二十一の三 届け、人の歌
文字数 1,310文字
(夏奈の声が聞こえた。姿は見えない。人である俺だけがいる。
どこかにいる彼女へ声かける)
……夏奈。松本だよ。
助けに来た。だからフサフサを救ってくれ。俺の心はみんな届くのだろ? あの野良猫のことも思いだせるよね
ごめんね。私、忙しいんだ。たくみ君に呼ばれている。明日の夜に会う約束をしている
(……たくみ君。藤川匠。
すべてが明白になる。使い魔達の主であるゼ・カン・ユの生まれ変わり)
わあ……
(龍がくしゃみをして、俺は地面へとぶち当たる。龍は空を見あげる)
あんたはなにをしに来たのだい?
哲人も哲人だ! 私のことなどどうでもいい。ただ、もっと呼んでやれ!
フサフサが血を吐き叫ぶのを、龍が見おろす。俺はもう一度巨大な顔に飛びつく。
龍を抱きかかえる。
(夏奈がつぶやく。もっと強く抱きしめる。彼女の髪の匂いを感じる)
(彼女が俺の手をやさしくはらう。俺の目を見つめる)
私は誰かを待っていた。たくみ君以外にも、誰かを待っていた……。誰かを探していた
(涙をたらして笑う夏奈へと笑いかける。夏奈が俺へと寄り添う)
(座敷わらしの透いた体を朱色の矢がいくつも突き抜けて、俺は龍から落ちる)
(フサフサは横たわっている。……内側から透けている)
(空では龍が錯乱していた。地を埋めるほどに雨を降らし、天が割れるほどに雷をまき散らす。俺を傷つけたから)
儂は峻計をゆるす。麗豪との関係さえも認めてやる。さすればまた儂に付き従う。全員であらためて青龍を具現させよう。
……奴らの他にも、儂とて頼るべき者はいる
本物の老人は雨をはじき返す。鏡が雨をはじき返している。
(……龍が楊偉天に気づく。咆哮が林をなぎ倒す。老人は気にしない)
その時には、貴様を神殺の結界に閉じこめて龍への釣り餌としよう。あらたなる白虎には、貴様に関わる人から選ぼう。たとえば王思玲。
……ヒヒヒ、その使命を、峻計に楔として打ちこもう
若者よ。
無死が迎えにいく。それまでは四玉の箱と白虎の光とともに、抜けられぬ谷底で待っていなさい。
貪よ、吐きだしなさい
(その声は嵐にも消えない。なにもない空間から、魔物が波動を飛ばす)
そう叫ぶのが精一杯だった。
次回「座敷わらしと猫おばさん」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)