(九郎の怒鳴り声とともに車はスピンする。俺と横根は後部座席でからみあう。ピンクの車は逆側を向いて停まる。九郎は短い羽根でハンドルを細かく操作していた)
キョロキョロ
見た。本物だよな。あれは南京に閉ざされているはずなのに。
ぼ、僕達ランクならば、夜の極みであろうと、かすめるだけ消える
(琥珀は車内で逃げ場を探っていた。異形のくせに青ざめている)
異形達が怯えだした。車はがむしゃらに飛ばし、さっきの巨岩を避けて荒れ地に入り――
マジ?
(人間に追いつかれる。中国風の袈裟を来た剃髪の男だ。バスケットボールサイズの金属製の輪っかを両手に握っている)
(男が後部座席の俺達を吟味しだした。輪を片手にまとめ、あまった拳で運転席の窓を微塵にする)
九郎が助手席に転がる。
車は荒れ果てた畑で停まる。トンビが空に輪を描いている。僧侶のいでたちの男が窓から大蔵司を覗く。
(彼女の右手をすばやく握る。現れたばかりの神楽鈴が消えていく。
中国語が基である異形の言葉を放つ)
日本にもこんな美人がいたのだな。
楽しませてもらいたいが、こうすれば邪念は消える
(大蔵司の鼻に剃髪の頭がめり込み、彼女は助手席のドアまで飛んでいく。
九郎と琥珀は俺達の座席の裏に逃げていた。車が怯えたようにエンジンを震わせ停車する。
男が窓から覗きこみ横根を見る。好色に笑う)
これまた、かわいがりたくなる娘だ。
だが魂が半分だけか。できそこないの相手をしたら身が穢れる
車がクラクションを鳴らして振動するのを介せずに、男が運転席の窓から手を入れる。円状の刃を横根に向ける。
アレ?
(狭い車内で、俺は男へと飛びかかる。シートベルトをしていた。
身動きできない俺の上半身を男が抱えこむ)
おなごは昨夜で飽きたが、お前はあの方のもとに連れていかないとな
男は片手で俺を引きよせる。シートベルトが引きちぎられそうだ。片方の手の金属の輪を、またも横根に向けた。
くそ、くそ
(俺はベルトをはずし男へと頭突きする、つもりだった俺の首を、男がつかみ引き寄せる)
台輔、後ろと左後ろのドアを開けて。
瑞希、ベルトはずして逃げよう。九郎、瑞希に怪我させないで
(九郎が開いたハッチバックから飛びでる。青ざめた横根をサイドドアから引きずりだす。抱えてよろよろと浮かぶ)
外にでるな。峻計と麗豪が……
(俺は喉からしぼりだす。黒い螺旋が待ちかまえている)
あの二人は昼間から仲良くやっている。
そのような者でなければ、この法董が付き合うものか
男が顔を寄せて笑う。 俺は法董と名乗る男の目を狙う。輪をもつ手でさえぎられ、指をへし折られる。
(彼女は右手をかかげる。でも神楽鈴が現れるまえに俺の頭をぶつけられる。
大蔵司の上半身がフロントガラスを突き破る。俺はむち打ちだ。目もくらむ)
うわあ
(法董が俺の足をつかみなおす。運転席の窓から引きずりだす。足をばたつかせたくても強力に押さえられている。腰まで外にだされる。
俺はハンドルに腕をからませる)
哲人、ボリュームをマックスにしろ!
陸海豚! 割れるほど鳴らせ!
(鼓膜を裂くほどのクラクションにも男は力をゆるめない。俺は胸まで外に引きずられながら、オーディオボタンに手を伸ばす。あいみょんが音割れしていく)
(血があふれてくる……。それでも俺は手を離さない)
(後部座席から琥珀が浮かぶ。
小鬼が5メートルほど上空でリュックを腹に抱える)
(法董が俺から手を離す。金属の輪を空へと投げる。白銀色に輝いたそれを、琥珀はリュックで受けとめる。俺は車に逃げこもうとする)
(さらに上空で九郎が震えている。抱える横根に日光が透ける。大蔵司はうごかない。
閉じこもろうが無意味だ。俺は窓の外へ転がる)
がしっ
魔道士のかばんが受けとめた? ……あの者の護布だな。そこにあるのか!
それも手にすれば、私は天上でさえ無双だ!
(戻ってきた輪を、法董は手で受けとめる。邪悪な歓喜があふれている。
男が両手に滅魔の輪を持つ。俺は瞬時に考える。こいつなら空へ跳ねられると。あの輪を受ければ、異形である琥珀は消滅すると)
跳躍しようとする法董の足にしがみつく。体が浮いて男とともに落ちる。男が振りかえる。俺をゴミのように見る。クラクションもあいみょんも響きつづけている。
攻めと守りの比類なき魔道具。それがあれば奴らに従う必要ない!
俺へと輪をかざす。胸がひんやり。俺の魂が、これまでですねと意識が飛ぶ。
未練なんて
異形だった俺への照れ隠しの笑み。人の姿で見たかった……。
見る。見てやる!
即死の衝撃を吹っ飛ばす。胸に鋭利な輪がめりこんでいた。引き抜こうとする男の手を、俺は両手でつかむ。ほかの奴を襲わせない。この手を離さない。
(滅魔の輪ごと持ちあげられる。横根が泣きわめている)
(琥珀が法董の顔に飛びつくのが見えた。小鬼が男の耳に口をつける)
狂気じみた騒音のなかで、おぞましき言葉がかすかに聞こえた。男の絶叫もたしかに聞こえた。 俺は地面に落とされる。蜜柑色の僧侶服がよろよろと逃げていく。
(滅魔の輪が俺の胸から抜けて転がり倒れるのも、にじんで見えた。俺の血が地面を汚していくのも)