三十九の五 花咲き誇る夏
文字数 2,452文字
俺はしがみついたツノを介して、心を通じあわせようとする。
『夏梓群。松本哲人が遠ざかるぜ。
邪魔すべきじゃないの?』
『横根瑞希は祈りすぎて魂をすり減らした。俺も扱いに困っていた。
フロレ・エスタスよ。あの娘を人の世界に戻せと、俺に懇願しろ。代わりに夏梓群をあのお方に捧げろ。お前は松本哲人を食え。その男とひとつになれ。
……俺に任せてもいいぜ』
『松本哲人。
契約を一方的に破棄したうえに、あろうことか契約相手を襲撃して殺したな。さらには龍を恫喝して、捧げられた魂を奪いとった。
報いとして、まずその娘の魂をいただこう』
彼女の手の感触がなくなる。
ドックン
妖魔の声をさまたげる。龍へと命じる。
サキトガが叫ぶ。俺の肉体が消えようとする。闇に吸われていく。
そんなもの耐えてやる!
サキトガに命じる。七葉扇を手に立ちあがる。
サキトガが聞くはずない。
雨はやんでいた。
夏奈へとすがる。
事実を告げる。
……雷が樽へと落ちる。樽は巨大な虫に変げし、龍へと向きを変える。あれが無死……。
風軍のあどけない声。俺は巨大な羽毛をクッションに着地する。そのまま横たわる。
(俺もかなり疲れているんだ。大ワシが高度を下げていく。俺だって目を閉じて痛みを忘れたい。
ドロシーの馬鹿野郎は自分から捕まりにきて、また俺に術をぶっつけやがった。どちらも俺を助けるため――。意識が飛びそうだ)
ドーンの呼ぶ声だ。
(風軍が羽根をやさしく傾ける。ススキ野原の羽毛のなかで、俺は目を閉じる。どうせドーンがにぎやかに起こしてくれる。そしたらリュックサックを探さないと……。人に戻れた横根の記憶はどうなっただろうか? 俺への告白も忘れただろうか?
まあいいや。ちょっとだけ休もう。本当にちょっとだけ)
次回「導きがあるのならば」