十三の二 青い鳥のさえずり

文字数 1,877文字

夏奈ちゃん、なにを知っているの?
私に入ってきた声が言ったんだよ!
“若い女の道士が現れるかもしれない。そいつは心弱く情に流されやすい。命を賭して箱に関わるかもしれないから、ゆめゆめ気をつけなさい”
そう言って笑いやがった
 青い鳥がうつむく。俺達はおのずと目をあわせる。
思玲が、私達のために死ぬというの?
……そういう意味かも。(あの箱は思玲のなにもかも奪う。流範も言っていた。魔道士除けの呪術だかに、思玲みずから身を差しだす。楊偉天はそこまで予測しているのか)

楊偉天ってジジイの……、思いどおりに進ませない。

でも俺になにができるって言うんだ。


ウオオオオオン……

 狼の吠え声がコンクリートに挟まれた非常階段に響く。

 川田の言うとおりかも。あと一日足らず。御託を並べるときも悲運を嘆く時間もない。なのに、俺達にできることがあるのか?

もっと教えないとならない。あのジジイはさらに言った。劉昇という男が日本に現れるかもしれないと。その人は私の首をまっさきに刎ねると

“青龍の玉だけは二重に光を封じてある。透明無垢の光をだ。だから龍と化しても劉昇にかなわない。儂が東京に出向いて完全なる四神獣にしてやるから、それまでは他の三人を踏み台に逃げなさい”
そう言って笑った。心の中で何度も何度も言って、何度も何度も笑った
踏み台だと? ふざけやがって
か、夏奈ちゃんは、そう言われてどう思ったの?
聞くなよ。こいつは操られていたんだ
(川田が横根をとがめた。……それぞれが怒りや怯えを露わにしている。俺は一点にだけ心が支配される。


 青い玉にかけられたもうひとつの光。青龍を意図的に弱めるための透明な光……。


 それを桜井の代わりに俺が浴びたのか。それが、か弱き物の怪と化す光だったのか?)

もうひとつだけみんなに伝える

ハッ
頼れる踏み台を選べと言われた
“そいつはやめろ。その娘は近すぎる。

……こいつらか? ヒヒヒ、強固な踏み台だ。だが強すぎる。やめておけ”

でも私はみんなを呼んでしまった。……みんなを選んでしまった
あ、操られていたんだ、仕方ないよ。グループ送信だったし、たまたま俺達が暇人で……
私はみんなだけを求めた。瑞希ちゃんが学校にいたのも、和戸君がパチンコで速攻負けたのも偶然じゃない
……。
……。
……。
……。
“知っているくせに!”

 俺は一年生の冬を思いだす。――外は木枯らしだったかな。俺へと真顔で言いかえしてきた桜井……。

 もし今も人であったなら、彼女はきっとあの時と同じ必死な顔でみんなを見ている。

本当にごめんなさい。みんなだけは、なにがあっても人に戻ってください
 朝日は踊り場の底まで照らさない。青龍となるべきものであった桜井の言葉を最後に、しばし沈黙が流れる。
カカッ、待たせすぎだって
 朱雀くずれのドーンがくちばしを開く。
あの姉ちゃんが怒りだす。そろそろ行かね?
 カラスが俺に真っ黒な目を向ける。ふがいない俺は、誰かが切りだしてくれるのを待っていた。
そうだね
 か弱き精霊もどきの俺は相づちを打つ。浮かんでいるのに立ちあがる仕草をする。
私も行く。どうせ思玲と松本君に頼りっぱなしだろうけど、もう迷惑はかけないよ。絶対に
 白虎のなり損ないの横根も四肢をあげる。

俺は桜井に言いたいことがある

 玄武のでき損ないの川田がうなり声をあげる。
お前が一番つらい目にあっていたな。


ペロッ

キャア
 前足を手摺りにかけて半身を持ちあげる。小鳥を舌で舐め、コンクリートへと体を戻す。俺達を一瞥する。
いまの俺は犬族だから、仲間と認めた証にこうしたくなるんだよ。

……思玲も仲間だ。一段落したら必ず顔を舐めてやる。尻尾だって振ってやる

 黒い狼が階段を降りていく。四本足には段差がつらいとぼやきながら。

今のはセクハラ発言だよね?

でも思玲もパワハラしまくりだから、どっちもどっちだね。

私もいつか思玲のほっぺたを舐めようかな

 白猫が駆けだす。よちよち歩きの狼を追い越して軽やかに消える。
顔はセーフだった。お先に!

 蒼い鳥が踊り場から空へと飛びだす。

わりい。人になったらなんでもおごる
 ドーンが俺によじ登る。頭にしっかりと乗るのを待って、俺は階段をふわふわと降りる。
人間に戻ると忘れるらしいから、その直前だね。……川田の店にしようかな
焼き鳥屋かよ
(俺だって、こいつらを選ぶよな。とにかく花火はあげようぜって、五人の心が調和したよな。

人に戻るために。思玲までも巻き添えにしないために……)

『いずれ彼女をうわまわる力が顔をだすぞ』

 妖怪である俺の勘が訴える。

 一方的なタイムリミットまで、まだ一日以上もある。





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