二十七の二 連れと途中下車

文字数 2,233文字

ガタンゴトン、ガタンゴトン
……。

ガサゴソ

(風景は田舎から山あいへ変わっていく。小鬼が首をかしげる)
よく手を入れられるな

べつに

(リュックの荷物を整理する俺に言う)

ガサゴソ

貉も生きていたし、もしかして術は仕掛けられてないのか?
 小鬼が手を差しこんで、
わあ!
指が消えた。罠じゃ済まない。加減しろよ。あの女はうっとうしいだけじゃなく……

(琥珀が人差し指と中指を吸う。俺は平気だ。充電器はあったけど、コードの規格があわなかった)

ガサゴソ

琥珀は彼女となんで知り合いなの?

ズリッ

ドロシーは祖父に同行して台湾に二度来ている。俺はその遊び相手だった。ちなみに九郎はビジネス絡み

つまり彼女は劉師傅や思玲でなく楊偉天と会っているわけだな

ガサゴ…

……。

……。

“着替えとか入っているから奥まで見ないでね”
(……箱の脇からはみ出ているのはブラ紐だよな。けっこう雑に入れているかも。やましい気持ちが湧いてきたけど、四玉の箱と小鬼の視線が邪魔だ。大事なものが入っているというし、俺はあさったりしない)
ドロシーには、哲人みたいのがお似合いかもな
(琥珀は俺が彼女のリュックをしまうのを見ながら言う)
お前の順位も教えろよ
(こいつはデリカシーがない)

……。

……。

……三位は思玲、二位は――


ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴト、プシー……
(電車が田舎の町を抜けて、また林に入る。しばらくして急停車する)
『ただいま鹿と衝突しました。安全確認のため――』

チッ

(ふざけんなよ。俺の故郷の田舎は僻地だ。海岸に滞在できる時間は二時間もないのに)

チッ
 琥珀も舌を打つ。
フワッ

巻きこんじゃったな。

異形が鹿を投げたのを視認した。立ち去らないと人にも犠牲がでる

スイスイ

(小鬼が浮かびあがる。荷物棚の下をすいすいと進む……。

 海どころか山にいるうちに登場だ。天珠も意味なかったか。奴らのが一枚上だ。席を立ち琥珀を追う)





 

命なきものにだったら、これぐらいはできる

(琥珀がドアへと手をかざす。ロックが解除された音がする。俺が手でこじ開けて、線路脇へと飛び降りる。もはや海に叫ぶどころではなくなった)


楊偉天の一味と藤川匠の手下。俺に寄ってきたのはどっちだ?

人の姿をした異形だが確認しきれなかった

フワフワ

(琥珀が横に浮かぶ)


隻腕だったか?


(あの凶相を思いだしてしまう)

いや。白人の男女だった

フワフワ

(おそらく西洋の妖魔。本命がヒットした)
(奴らは契約のため俺を襲えないはず。それでも昼間から現れたということは、それほどまでに俺を夏奈と会わしたくないのだな。意地でも行くべきか)
 俺は電車の後方に走り、単線をまたいで反対側に行く。木に手をかけて段差から林へ降りる。
そっちには民家がある
(琥珀が言いたいことは分かる。でも住居あるところに道がある。ヒッチハイクするか、車を奪ってでも進まないと。人を巻きこまないなんて悠長なことは言ってられない――
チリチリチリチリ
……。
(琥珀のパーカーのポケットから鈴の音が乱れて鳴る。……劉師傅の草鈴。峻計ほどの敵が現れたら教えると言っていた)
『ホホホ、私の存在がばれてしまったな』
(眠たげなほどに悠長な誘う声)

『なおも逃げずにめざすとは、本当におもしろい子だ』

(あいつより、楊偉天より、こいつの声にこそ震えてしまう。よりによって)
耳を傾けるなよ
ああ

(琥珀が緊張した声で言う)

晴れた昼間だ。そこまで怖くはないからな。はは、うっすら見えやがる

俺には見えない

わあ!

(林がいきなり終わり、石垣から民家の庭へと1メートル以上落っこちる。両膝と両手で着地する)

な、なんだ、てめえは。でていけ、でていけ! おかみさんと俺の縄張りだ!
(飼い犬が狂ったように吠える。人はでてこない。開いたままの納戸に農機具が並ぶ。鎌、鍬、鋤……)
 
(転がるバールを選ぶ。いつか返そう。路地にでる)
梟ジジイ! 僕が天珠を持っているのを知っているよな
(琥珀が空の一端をにらむ。俺も見上げるがなにも見えない)
上海女を俺も呼べるぜ
『主に似て嘘が苦手だな。ハイブリッドな異形よ』
(ロタマモが言い返す)

『写真を見た飼い主は気づきかけているぞ。人であった小鬼よ』

!!!
 俺は立ちどまる。琥珀を見あげる。こいつも楊偉天によって――。
ズリッ

哲人への惑わしだ。気にするな

(小鬼が俺を追い越す。……たしかに足をとめている場合ではない。路地を抜ける)

ズルツ

バールなんて異形に効果ない。奪われて脳天をなぐられるだけだ

ポイッ

(言われて投げ捨てる。いつかお詫びしたい)
 

(軽トラックが路上駐車してある。琥珀は鍵を開けられたな)

エンジンキーなしで車を始動できるか?

ズリッ

巻きこまない。自分の足で走れ!

(こいつは真面目だ)
ゼーゼー

(昨日と同じだ。太陽に照りつけられたアスファルトを走る。ロタマモは以後話しかけてこない。二車線の道に車は多くない。電柱に手を置き、息をととのえる。シャツは汗をしぼれそうだ)

(まだ特急電車に一時間も乗っていない。この地点から人の足で静岡まで行くなんて不可能だ。車を奪うなんて冷静に考えれば無理だ。県内のうちに捕まるか事故を起こす。考えないと……)
ヌッ
ヌッ

(前の路地から、二人連れが飛びだしてきた。白人のバックパッカーであるはずなく、完璧なまでに異形の気配が漂っている。若い白人男女は無表情に俺へと歩いてくる。

 こいつらは人に見える存在だ。俺は人の体のままで忌むべき異形と戦わねばならない)



次回「白昼のタコ殴り」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色