十の三 リミッター付き魔道具

文字数 2,030文字

あの犬が来るの?
(あの犬って……)
主が教えてくれました。鷹笛は木霊には消せません
……。
(ドロシーが息をのむ。

 灰風が足を引きずり向きを変える)

八千男がでくわしたようですが、あいつでは勝てない。


いまの私でも

……。
ガサゴソ
(ドロシーが首を横に振り、リュックに手を突っこむ。重たげに細長いものを取りだす……)
へへ

(マジかよ! 自動小銃、いや短機関銃だ(弟のうんちくを聞かされてちょっと詳しい)。なんで、その大きさがリュックに入る?

 そもそもこの世界にそれは反則だろ)

手負いの獣は子犬だ! ……若い柴犬だ!

それに人間だ! 俺の仲間だ!

……。
フワッ

(叫ぶに決まっている。あんなものでリクトを撃たれてたまるか。俺はドロシーの前に立ちふさがる)

だから?
ドキ

(ドロシーが銃口を夜空に向ける。唇を舌で舐める)

(タン)
(彼女が指に力を入れる。軽快な掃射音が林に響きわたる)
(上空でいくつもの光がさく裂して林が昼間となる。いまのは照明弾……。いや、人の目に見えぬ光だ。術の光だ)
これは私のリミッター。制御された魔道具

カシャカシャ

(ドロシーが銃をカシャカシャさせながら言う)
MP5をカスタマイズした。へっ、実弾じゃないから薬きょうはでない。反動もほとんどない
(サブマシンガンを持つ彼女の顔に、アグレッシヴな笑みがひろがる。中空は煌々と輝く)
リクトを撃つつもりか
……。
(そのために手にしたと気づいてはいる。リクトは夜になると怖いと、さんざん思玲におどされてもいる。しかも、もはや子犬でなくなっている。

 それでも本気で告げる)

ならば、俺はお前と戦う

 ドロシーが俺に銃口を向ける。

君では勝てないよ
(彼女は紅色の唇を舐める)
(シャー)
バサ
アイヤー!
(指に力を込める刹那、彼女は灰色の壁にふわりと飛ばされる――。風圧だけで杉の幹にぶつけられる)
いたた……灰風?

申し訳ございません。だが、あなたを守るためです。


それに私は松本哲人にまだ呼ばれている。こいつも助けないとならない

(呼ばれた? フサフサも言っていたよな。座敷わらしの助けを求める力のことか?

 ……横たわるドロシーにかまわず、灰風は俺を見つめる)

かといって、いまの私にできることは教えるぐらい。


八匹のハイエナは昼間の戦いで三匹やられ残りは寝返った。私達は空で大鴉にかなわず、そして人の姿をした鴉と犬に敗れ地に落ちた





 

 
 





 

 それは峻計とツチカベ。
そ、そいつらはどこ?
それは伝えるな!

スタッ

(ドロシーが立ちあがる。上空の光はなおもくっきりと彼女を照らす)
ここからは、あなたと我が主が生き延びる可能性のために、こいつに伝えます
俺が可能性?
その子が可能性?
あのおぞましい魔物どもは、麓にくだり魔道団の本隊と戦っている。ケビンさんもそちらに向かったが、深夜にあの九人だけで勝てるとは思えない
(……香港から魔道士は若手を含めて十人以上がこの地に来ているのか。それでも楊偉天の配下に勝てないというのか?)
負けるなどあり得ない! ならば私は加勢する!
ヒョイ
(ドロシーが機関銃を肩にかける。俺へとリュックを投げる。……俺に託すのか)
やめてください
行くな!
 灰風と俺。ふたつの異形の声が重なる。

 俺だけが続ける。

俺が護符を手にしてからだ
そしたら一緒に行く
ドキッ
祈りのお礼だ。それがみんなを守ることにもつながる
…ナ、ナンデ、トキメイタノ?
(彼女が俺を見つめる――。気配を感じた)
ドロシー、生きていたんだ
アイヤ!
(左肩を手で押さえたシノがいた)
扇を食いちぎられた。腕も……
ニョキニョキニョキ
(倒れこむシノを、地面から伸びた赤い腕が受けとめる)
ドロシー様。私は腕を三本も食い散らかされました。奴にかないません
(大タコの声が地面から聞こえる)
裏切り者のハイエナ達は雅が抑えています。その間に、シノ様をケビン様達のもとへお連れしてください。
え? なんなの? どうすればいいの?
……灰風は一羽だけになるのを望みます
……。
……。
(のんびり喋るな。気配はお前をつけ狙っているだろ。……もうそこまで来ている。こいつへとよだれを垂らして)
(狩りへの喜びに満ちたリクトの呼吸音が近づく。俺は無意識に後ろポケットを探る。なにもあるはずない)
八は地面から顔をだすな!
ドロシーはシノを守れ。

灰風は……、いざとなったら二人を乗せて死ぬ気で飛べ!

……。
……。
(香港から来た異形や魔導士が、指図を始めた俺を呆気に見る)
私は斑風やあの子とちがい、人を乗せて飛べるほど器用でない

イラ

(灰風だけが答える)
そもそも我が主以外の人は私達に触れることは――、ガアアアア!
わあ!
きゃあ!
(灰風の悲鳴が地響きと化す。大タカが羽根をばたつかせ、風圧にドロシーがよろめく。浮かぶ俺も流される)
ガルルル……
(……黒い犬が大タカの喉に牙を食いこませていた)



次回「魔犬」





追っていただいている方にお知らせ。短編集『女魔道士の正義』が一年以上前から公開中です。

大人の私が主人公だけどちょっとダーク。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色