十の三 暴露

文字数 1,602文字

……どういう意味?
(桜井、それ以上は言わないでくれ)
あと二日……、あと一日半ぐらいしか時間がないこと。

それを過ぎると野犬みたいになって、私達は人ではなくなるんだよね?

……。
(桜井に悪意のかけらもあるはずない。一年生の春からこういう奴だ)
松本君が思っているみたく、まだ一日半もあるって、私は頑張る。必ずみんなで帰ってやる
 自転車が車道を通りすぎる。俺達になど気づきもしない。
……もうじき本当の猫になるの? それとも化け猫?
……。
 横根がすがるように俺を見つめる。どんな言葉を返せばいいんだ?

瑞希ちゃん、ちょっとごめん。


彼女なんで知らないの? しかもなんか来るし

 遠くに人影が現れる。大きな犬を引き連れている。桜井の安堵を感じる。
正門にまで気配が届いたぞ。感情まるだし喧嘩か?
でかカラスを倒したって本当かよ。しかも俺らが気絶しているあいだに
ウー

松本、瑞希ちゃん、大丈夫か?

口を閉じろ
 ふたつ離れた街灯の下で思玲達が立ちどまる。
……この気はなんだ。哲人、なにがいる?
夏奈ちゃんがいます
なんだと!

急に動くなよ。落ちかけたぞ。

夏奈ちゃんはやっぱドラゴンかよ? それかトカゲかよ?

……。
 街灯に照らされた女魔道士と狼の背に乗ったカラス。それを見る桜井は愉快そうだ。
川田君、マジで狼なんだ!

ハハハ、和戸君ヤバっ。私よりずっとヤバくね

再開を喜ぶ時間なんてないよ。


私は今から大宮まで帰る。一日半あれば猫でも着けるかも。……たどり着けなくてもいいや

 白猫はそのまま歩きだす。川田達をすり抜けようとして、思玲に首根っこを持ちあげられる。
同じ境遇の者同士の(いさか)いは見たくないと言ったよな。……しかし、この気配はあいつ以上でないか
(この持ち方は、ゆるせない)
 白猫は爪をだして暴れるが、思玲は気にもとめない。
ビク
思玲さん、さっきはどうも
ビクッ
松本君が思っていたように強いタイプですね。

あっ、ぜんぜん悪い意味ではないっすよ。ないですけど、その持ちかたはないと思います

(桜井は怒っている。気配で分かる)
なんだ、こいつは……

これが青龍へと選ばれし資質か。こんなもの、私の手に負えぬ。どうやって匿えと言うのだ

 それぞれの手から白猫とリードが落ちる。
瑞希ちゃん!
瑞希ちゃん!
私なんか気にする時間はないよ
哲人……、瑞希に話したのではあるまいな?
ソレハ…

私が言っちゃいました。みんな知っていると思ったから。


松本君は、隠していることさえ隠していたんだね

 彼女は俺にも怒っている。その気配だけで分かる。それに、
(たしかに隠していた。言葉の端からすらこぼれないように)
あなたは今知っただけだよ。ぜんぜん悪くないよ
 白猫がまた歩きだす。
私は忙しいから細かいことはあの人達に聞いて。

……心があるうちに、お姉ちゃん達に会いたいから

 そして走りだす。
瑞希ちゃん待てよ。……あいつはなにを知ったんだ? あんな瑞希ちゃん、ひさしぶりだぞ
それより追うぞ。あとで説明しろよな。ヨイショ
 ドーンが川田の背にくちばしも使って這いあがろうとする。
お前なんか邪魔なだけだ。でも一緒に来てくれ
……。
 川田が腰をおろす。立ちあがり、俺に目を向ける。
落ちるなよ
 背を向けて走りだす。

 オートバイがカラスを乗せた狼とすれ違いハンドルが揺れる。どちらもなにもなかったように駆けていく。

……戻ったら教えてやるさ。なにもかもな。


だが私も行くぞ。お前達だけにはしない

 彼女もあとを追う。
 俺と桜井だけが取り残される。遠くの車の音さえかすかな闇とともに残される。


 小鳥がまた肩に乗る。

私達も行くべきだって
……うん

 幻を相手に俺はうなずく。みんなに伝える時間なんてなかったと、言い訳だけを考えながら。


 ……今は何時だろう。妖怪になっても時間が気にかかる。でも感覚で、どれくらい時が経ったかぐらいは分かる。

(夜はまだまだ明けそうにない)



次章「2-tune」

次回「ミツアシたるミカヅキ」

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