三十三の二 惑わし惑わされ

文字数 1,796文字

 
いつからいた?

(どこかにいるサキトガをにらむ。天珠がある。心は読まれない)

『2020秒前から2秒前のどこか。貉の天珠がパワーアップしやがったな。お前が帰ってきたのに気づけなかったよ。……しかし顔色が悪いな。じきに死人になる色だ』
(読まれなくても、こいつらの言葉のプレッシャーに耳をそぎ落としたくなる。天珠はむしろ穢れていた。俺達を隠していたのは、横根の首もとで輝く赤い玉)
ヤバイヤバイ、ヤダヤダ
ドロシー、露泥無を呼べ

 小声で言う。彼女が入り口に走る。でも戸は開かない。

 サキトガも姿を見せない。

『梓群、人間に従っちゃったな。

 貉は傷つけられない闇で、のんきに寝ている。あいつはなにか隠しているか?』

(それは横根だと気づいていないのか? まやかしかもしれないけど、この使い魔は相方の死を知らない?)

異形の存在を穢す輩め。

カシャ

貴様の声に比べたら尖沙咀(チムサーチョイ)の雑踏のが心地よい。

私は香港魔道団。貴様が火に入るを待っていた。梟と同じく抹殺してやる!

(さっそくバラしやがった。……横根を守らないと)

ドロシー、入り口を物理的に破壊しゲホゲホ!

 むせながら怒鳴る。大声だすだけでもつらい。
『梓群ちゃんの鉄砲だと壊せないよ。


 ロタマモを殺したって? キキキ、だったら俺も気をつけないと』

(……断言する。こいつは知らない)
ドロシー、あのフクロウは生きていた
 彼女を見つめる。目くばせとかしない。
こいつを外に行かせるな。露泥無が起きればこいつは逃げる。

あのムジナは……、あの宝物を抱えて寝ていればいい

……。

……。

(余計なことを言うなよ。コウモリに疑念を持たせるなよ)
蝙蝠、姿を見せなさい。梟には逃げられたとしても、貴様だけは倒す

 ドロシーが天井をにらむ。

 俺の意思は伝わった。

『キキキ、宝物って死者の書じゃないよな?

 だって連中は白笛市の家を調べたようだしな』

……。

……。

…………。

(俺の実家のことだ。痛がっている場合じゃない。入口へ走る)
開けろ!
 微動だにしない戸を引っぱる。ガラスを叩くが割れやしない。
『落ち着けよ。もはやどうにもならないだろ? 家は燃やされたかな。家族は拷問の最中かもな。キキキ』
(ふざけやがって)
本堂ごとぶち壊してやる
…おいおい
人間、まどわされないで!
え?

(ドロシーの声は悲嘆だ。その声に、でかけた力がしぼむ。……冷静に考えろ)

(家はお天狗さんが守っている。両親は四国にいる。拷問に出張するにはさすがに遠い。でも弟は県内だ。金札を持ってでたか確認すべきだった。

 ポケットを探る。スマホがない。ピンクの車で充電したままだ)

スマホ? 大蔵司から王姐が受けとった

ならば、外へと叫ぶ――

(肺が悲鳴をあげた。咳きこむと肋骨が内蔵を刺激する)

『聞こえるかよ。

 そろそろロタマモが来るかもしれないぜ。昼からさえずりたがっているかな。キキキ』

(人の弱みを笑うこいつらを憎む。突破口は相棒の死を知らないこと)
ペロッ
 ドロシーが俺の横にならぶ。紅色の唇をなめる。
(天井へと掃射する。血の色の闇はあせない。彼女が弾倉に息を吹きかける。手慣れた動作でリロードする)
(煤竹色の光が赤い闇に消えていく)

『当たらないけど、当たればかゆいし


 梁大人のお孫ちゃん。昨夜あんたをターゲットにしなかった理由が分かるかな?』


耳を傾けるな!
 俺は彼女の肩をつかむ。

ひい


触るな!


ドゴッ

(肘鉄ではらわれる。


 悲鳴さえでない。肋骨を押さえてうずくまる

へへっ、私はなにを言われても平気だからだ。

私はシノよりもアンディよりも強いからだ!

(こらえきれぬように、キキキと笑い声がもれる)
『娘になっても人とキスできずにいれば、下種なネタなどないからな。

 お前は誰よりも弱いから、殺すに惜しかっただけ』

(俺達二人への呼ぶ声)

『俺は爪も牙も汚さないから、いまは嫌がらせなだけ。サービスで哲人にも教えてやるよ。梓群の病的な人間嫌悪の理由を』

ヤダ、ヤメテ、タスケテ
ヨロッ

(俺は冷や汗を垂らしながら立ちあがる。とどめの衝撃を与えやがった彼女の横にならぶ。こいつを守るために)

い、言われても平気だ。松本なんかに聞かれても平気だ

ギュッ

あっ

(無意識だろうか、彼女が俺の手を握る)

『だったら鮮明に思いださせてやる。


 夏梓群。父だった名は夏兆勝(シァチャオシャン)。母だった名は梁彩華(リァンサイファ)



次回「奈落へ誘う声」

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