二十六の二 夢見るは人
文字数 2,594文字
思玲が開いたままの自動ドアを抜ける。外への扉は閉ざされていた。彼女が背筋を伸ばす。
俺の返事も聞かず扉を開ける。夕涼みのような外気が吹きこんでくる。
人と妖怪のいきなりの登場に、黒猫がびくりと逃げていく。入学当初から学校に居ついていた痩せた野良猫だ。
異形のものはどこにも見あたらない。外にでた思玲が西日に照らされる。
彼女はポケットから草鈴を取りだす。自分達の無事を鈴の音に乗せる。桜井へ向けて、こっちに来るなと強く笛を鳴らす。
思玲が石段にしゃがみこむ。張りつめていた気をようやくゆるめる。
院生らしい若い男性が二人、談笑しながらやってくる。思玲を一瞥するが、そのまま通り過ぎる。
男子学生も一人現れる。スマホだけを見ながら正門方面へと去っていく。と思ったら、
うずくまる思玲をちら見する。立ちどまり凝視したあとに、スマホに目を落としやっぱり去っていく。
俺は彼女の肩をつかむ。傷だらけの思玲になおもうながす。
彼女は意を決したように歩み寄る。昨日までよく見なれた女の子が、小さめな麦わら帽子をかぶり、大きなカバンを抱えてやってくる。
痛々しさを消し去さろうと凛とした姿勢で石段を降りていく。
思玲が俺にしか聞こえない異形の言葉を放つ。
俺は横根を見ながら答える。
俺に命じながら、思玲は鼻血のかたまった顔に無理やりやさしい笑みを浮かばせる。
思玲は俺が教えたとおりのセリフを伝える。
横根は心配そうなままだが、ちらりと腕時計を見る。やはり無理やり作った笑みを思玲に向ける。
俺達に背中を向けて歩きだす。
西空の縁が橙色へと変わりゆくなか、横根は一度だけ振り向く。
気がかりを隠した小さな笑みで会釈をする。正門のほうへと去っていく。
横根が角を曲がり見えなくなると、思玲は石段へとしゃがみこむ。眼鏡をはずす。
俺は感情が混ざりあって、思玲へと言葉が返せない。ただ……、これだけは聞きたい。
思玲が手で顔を覆う。
(峻計があざけりながら言った言葉を、人でなくなった俺が思いだす。もとは漢文だ。
蝶になり、愉快に舞う夢を見る。目が覚めて思う。あの夢を見た自分が本物か、もしくは夢の中の蝶が本当の自分か――、そんな内容だった。
それをたとえにあいつは、異形となった俺達を嘲笑した……)
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