人間をどこへ連れていくのだ? 峻計さんもそこに行くのか?
国道脇を進む俺達に姿をさらす勇気もないくせに、野良犬はまとわりついている。
車やオートバイがごくたまに追い越していく。誰も思玲と横根に興味を示さない。深夜の子犬の散歩だとでも思っているのか。そもそも目前にしか興味ないのか。この町もいずれ日が昇る。
とっちゃん坊やのシバ野郎。誰に話しかけている。やはりボスの異形がいるのだな
(最後列の思玲も気にしだす。人である思玲には、さすがに生きものの声まで聞こえない)
(俺の背後で横根が答える。人であるのに、あらゆる声がまた聞こえている)
バサッ
ただの犬なんか追いはらうじゃん。俺があぶりだす
元気になった姿を見せるかのように、ドーンが声へと飛んでいく。
いきなり闇からツチカベが浮かびあがる。おとなの首もとを優に超す跳躍力で、ドーンに飛びかかる――。
思玲が畳んだままの扇をかざす。野良犬は地面に叩きおちる。うめき声を飲みこむ。
いてえ…。これがテッポウって奴か? やはり尋常ではない集まりだな
峰打ちとは思えぬ打擲だったな。生身の犬に悪いことをした
あざす。
あの犬は、あいつと連れになった。もっと痛い目にあわせてもよかった。マジで
キャンキャン
お前達、なんで立ちどまっているんだよ。完全に捕らえたぞ。先にいくからな
テクテク
(口では言いながらも、傷を負った思玲にあわせたペースで駆ける)
(背後のドーンの軽口が聞こえて、桜井が俺の服の中で笑う)
俺は背が低すぎて、場所までは分からん。
でも、ここが終点だな
(桜井はいらだちを隠せなくなっている)
ただのビルだと思う。
でも歪んでいる
(そのテナントビルは、闇の中で陽炎のようにゆらめいている。階のところどころに、人のものではない明かりが灯されるのが見える。ありふれた小さなビルだったのに、今は強大な妖術の嵐に襲われた廃墟だ)
(誰も寄りつけない魔窟……。窓を数えると四階建てで一階は不動産屋みたいだ。
妖術に覆われたしょぼくれたビルが決着の地とは。人間もどきと四神くずれにはもってこいだ)
おそらく、この鏡のごとき揺らぎは、はるか昔に龍を封じた結界……。今の世では楊偉天だけが使える代物だ
忌むべき世界に属するものが踏みこめば、奴を倒さぬ限り二度とでられぬ。……人除けの術も充満している。こっちは師傅によるものだな。
我々以外は、人でないものしかここにいられぬ
(まったくだ。俺達は閉じこめられてきた。そこから抜けでるために、箱の中の箱に入るだけだ)
ああ
(子犬が臆することなく妖術の陽炎に飛びこんでいく。俺も揺らめきへと入る)
(老人の笑い声が聞こえた。……警告などではない。ただのあざけりだ)
(振り向くと、横根が内側から陽炎をノックしていた。外の世界が揺らめいて逃げ水のように見える)
楊偉天どもも天上だろう。我が師傅と戦うとき、奴らは逃れるべき空を必要とする
ズンズン
(思玲が俺を追い越す。
また屋上か……。そこから曙光を見るのだろうか。それまでに終わるのだろうか)
これが術の気配かよ。俺にすら分かるぜ
カカカ
それよか、閉じこめられた人がいたらどうすんだよ。ブラックな会社なら土日も寝泊まりしてるかも
いないな
キッパリ
ネズミすらいない。……死臭もない
思玲が扇をひろげる。円状になった七葉扇に術を乗せて、狭いエントランスをあおぐ。淡緑の光は開いたままの入り口に飛びこみ消える――。彼女が振り向く。
気休めにもならぬな。階段を行くか。裏にでもあるだろ
(異形の俺達には非常階段も似つかわしいようだ。ただ、この規模のビルにあるとも思えないが……)
テクテク
(思玲と子犬は気おくれせず、ビルの横へと向かう。数台分の駐車場は網目のフェンスで道と仕切られ、営業車が一台停まるだけだ。
……道路がゆがんで見える。ここすらも、まわりの世界から分断されている。見あげると高い空は揺らいでいない。師傅から逃れるべき空か)
(俺の視線を深読みしたのか、ドーンが思玲の肩から飛びたつ)
後ろにいた横根の悲鳴が、またたく間に遠ざかっていく。前にいた思玲と川田も、俺の背後へ吸われていく……。
(強烈な力に護符が抗う。俺自身も必死にこらえる。俺だけは飛ばされない)
護符と忿怒を授かりし物の怪というべきか……。
面白い存在ではあるが、儂でもさすがに使いこなせない