六の一 一寸先へ螺旋
文字数 2,351文字
思玲はずけずけと猫に向かい、小刀を持たない手で追いはらう。
薄汚れた白い長毛を全身にはやした野良猫は、図体の大きさに似合わぬ俊敏さで逃げる。と思ったら、カフェテラスのはずれで立ちどまり、浮かぶ俺を見つめる。思玲を遠巻きに、俺のもとへ寄ってくる。
愉快そうに思玲へと目を向ける。
俺は猫と話したことなどないから、返答に窮してしまう。野良猫はにやついたままの顔で、さらに心へと声かける。
思玲は小刀をしまい、待たせたなと扇をあおぐ。なにもない空間から川田達が現れた。
思玲がショルダーバッグから首輪とリードを取りだす。
川田は素直に首を突きだす。
ドーンがくちばしも使って俺によじ登る。足の爪が痛かゆい……。
俺の後頭部も登ってくる。振りはらう前に、頭のてっぺんにたどり着きやがる。
頭を揺らしても、ドーンは余裕でバランスをとる。仕方なく浮かびあがる。
思玲が川田のひもを引き、片手に横根を抱えて歩きだす。その背後の中空を、俺はカラスを頭に乗せてついていく。
俺を挟んで、川田とドーンが憎まれ口を叩きあう。ふと、昨年秋に開かれた学園祭のナイトウォークを思いだす。サークルの人達とはぐれ、深夜の都心をこの三人で並んで歩いた時間は長かった。
校門は通用口まで閉ざされていた。若い守衛が窓から顔をだす。
上空にカラスを浮かばせ、狼を連れて猫を抱いた女性を眺めている。別の守衛がスマホ(無線?)で連絡を取りながら外にでてくる。
リードを地に落とし、扇を取りだす。おのれの頭上に円を描く。
校内から正門へと、金色と銀色の光が螺旋を描いた。大きな門がはじかれたように開く。片側が崩れおちる。亮相にかまえていた思玲がまた消える……。
守衛達が右往左往している。上空に目を向けるはずがない。向けたところで俺は見えない。
次回「座敷わらしと飛べないカラス」