四十三の三 夜空から襲撃

文字数 2,501文字

(翼竜の背にいる俺達に風は当たらない。結界に包まれている)
藤川匠を追いつめる。サキトガも現れざるを得ない。


もし、そいつが力に目覚めていたら、それは人間の魂を奪う重罪を犯した結果だ。だから私が成敗する。

だが、そいつに人としての力しかないのならば、お前達だけで倒せ

(ただの人間には手をださないのか。大姐が俺達を連れてきた理由が分かった)
ふん
カッ
楊偉天は?
知らん
……。

(仮に藤川一味を倒しても、まだ奴らがいる)

“双鞭”
“カカカ”
“いい男だな”
“火焔嶽”
“……。”
(張麗豪の空中からのトリッキーな攻撃は、強烈でなくてもきつい。

 見えない竹林もドロシーがいないと厳しい。

 さらには法董の冥神の輪。

 土壁の魔道具。巨大な式神。神殺の鏡。

 しぶとくしつこい峻計。

 メンバー的にはあいつらのが脅威だ)

大姐。藤川はどこにいるのですか?
(ヨタカになった露泥無が、沈大姐の肩から尋ねる。

 彼女は二胡の音慣らしをしながら)

すぐそこの森だが、いったん上空にでる。

天高くから強襲する。鳳雛窩で私らの姿は見えん。大鷲の雛みたいに馬鹿高く馬鹿早く飛ぶ必要はない

(どっちにしても急降下攻撃か。……そこに藤川匠がいる。あいつを倒して、ドロシーを奪還する。夜半を迎えても行き場のない夏奈を、全員で呼び戻す。みんなで人に戻る。

 そんなにうまくいくだろうか。仮に大団円を迎えても、まだやるべきことがある。思玲……)

“哲人”
 おとなであった彼女を思いだす。
“……哲人”
“哲人”
“哲人”
 泣き顔も悪そうな顔も笑顔も、抱えられたぬくもりも……。

(まだ考えるな。まだ俺達の進むべき道だけを考えろ。

 もし藤川匠が生身の人間だったら、俺だって倒したくない。でも夏奈は完全なる龍になり、ドロシーは朽ちるまで奴隷となる)

“ご主人様
“たくみ君
“心に決めた相手でなければハーレムOKかな、ははは”
(でも夏奈は完全なる龍になり、ドロシーは朽ちるまで奴隷となる。ゆるせるはずない。倒すに決まっている)
カカッ
(俺の怒りは絶え間なく湧きあがり、おかげでドーンはいつまでも迦楼羅のままだ)

ニヤッ

あんたは恐ろしいほど強いな
お前達よりはな

♪♪♪♪♪

(大姐は二胡を弾きはじめる)
殲、この高さでいい。これ以上登ると、龍と怪物に鉢合わせる。連中は成層圏まで降りてきた
キエエエ
(夏奈とハイイロクマムシのことだ。どういう戦いをしているのか想像できない。加勢にも行けるはずない)
おばさんがどんなに強くても、川田は渡さねえからな
♪♪♪♪♪
(ドーンが沈大姐に念押しする。もう少していねいな言葉づかいをして欲しいが、肝心の大姐は一瞥もせずに中国の音楽を奏でるだけだ)
なんて曲ですか?
高山青(カオサンチー)

台湾の民歌。若者と娘の出会いの歌だ

(沈大姐がそっけなく言う。

 音響も考えた結界なのだろうか。爽快な旋律が、ことさら響きわたる)

♪♪♪♪♪
わあ!
(不意にかき鳴らす。川田の頭で風軍が跳ね起きる)
露泥無と大鷲は上空で待機していろ
え? ……ここで?
……。

フワアア、ネムイネムイ

(沈の命令に、風軍はあくびをしてそっぽを向く。露骨に聞こえぬふりだ)
殲、追いはらえ
クエエエエエエ
ヒュ~~
 
 
(いきなり凍てつく突風が飛びこんできた。風はすぐにやみ、ヨタカと大ワシがいなくなる)

ヒドスギ

『ドロシーちゃんを救出したら笛を鳴らしてね』だと。

言付けぐらいしてやる

(とりあえず風軍は無事みたいだ。

 とはいえどれくらいの高度だろうか? 太平洋沿いの光のネックレスさえも小さく見える。この高さからならば気づかれないだろう)

……。
クエエエエエエ
わあ

(翼竜は束の間に目測を定め、急降下を始める。風切音が聞こえるだけだ。結界がなければ、つるつるの鱗の上から落ちただろう)

松本、短期決戦だ

(大姐が横で言う。

 短期ってどれくらいだ? 俺はうなずくしかできない。大姐はまた二胡を奏でだす)


































 

減速しろ
キエッ
(山あいに松明がいくつも灯されている。そこに藤川匠がいるのか。ドロシーがいるのか)
結界をはずせ。なにも感じとれない

(川田は翼竜の頭上に移動していた。

 大姐は殲に合図をださない。俺は白猫を抱き寄せる)

カカカッ、獣人だらけだ。

いまの俺は目が滅茶苦茶いいからな。五十体はいるぜ。俺達に気づいてないかも

 結界内に浮かんだドーンが嘘笑いする。

 俺も浮かびあがってみる。人家の明かりもまばらな山間だ。

(……低山の鞍部に家屋の残骸が数件見える。廃村だ。そこに、人の目に見えない血の色の松明が無数にある。

 沈大姐が演奏をやめる)

儀式の準備中だ
なんの儀式ですか?
知るか


手負いの獣よ。意外におとなしいな

 沈大姐が先端の狼に問いかける。

 川田は振り向かない。

ボスがおとなしいからな。

それでいておっかないからな

(俺のことか? たしかに今夜の川田は暴走が少ない。俺といるからか?)
“……松本みたいな奴があんなのをお気に入りとはな。俺はどっちかというと、あいつは”
“その言い方は良くないと思う”
(なぜだか川田の部屋の匂いを思いだす。思玲達に乗っとられるまえの、ありふれた部屋の匂いを――)
飛び降りられる高さになったら合図しろ。

お前が切りこめ。

最低でも十体は消せ

(大姐が川田に用件だけ述べる。

 川田が大姐へと振りかえる)

みな殺しだろ
(にやりと笑う。こいつはやっぱり川田ではない)






 

 
 
(俺の目でも獣人達が確認できる高さになった。十階建てビルほどの高度か。捨てられた集落の一角に、木でつくられた舞台みたいなものが見える)
……。

……。

……狩りの時間だ!

殲!

クワアアアア
 
(手負いの獣が吠えた。同時に風が飛びこみ、俺は後方に流される。殲の頭上から川田が飛び降りる)
ひっはー
カカカ
わあ
きゃあ

(迦楼羅であるドーンが続く。

 空からいきなり魔獣が現れて、獣人達がパニックになっている。手負いの獣がまたたく間に三体を消して、ドーンが天宮の護符で獣人を叩く……。護符は輝いてはいない)

横根、行くよ
うん
 俺も法具を手に続かないとならない。浮かびあがり振り向くと、沈大姐は空中で直立していた。その下に見えない殲がいるはずだ
大失敗だ! 松本は戻れ!



次回「陽炎の村」

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