六の一 一寸先へ螺旋

文字数 2,351文字

猫?

……たしかにそうだな。それならそれで、やけに感が強い奴だ。しかも、でかくて愛想もない。

残飯をあさりに来て尻尾でも触れてしまったか。そうだとしても強い感だ。


シッシッ

 思玲はずけずけと猫に向かい、小刀を持たない手で追いはらう。
 薄汚れた白い長毛を全身にはやした野良猫は、図体の大きさに似合わぬ俊敏さで逃げる。と思ったら、カフェテラスのはずれで立ちどまり、浮かぶ俺を見つめる。思玲を遠巻きに、俺のもとへ寄ってくる。
妖怪変化だ。久しぶりに見たよ
(しゃべった!)
その人間に憑りついているのかい?

チラ

 愉快そうに思玲へと目を向ける。


 俺は猫と話したことなどないから、返答に窮してしまう。野良猫はにやついたままの顔で、さらに心へと声かける。

私を呼んだのはあんたかい?
(はあ? なにを勘違いしているんだ)
もしかして猫と話しているのか? 哲人は私以上にバイリンガルだな。

しかし結界を開けるゆえ、退くように命じてくれ

なんだい、その人間は? 妖怪相手に声を飛ばせるじゃないかい
な、なんだ、この猫は? こいつの声が私にも伝わるぞ
薄汚い野良猫のふりをして、やはり楊偉天の式神であるまいな
(彼女の口上を、おそらくあの猫は聞いていないだろう。思玲が小刀をかまえた瞬間、闇の中に走って消えた)
キエタ?

式神ではないよな? やはり化け猫か?

ただの猫だと思うけど。それでいて、思玲ぐらい霊力があるんじゃないですか。

……誰かに呼ばれたと言っていました

呼ばれた? ……どうせ犬猫同士だろ。それか愚かにも図書館に誘われたな。案じていても仕方ない
 思玲は小刀をしまい、待たせたなと扇をあおぐ。なにもない空間から川田達が現れた。
セノビー

遅すぎだよ

それより川田が屁をしやがったぜ。マジで拷問だった
この犬の体に文句を言え。いや、狼の体だな
(以外に元気そうだ。川田の地元やドーンの付属高校の話で盛りあがったらしい。空元気だとしても救われる。俺もそれに加わりたい)
メインクーンの雑種のおばさんが私達を覗いていたの、思玲が来るまでぜんぜん気がつかなかった。私達は外からは見えないのでは?
(猫同士だと素性というか品種も分かるのか)
結界の存在に気づくものはいる。さっそくだが立ち去るぞ

待たしたんだから、ちょっと待てよ。

俺、飛べるんすよね。ちょっとだけ飛んじゃっていい?

夜になどやめておけ
シカト

ピョンピョン、ジャンプ!

(空に浮かびあがる気配はない)
意外にむずいし……。哲人はどうやって浮くの?
(俺は歩くより浮かぶほうが楽なくらいだ)
念じてみれば
(根拠なく言うな)
セイシンシュウチュウ…ジャンプ!
(すごい、50cmは垂直に跳ねた。でもそれだけ)
カッ。テーブルから飛びおりてみるかな
もう終わりにしろ。でかけるぞ
 思玲がショルダーバッグから首輪とリードを取りだす。
……仕方ないな。最低限のモラルだしな
 川田は素直に首を突きだす。
では行くぞ。この学舎を離れ、人が少なく屋根がある場所を探す。

スタスタ

いてて、引っ張るな。俺のペースで行くぞ

待て。

瑞希は私が抱えていく

えっ、大丈夫です。一人で歩けます

リスクを減らすためだ。

ヒョイ

私は手が塞がったから、和戸は哲人に任せる。帯をほどいて覆ってみろ

(なんで俺がドーンなんだよ)


肩にとまれる?

(さすがに服に入れたくない)

わりいね。はやく飛べるようにすっから。人に戻ったらジュースおごるな
 ドーンがくちばしも使って俺によじ登る。足の爪が痛かゆい……。
(触れあえるということは、やはりこいつらも異形だ。つまり俺の仲間だ)
今の哲人は肩が狭いから、もうすこし登るよ
 俺の後頭部も登ってくる。振りはらう前に、頭のてっぺんにたどり着きやがる。
(図に乗りやがって)

 頭を揺らしても、ドーンは余裕でバランスをとる。仕方なく浮かびあがる。


 思玲が川田のひもを引き、片手に横根を抱えて歩きだす。その背後の中空を、俺はカラスを頭に乗せてついていく。

なんで遠回りするのですか?
一匹一匹に説明するか。哲人に聞け
この体はすごいぞ。エネルギーがみなぎっている。駆けだしたがっている。二本足で歩くより楽だしな
カカ。素足でガムを踏むなよ
飛べるようになってからほざけ
……。
 俺を挟んで、川田とドーンが憎まれ口を叩きあう。ふと、昨年秋に開かれた学園祭のナイトウォークを思いだす。サークルの人達とはぐれ、深夜の都心をこの三人で並んで歩いた時間は長かった。
“マジ? まだ蒲田? ていうかルート外れてね?”
“早く合流するぞ。瑞希ちゃんが先輩に囲まれる”
“(つまり桜井も……)タクシー使おう。メーターが二千円になったら降りる。割り勘”
“カカッ、哲人の発想すげえ”
(俺達が川田の部屋に意味なく集う関係になったのは、あれが決定的だった気がする。そのおかげで三人そろってこのざまだ。自分達の一寸先の運命を知らないなんて、あの頃も同じってことか)
 校門は通用口まで閉ざされていた。若い守衛が窓から顔をだす。
……。
……。
……。
……。
……。
 上空にカラスを浮かばせ、狼を連れて猫を抱いた女性を眺めている。別の守衛がスマホ(無線?)で連絡を取りながら外にでてくる。
お前らのせいで目立ちすぎだな。失せるぞ。哲人は外で待っていろ
 リードを地に落とし、扇を取りだす。おのれの頭上に円を描く。
 
 
!!!
(姿隠しの結界……。さっきも簡単に突破できたな。俺たちは外へ行かないと)

フワフワ…?……!!!


 校内から正門へと、金色と銀色の光が螺旋を描いた。大きな門がはじかれたように開く。片側が崩れおちる。亮相にかまえていた思玲がまた消える……。
さすがにやりすぎだろ
…ダネ

 守衛達が右往左往している。上空に目を向けるはずがない。向けたところで俺は見えない。





次回「座敷わらしと飛べないカラス」

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