろ)

(蒼き狼がやってきた。思玲へと、)
老人はようやく死ねました。冥神の男にはすでに蠅がとまっています。

奴らの屍はいかがしましょう?

森深くだ。野ざらしにしておけ。

麗豪は生きているのなら連れていくしかあるまい

(女の子がドライに答える。

 思玲は張麗豪の脇腹から冥神の輪を抜く)

 水たまりで血を落とし、九郎と琥珀が恐る恐るひろげたリュックサックへ落とす。

 琥珀が麗豪へと手のひらを向ける。

傷口を凍らせた。

これくらい新月の夜じゃなくてもできる

(感情なく言う。張麗豪は意識を戻さない。人の目に見えない姿(忌むべき異形でない姿)に戻った雅が、奴の足をくわえ風軍のもとへと引きずる――)
……。
ズリズリ……
(主の指図に従ったにしても、むごい仕打ちだ。でも死ねなかった麗豪には、さらにむごい結末が待っているのだろう)
人でなく獲物だからな
(雅が奴をくわえられる理由を思玲が答える。もう捕囚を見ない)
乗っていいよ
……。
……イタタ
(川田が横根を毛皮で包みこむ。俺も夏奈を抱いて乗りこむ。ドロシーも足を引きずり這い上がる)
カカッ

 迦楼羅は空から監視を続ける。その手の護符はなおも赤く輝いている。


雷術はマジで大丈夫だろうな
劉師傅の地裂雷でも
さすがに無理だろ。だが行くとしよう。

九郎、リュックを寄こせ

(平静を装った思玲と琥珀の会話は簡潔に終わる)
何人乗っているの? さすがに重いよ。

燕は小鬼を運んで。ドーンも乗らないで

ていうかカラスに戻ったし

(ドーンから横笛を渡される。風軍がもさもさと羽ばたく。

 空へでても、雷も黒い螺旋も飛んでこない。炎も毒も。

 あいつらが追いつけないところまで飛んでいこう。夏奈はまだ目を覚まさない)

土壁の炎がふたつあがった
(思玲の声に背後の稜線を見る。地に堕ちた魔道士達も弔われはしたようだ)
……。
……。
……。






 

…重い
(盆地の夜景は静かだ。風軍は低くゆっくり東へと飛ぶ)
青龍と白猫を覚えているか?

(思玲がドロシーに尋ねる。ドロシーは首を横に振る)

なにがあったかは覚えている。私はなにかへ夏奈さんと叫んだ……
(彼女はそれ以上言葉を続けない。眉間を押さえる。記憶の改ざんで、あの戦いを消すのは難しい)
足は大丈夫?
へへっ
……。
(俺は聞くけど、彼女は気丈な笑みを返すだけだ。握りしめた七葉扇に目を落とす)
俺はこれからどうすりゃいい?
え?

(川田が尋ねてくる。

 敵も味方も誰一人、川田が人だったと気づかなかった。箱を開ければ川田も人に戻る。そんな期待をしてはいけない。

 そういえば、天宮社でフサフサが言っていたな)

箱をすこし壊してみる。思玲もすこしおとなになり、術が使えるようになるかも。

そしたら思玲に川田から異形の光を分断してもらう

 藤川匠のように。
……。

(うまくいくなんて思っていない。でも川田だけを置いていくはずない。……俺は全て見届けてから人に戻ろう。ドーンにももう少しだけ付き合ってもらう。

 夏奈はまだ起きない。川田に乗る横根も。雅にくわえられた麗豪も)

 片目の狼がしばし考えこむ。また俺へと聞く。
瑞希はどうする?
(どう頑張っても大学生には見えない年齢になった横根)


さっきみたいに記憶が残っていたら、ドロシーに消してもらおう

……。
(残酷だけど、彼女には幼い姿でやり直してもらうしかない。俺の青い目を弟が気にしなかったように、横根の容姿は改ざんされて受けいれられるだろう。十歳ちかく若返れたのだからとラッキーかもと、当事者でない俺は思いこむ)
……。
(川田はそれ以上なにも言わない)
まだ飛ぶの?

(風軍はお疲れ気味だ)


東京までお願い。せめて八王子

…まじ? 休憩なしで?
(そこまで行けば、記憶のない人間でもなんとかなれる。飛べない峻計達はさすがに追ってこれないだろう。……だとしても人に戻った俺達をさらに狙うだろうか? 充分にあり得る)
“……。”
ゲヒヒヒ
(藤川匠と貪。邪悪な連れ合いはこれから何をするのだろうか? 知ったことじゃない。とにかく俺達は人の世界に戻る)
復讐を代行した礼に、魔道団があなた達を守る
(ドロシーが俺の心を読んだようにぽつりと言う)
上海は分からない。でも法具や魔笛は催促が来るまで借りていればいい。

……この国の陰陽士はあてにすべきではない

……分かった
 珊瑚の玉も師傅の護布も沈大姐に渡さないとならない。横根と二人で謝っても、思玲は気にしなかった。いまも大きく欠伸するだけだ。
ドロシー、そろそろ扇を返せ
(そう言うだけだ。扇をポーチにしまい、護符だけを手にする)
お前も影添大社に匿ってもらう。あそこは香港の野戦病院だな
……。
(ドロシーは言い返さない。足に縛られた緋色のサテンはそれ以上に濃くならない。出血は止まっているようだが顔色は悪い。思玲が外ポケットから銀丹を渡す)
チチチ、ドーンなら人になっても飛べそうだな
さすがに無理だし。カカカ
(背後を飛ぶカラスとペンギンがやかましい)



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