二十一の三 届け、人の歌

文字数 1,310文字

誰だっけ?
(夏奈の声が聞こえた。姿は見えない。人である俺だけがいる。

 どこかにいる彼女へ声かける)


……夏奈。松本だよ。


助けに来た。だからフサフサを救ってくれ。俺の心はみんな届くのだろ? あの野良猫のことも思いだせるよね

ははは。なに言っているか分かんねーし
(声だけが返ってくる)
ごめんね。私、忙しいんだ。

たくみ君に呼ばれている。明日の夜に会う約束をしている

(……たくみ君。藤川匠。

 すべてが明白になる。使い魔達の主であるゼ・カン・ユの生まれ変わり)

駄目だ! 行ったら夏奈は、その心さえなくなる!
 
(なのに夏奈は遠ざかっていく)
へっくしん

わあ……

(龍がくしゃみをして、俺は地面へとぶち当たる。龍は空を見あげる)
おい龍!
 
(フサフサが空へと叫ぶ)
あんたはなにをしに来たのだい?

哲人も哲人だ! 私のことなどどうでもいい。ただ、もっと呼んでやれ!

……。
……。

 フサフサが血を吐き叫ぶのを、龍が見おろす。俺はもう一度巨大な顔に飛びつく。

 龍を抱きかかえる。

がしっ
 人である夏奈を抱きしめる。
誰だったっけ……
(夏奈がつぶやく。もっと強く抱きしめる。彼女の髪の匂いを感じる)
夏奈、人に戻ろう
(それだけを伝える。それ以外を望まない)
……夏奈って誰だろう。聞いたことがあるような
(彼女が俺の手をやさしくはらう。俺の目を見つめる)
私は誰かを待っていた。たくみ君以外にも、誰かを待っていた……。誰かを探していた
それは――
で、呼ばれてここにきたんだ!
(涙顔のままで笑みを浮かべる)
みんなでまた歌うために。人間の歌をだ!
そ、そうだよ。あっちの世界で、みんなで奏でよう
……。
(涙をたらして笑う夏奈へと笑いかける。夏奈が俺へと寄り添う)
思いだせる。あなたの名前は――
 
ああ……
(座敷わらしの透いた体を朱色の矢がいくつも突き抜けて、俺は龍から落ちる)
ぐえっ
(陸で跳ねる大ナマズが、「ぐえっ」と受けとめる)
僕は戦闘力がないから阻止できなかった
悔しいよ
(ナマズは闇に戻っていく)
 
(フサフサは横たわっている。……内側から透けている)
 
 
(空では龍が錯乱していた。地を埋めるほどに雨を降らし、天が割れるほどに雷をまき散らす。俺を傷つけたから)
人に戻そうとしたな
(鏡を持つ老人が俺達の前へと現れる)
儂は峻計をゆるす。麗豪との関係さえも認めてやる。さすればまた儂に付き従う。全員であらためて青龍を具現させよう。

……奴らの他にも、儂とて頼るべき者はいる

 
 本物の老人は雨をはじき返す。鏡が雨をはじき返している。
 
(……龍が楊偉天に気づく。咆哮が林をなぎ倒す。老人は気にしない)
 
その時には、貴様を神殺の結界に閉じこめて龍への釣り餌としよう。あらたなる白虎には、貴様に関わる人から選ぼう。たとえば王思玲。

……ヒヒヒ、その使命を、峻計に楔として打ちこもう

 
(楊偉天が蜃気楼のように消える。嵐だけが残る)
若者よ。無死(むし)が迎えにいく。それまでは四玉の箱と白虎の光とともに、抜けられぬ谷底で待っていなさい。

貪よ、吐きだしなさい

ゴオオオオ
(その声は嵐にも消えない。なにもない空間から、魔物が波動を飛ばす)
夏奈ー!

 そう叫ぶのが精一杯だった。





次回「座敷わらしと猫おばさん」

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