十三の一 踊り場の六人

文字数 3,069文字

ズンズン

フワフワ

(あのカラスは、なぜに俺が人間に見えた? あのおまじないってのがノリトウなのか? そもそもノリトウとはなんだ……)
 そんなことを考えながら、思玲のあとを追う。校舎の非常階段をふわふわと浮かぶ。
 二階と三階の踊り場に川田達はいた。
ウー

二人ともまだ寝ているぜ

見れば分かる。お前も感情を隠す(すべ)を覚えろ
 思玲は川田の頭をまたぎ、寄り添い眠る白猫と青い小鳥の前でしゃがむ。
ハッ

…………フワア

 気配で桜井が目覚める。ぽかんとしたあと、羽根を伸ばして大あくびをする。
お前も起きろ
ビク……

思玲さん、着替えたんすね。

背が高いから、なにを着ても似合っていいですね。

スイスイ

!……。
 小鳥がすいすいと飛び、狼の頭に乗る。川田は気にいらない顔をするが、口にはださない。

 思玲が三階への階段に腰かける。

おべっかを言われることはしていない。

瑞希、寝ぼけてないだろうな。大事な話がある

昨日はなにもかも本当にごめんなさい。自分が情けなくて……

謝られることもしていない。おたがいにな。

哲人と和戸も地べたに降りてこい

フワフワ
ストン
この二人には伝えてあるが、今から流範を捕らえにいく
(本気だったのか。全員が息をのんだぞ)
なんのためにですか?
お前達を人に戻すために決まっているだろ
ドキ
 思玲は眼鏡をはずしシャツで拭きながら、
春節に入って早々に玄武くずれを助けたことがある。

そのでかい陸ガメは、楊偉天が白猫とオオトカゲを人に戻しあらためて玉を光らしたと言った。そして白虎が具現したらしい。

おそらく白虎と青龍になるべき者を入れ替えた。

ハー、ゴシゴシ

 レンズに息をかけて爪でこする。眼鏡がないと黒目がちが強調される。
四神の白虎が?
その人はただの白い虎になったのだと思う。結局はあいつに殺されたからな。

……異形にしたうえに扇の試し打ちなど、断じて許せぬ

 思玲はしばし唇をかみ、
あの男が四神くずれを人に戻したことは事実のようだ。あの老人と行動をともにする大鴉も、その術を知っているかもしれぬ
 眼鏡をかけなおす。きつい顔立ちに戻る。

それを聞きだすために捕まえるというのか?


……憂さ晴らしにはいいかもな

ちょっと待てよ。


あの異形を追いこむなんて危険ですよ。それに、どこにいるのか知っているのですか?

あてすらない
 長髪を後ろにかき集めながら言う。
作戦は?
たいした策などない
 濡れたままの髪を輪ゴムで結ぶ。
全員で探すだけだ。どうせ私達は桜井の気配のおかげで丸見えだ。ゆえに先手を打つ。

哲人、またごたごた御託を並べるつもりか?

迷惑の張本人が言うのもあれですけど。キーキー

師傅は、台湾で私達みたいなのを人に戻してるんですよね。それチャレンジしてもいいんじゃないっすか? 思玲先輩ならできると思います。キーキー

…ナキゴエ、デカスギ

フッ、私はお前の先達ではないから無理だな。

我が師傅がお持ちになる破邪の剣がなければ、魔道士は箱に触れることすらできない

…………ハッ


箱に触れないのならば、松本君に頼んで玉をだしてもらうとか

(その単純発想はなんなんだ)
さすが青龍になる資質の者は言うことが違うな。そんな考えがあったとは、さすがの楊偉天も気づかなかっただろう。

玉はすなわち卵だ。巣の中になければ、ただのガラス玉だ

……。

(色々と納得できた。それぞれが受けた四つの光を玉に戻せば人に戻れる。そのための手段を聞きだす……。

 充分にあり得る話だ。だが至難だ。探すのだって困難だし、捕えても白状させられるだろうか。聞けたところで、楊偉天にしか使えぬ術かもしれない。そもそも知らないかもしれない。……それより俺の透明な光はどうなる?

 青龍の玉のおまけだから、そこに戻ると信じよう)

可能性にかけるってことだね。でも俺みたいな役立たずは、昼間から哲人に乗っかって浮かぶだけかよ
お前次第だ
 思玲はそう言うと、胸ポケットから葉で作った細工を取りだす。
草笛か?
草鈴(カオリン)と呼ばれる。哲人、吹けるか試してくれ
はい
 ふたつあるうちのひとつを俺に突きだす。ヒマワリの葉で作ったと、触るなり分かった。感覚で唇にあてる。夏草の香りがひろがる。息を吹きかけると、
チリリー
 草笛とは思えない澄んだ音が響く。
ホッ
チリチリ
 思玲が安堵した顔を覗かせ、もうひとつの草鈴を吹く。やはりチリチリと鈴のような音がひろがる。
この雌雄の笛を吹けば、もう片方の耳にだけ届く。数十里ぐらいなら充分に聞こえる
数十里って何キロメートルですか?

この町ぐらいのたとえだ。難しく考えるな。

スタッ

私の組と哲人の組に分かれる。私とともに流範を追いつめるのは川田と瑞希だ。空からあぶりだすのは残りの三人だ。

 すっと立ちあがる。俺達は誰も腰をあげない。
策はないと言っていましたけど
ジロッ

理屈を並べるではないぞ。

楊偉天に報いるため、流範は最後まであきらめぬだろう。奴も我々を探したいに違いない。

機会はある

(たしかにチャンスはあるかもしれない。でも捕らえたとしても)


教えてくれると思えないですが。

式神が裏切るなんてあり得るのですか?

 この作戦は不確実すぎる。仲間が危険に晒されるだけだ。
俺は思玲に賛成だ。これよりよい考えが浮かんだら呼んでくれ。とにかく俺は動きたい。

ヨッコイショ

オットット、フワ
 川田が四肢をあげる。桜井がふわっと浮かび、差しこんだ朝日に照らされる。

俺は保健所とかに捕まるから、紐をつけて思玲と一緒なんだろ?

気にしていられるか。俺は一人で動く。見つけたら、あらんかぎりに吠えて知らせる

(だったら俺も川田と動く……。六人一緒にいるべきでないか?)
俺も川田と行くよ。三組のが見つける確率があがらね?
(それはなおさらハイリスクだ。桜井と二人きりといっても今はインコだし……)

和戸、お前次第と言っただろ。


お前は使いの鴉どものおとりになれ。和戸が一番弱いゆえ、残党も油断して襲いに来る。そこを哲人と桜井で捕らえ尋問し、親玉がどこにひそんでいるかを聞きだせ

 この女以外の五人が固まる。
……さすがにヤバいんじゃないっすか、

だよね?

ウン、ウン
俺達は将棋の駒じゃない

そう言うなって。だったら俺は哲人と行くよ。

それならうまくいくかもね

流範達を恐れさせぬため、私は和戸達から離れた場所で姿を露わにする。なにかあったら草鈴を鳴らせ。……護符があれば大丈夫だ。


川田にも大事な役目がある。それまでは無理をしてほしくない。私とともに動け

“その役目とはろくなものでないだろう”
ブルッ

 妖怪である俺の背筋が寒くなる。

どんな仕事だ
まだ伝えぬ
 思玲は階段に向かう。
待て!

……。

誰かに兆候が現れたら私の扇を試す。玉と箱にかかった妖術を消し去れるかをな。

かき消すことができたのなら、お前の牙で巣を引き裂け。護りの術はもはやなく、四つの玉が怯えだす。みなに入った光をおのれの中に戻そうとする。そのときに箱を囲んでいれば、お前達は人に戻れる。

コツコツコツ…

ちょっと待ちなさいって!
ドキッ
あの声の意味が分かりました。すみませんした!

でも自分を犠牲にしない。そう約束してください!

……。
 すごい剣幕だ。俺達は呆気にとられてしまう。
犠牲になるなど言っていない
言ってないけど知ってます!

耳もとで大声をだすな。

シッシッ

あの剣があれば師傅に任せる。剣がなければ扇を試す。それだけだ。

……私は日本などで死にたくない。死ぬ気もない。本心だ。


カツカツカツカツ…

 思玲は階段の下へと消える。桜井は手すりにとまる。
思玲さん……。

 青い小鳥が背の低い太陽に照らされる。





次回「青い鳥のさえずり」

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