三十五の一 無心なハイカーたち
文字数 2,533文字
過疎地の老人をかき集めるより、健康なハイカーを端から傀儡にしたのか。時間はかかるが、さすがは慎重な鴉だ
ドロドロ
(露泥無がヨタカになる。
登山姿の人達が踏み跡を歩いてくる。どの人も操られているだろう。……あいつの武器は傀儡だけであるはずない)
ドロシー、結界を探せ!
黒い光が飛んでくる!
(俺以外には)
(ドロシーは少女の演武に食い入っていた。
登山者達は走らない。林の中をゆっくり確実に歩んでくる。……老人の男女もいる。子供もいる。若い一団もいる。三十人以上だ。それぞれが背負っていた荷物を地面におろす)
基本は光をだす感じだ。だが実際にはださず、内なる魔だけを狙う感じだ
(思玲の説明は感覚的だ。ドロシーは必死にうなずいている)
必要ない
(彼女は傀儡の目には見えない。でも異形には見える。彼女こそ守られないと。
俺はリュックを降ろす。箱を包むサテンを引きだす。どっちにすべきか……。彼女には珊瑚がある。守るのは背後)
(リュックサックを横根に渡す。四玉の箱を壊さぬように、横根に黒い光は飛ばない)
分かった。やってみる。
たぶん暴発するから、そばには来ないで
(俺は汗だくで座りこむ思玲に師傅の護布をかける。これで彼女も守られる。俺には青い光がなおもある。露泥無は闇になれる。むき出しなのはドロシー……)
(彼女は顔をそらしながら、閉じた扇を前に突きだす――!)
うわあ……
(巨大な萌黄色の光とともに、林の上半分がなぎ倒される)
囲まれつつある。逃げながら練習すべきだ。僕のあとについてこ
(見えない竹林が俺に話しかけてくる。小型ステルス攻撃機だ!)
振りむいたら真後ろにいた。おたがいにぎょっとする。
カラスに目をつつかれる。ドロシー、さきに竹林を倒せ!
滅
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
わあ、わあ、わあ
(俺への機銃掃射を透明ななにかがはじいている)
わあ!
(とっさにしゃがむ。結界から現れた爪に背中を裂かれる。……痛くない)
僕は彼女みたいに結界を追えない。ヨタカや猫だと危険すぎる
もう誰も逃げられない。もはや頼りなきドロシーだけが頼りだ
(登山者達は俺達をキャンプファイヤーみたいに囲んでいる。次なる指示を待っている)
よせ!
(蒼白な顔のドロシーが人除けの弾を乱射する。樹冠にひそんでいた野鳥達がこらえきれず飛んでいく)
?
(思玲がドロシーをこづき、その頭へと護布をかける)
(俺は護符を探る。……ドロシーのリュックだった。横根が持っている)
わあ
(透けた横根に押し倒される。ドロシーが目をつむり、俺達へと扇を突きだす。幸いなにもでなかった)
(人間達は俺と横根を見ている。俺と宙に浮かんだリュックをだ)
横根、ちょっと開けるよ
(俺はそこから護符を取りだす。かかげる)
峻計、麗豪様ー。穴熊は扇を女の子に渡した! 使えないからだ! 女の子も使えないよー
(つまり傀儡の群れと峻計。さらには張麗豪。悪夢の具現だ)
(指を鳴らす音がした。登山者達が動きだす。俺達を囲む輪が狭まっていく)
(ドロシーがやみくもに扇を振りかざす。術はでない。
露泥無である女の子がため息をつく)
(学生の一団らしきが横根へと駆けだした。彼女に触れられなくても、リュックサックに触れられる。そのまま、横根が複数の若い男に押し倒される)
やめろ!
(護符で殴る。……人に武器は駄目だろ。でも一人が俺に目を向ける。俺へと手を伸ばしてくる。やっぱり護符を振りまわす)
おら!
ゆるしてください。
この人達が人に戻っても、どうせ私は襲われる。……パパ、助けに来ないで
(もはやレフリーのいないラグビーみたいにもみくちゃだ。密集する登山者達の汗の匂いが充満する)
(また指が鳴らされる。俺は人間達に持ちあげられる)
(俺の叫びはもはや傀儡に届かない。俺にできることは人を傷つけてでも……)
彼女へと護符を伸ばす。思玲が初老女性の頭を支えに受けとる。
(思玲が登山者達の上で護符をかざす。同時に護符が激しく光る――。林が山吹色に照らされる。なのに懸命な思玲は見ていない)
踏まれているな! こうやるのだ! 守りたいものを思え!
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