四十三の五 悪しき2トップ

文字数 2,700文字

……。
……。

(腕のなかから白猫の緊張が伝わる。

 なぜに生まれ変わった。なぜに思玲を少女にした。なぜに夏奈を――。詰問すべきことは山ほどあるけど、これだけは聞いてやる)

クーンクーン
なぜに川田を完全な異形にした?

フッ

(藤川匠がかすかに笑う。やはりこいつも魔道士みたいに異形の声が聞こえる)
ああ、僕が藤川だ。そして、お前が松本
(人の声で返す。俺の背後を見つめる)
楊さん、こいつとちょっとだけ話をしたい。横根と話すことはないな
ひひひ、私は七か国語に通ずる。日本語もだ。……好きにするがいい
(俺と横根は両陣営のトップに挟まれている。俺達の名前も知られている。

 藤川匠は無表情だ)

あの子犬は、爺さんの手下にやられて消滅間際だった。

傷を消してあげても無理だった。完全な魔獣にするしか生き伸びる方法はなかった。


……配下になることを拒んだから君に渡した。それだけの話さ

“ははは、よしよし”
(そうだっのか、いい奴じゃないか。なんて思うはずがない。子犬が藤川を選んでいたら……)
サッ
サッ
……。
(獣人達が道を開けた。廃屋からカ・アラハミが現れる。脇から双頭の巨大な犬も現れて、老いた獣人に侍る)
「「バウバウ」」
(……でかすぎる。背丈が3メートルはあるだろ)

ヒヒ、素晴らしい番犬だな。

ケルベロスの矮小種。かと言っても、右の首は炎を放ち、左の首は鋼を噛み砕く

 楊のいやしい笑い声。どこかで無数の羽音もする。

ブンブンブブブン、ブブブブブブブン
(オニスズメバチはまだ残っていた。俺はすくみあがるのを耐える。

 カ・アラハミが俺の背後を見上げる)

この犬の名はコ・ウトウとコ・ウゼン。

ご察知だろうが、私と匠様以外には牙を向けるので気をつけられるように

バウバウ、ジュッ
(双頭の犬は俺にだけ牙をむきだしている。よだれ代わりに炎を垂らす。白猫と人間くずれ相手に、敵のラインナップはなんなんだ)
お前達はなんで手を組んだ?

(すべてに警戒しながら尋ねる。俺達がマジで星が五つであろうと、こいつら全員に勝てるはずない)

 背後の老人が答える。

鏡の導きと書の教えだ。


この若者の前世を知った。いまの世に現れた理由も知った。龍を蘇らせるため――、

儂と進む道はおなじだ

 藤川匠が話を継ぐ。

僕には分からないことが多すぎる。

楊さんはそれを補ってくれる存在かな。

……夏奈は青龍として完全なる龍になる。僕のしもべではあるが、その爺さんも生みの親として敬うだろう

ふざけんな

(こんな奴らの発想など、まともな俺には理解できない。分かるのは、邪悪な者同士が結託した。これ以上の厄災があるのだろうか)

う、うるさい。

川田君とドーン君はどこ?

夏奈ちゃんを人に戻せ!

ダメだよ

(横根が俺から飛び降りようとする。

 ちいさな牙をむきだす。俺は必死に抑える)

 楊偉天があざ笑う。

白虎くずれである娘よ。また傀儡にするぞ。

生きて思玲を捕らえること叶わねば、やはりお前が青龍再誕の儀式の生贄になる。夜半には青龍の娘が現れるからな。ヒヒヒヒヒ

(醜悪な連中め。でも夏奈、川田、ドーン、ドロシー。すべてが奴らの掌中にある。こいつらを倒さないと誰も救えない)
いそいそ
(一体の獣人が、藤川匠にいそいそと近づく。かしずくように剣を手渡す)
 
月神の剣……
君を測ってみる
 藤川匠が破邪の剣をかかげる。
 
(マジかよ……。忘れ去られた村が煌々と照らしだされる)
やはり君は倒されるべき異形だな
ビクッ

(輝きは、妖怪である俺の怒りを瞬時に恐怖へ変えやがった。……こいつは夏奈を龍にしようとしているのだろ。それに)

ドロシーはどこだ?
 怯えは憎悪に変わる。
……。
(藤川匠は答えない。

 ……神殺の結界の上空は、まだ開放されたままだ。夜半に来る夏奈のために。その際に結界を壊されぬために。

 そこは出口でもあるけど逃げ場ではない)

 老人がいやしく笑う。

ヒヒヒ、儂は人の名に興味はない。


儂こそ知りたい。思玲はどこだ? 琥珀はどこだ?

(楊偉天の怒りを感じる。俺だって答える気はない)
……。
 俺の眼差しから察しとり、楊偉天が杖を降ろす。
パラパラパラ

おっと

(飛んできた光を劉師傅のサテンがたやすく弾く。

 また消耗戦の始まりだ。逆さまの結界にだけ注意しろ)

 横根が俺のなかにもぐる。

 彼女が小声で言う。

私は夏奈ちゃんを呼ぶ。

松本君はみんなを呼んで

夏奈ちゃん夏奈ちゃん夏奈ちゃん……
(横根の魂が必死に呼びかける。現れたとしても、松本君とたくみ君、どちらの味方になるだろうか?)
ドーン! 川田!
 俺も叫ぶ。返事などあるはずない。殺していたら皆殺しにする。
怒るなよ。

知るまで始まらないのなら、手負いの獣とカラス天狗は爺さんが結界に閉じこめた。まだ生きている

(藤川匠が感情なく言う。あのビルと同じだ。増殖する結界にだ)
連中には、あらためて僕の手下になってもらう。カラスもあと一日もすれば完璧な異形だろ
(確定だ。藤川匠は人であろうと倒さなければならない)
夏奈ちゃん、夏奈ちゃん、夏奈ちゃん
(横根はひたすら夏奈を呼んでいる。俺は法具を手に地面に足をつける。緋色のサテンを背中にかける)
 陽炎の揺らめきが血の色に照らされている。

ドロシーには手をだしてないだろうな

(こいつが彼女の魂を持っているのならば、こいつを倒せば彼女は帰ってくる)

シツコイ

顔も見ていない。

祓いの者だろうが、生身の人など捧げられてたまるか。君達みたいに捧げられた連中ならば別だけどね

(藤川匠はさらりと言う。

 つまり横根や夏奈。もしくは俺……ドーンと川田も?)

夏奈ちゃん夏奈ちゃん夏奈ちゃん
ヒヒ、白虎くずれは渡せない。麗豪と法董が思玲を捕らえぬ限り、そいつがいないと儀式が始められない
(あの二人は合流しているのか……。麗豪を追うと思玲の式神が危険だ)
ならばドロシーって娘を楊さんにあげます。生贄にどうぞ
(おぞましすぎる会話。藤川匠が俺へと歩む。中学生である俺よりは背高い。大きな剣を再びかざす。またも輝く。

 だけど俺は覚えている)

 あの屋上で俺がかかげた剣は、ずっと光っていた、はずだ。


生身のお前は俺には勝てない

ウオオオオ!

 俺は独鈷杵を左手にして突っこむ。

 藤川匠が剣を上段にかまえる。

たしかに僕はまだ異形をいやすことしかできない。

でも邪を制す剣が導きのように手もとに来た。この剣で青龍の光を分断してみせる。君の目の色をもとに戻してやる

……。

えい!

シュッ
(武器のリーチが違いすぎる。破邪の剣の間合いに入る手前で、俺は独鈷杵を奴の胸へと投げる)
ふっ

 藤川匠は剣でたやすくはじき落とす。

 剣は俺へと向かう。

わあ

(俺はあわてて背中を向ける)



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