二十八の三 この国の存在

文字数 2,405文字

プップー
ギャー
ギャー
わああ
キキキピタッ
(ピンクの軽自動車は獣人達を跳ね飛ばし、俺の10センチ手前で停まる)
台輔(だいすけ)、駄目でしょ!
(運転席から女性が降りてくる。あやしい英語がプリントされたTシャツとショートパンツ。サングラスを外す)
すみません。この子はたまに聞き分けがなくて
(日本語から心への言葉に切り替えた……。彼女は轢いた白人男女を見おろし)
間違えて東名に乗ったので近道で時間稼ぎしようとしたら、さらに迷ってしまいまして。そしたら台輔がこっちとか言うので。あなた方は折坂(おりさか)さんとおなじですよね。ここはどこで……、

ち、ちょっと消滅しないでくださいよ!

ゼ・カン・ユ様……
 
(俺と同年代ぐらいの茶髪でショートヘアの女性が、胸もとからなにかだす)
 
 俺と同年代ぐらいの茶髪でショートヘアの女性が、胸もとからなにかだす。
やめろ!


そいつは悪者だ

 人の言葉で大声をだすと目がくらむので異形の言葉で付け足す。彼女が俺へと目を向ける。
ドキドキ

(当事者でなければ、映画のロケだと思うかも。彼女は主演女優ばりのオーラがあった)

……なるほど。だから台輔が轢いたのね。ついに実戦デビューだね!
プップッ
(女性が車へと手を振る。プップッとクラクションが返される。彼女があらたねて俺を見る)
どっちにしても私に祈りの資質はないので、翡翠の勾玉も形だけです。

死にかけているあなたは、もしかして魔道団ですか?

そいつも俺も香港の同盟軍だ!

お前は陰陽士だな。こいつらは敵だ! 一体も逃がすな! 代金は魔道団に請求しろ!

(陰陽士……。昨夜もきいた)
承ります

(彼女が思案したのは一瞬だった。その手に神楽鈴が現れる)

私は影添大社(かげそえたいしゃ)の主任巫女。名は大蔵司京(だいぞうじきょう)。人を救うのに稟議などクソくらえ。


空封!

 彼女が手をかざし、幾多の鈴が鳴る。
(人の目に見えぬしめ縄が広場を囲んで円を描く。べつのしめ縄が青空にドームのように十字を描く)
くそっ
(流範が地面にどさりと落ちてくる。黒羽根が舞う。これは術だよな。陰陽士とは日本の魔道士のことか?)
地封
(大蔵司と名乗った女性が地面にかしずくように鈴を鳴らす。しめ縄が狭まっていく。結界に閉ざされたと感じる)
『この国の祓いの者よ。

 私は偶然の通りすがりだ。開放しないと報いを与えねばならない』

おいおい、使い魔さえも閉ざされたぞ
この結界は姿を隠せません。かわりに内外からの攻撃にやり返します
(彼女はロタマモをスルーしているが、つまりこれは跳ねかえしの結界)
ブオオオオン
台輔、思う存分倒してやり……
やっちゃ駄目! ガソリンが半分切っているじゃない!
ブオ……

(車のエンジン音が高まりかけて沈む。

 円状の地面のしめ縄は車を中心に半径3メートルぐらい。上空に半円をえがく十字のしめ縄もそれくらいか。敵も味方も密接に封じられた、アグレッシヴな空間だ)

ダ、スウォリアクスカゾ……

ムッ
サッ

シャン、シャン、シャン、シャン

…………。
マジ?
(ロタマモのさえずりとともに、神楽鈴が鳴らされる。いくつもの鈴の音に、おぞましき呪文がかき消される)
昼間は人間の時間だよ。梟も悪しき異形だね
ミエテイル

(大蔵司が空をにらみ、ついで俺と琥珀を見る)

大峠という町に着くまでにストップする恐れがあるので、式神は使いません。

夏季休暇明けに昇級試験の結果がでるまでは、攻撃系の術は使えません。

約束の時間は正午なので、あなたがたではやく終わらせてください。結界のお代は請求しませんので

(正午のチャイムが鳴り響く)
ふざけやがって!
クワッ
クワッ
ブー
ひぃ

(飛びあがった流範が低い空にはじき返される。地面に叩きつけられて羽根が舞う。一頭になった獣人が大蔵司に飛びかかろうとして、車がクラクションで威嚇する。

 琥珀が座りこむ俺から離れる)

ズルッ

ははは、ロタマモ。昼の世界に閉じこめられたな。哲人を倒す手段も消えたな

……。

流範も逃げられないな。このスペースだと、ガチョウみたいに歩くしかないだろ

逃げるものか! 裏切り者を消す!
グアアア
……くそう
(流範が跳ねるように飛ぶ。ひろげた羽根が結界をかすめて、体が横転する。黒い羽毛が舞って消える。流範が憎々しげに空を見る)
流範、まずはお前からだ。……僕はお前と竹ちゃんを嫌いじゃないぜ。焔暁もな。だけど楊の手先への憎しみは、明潭のダムが溢れるほどだ。


哲人、護符を貸せ

(地面に転がる流範へと、琥珀が木札を片手に浮かんでいく)
笑わせるな
ぐえっ
ひっ
うう……

(流範が舞いあがる。巨体は結界に当たり、ピンボールのようにはじき返される。地面に激突する。よろよろ飛びたち、また地面に叩き伏せされる。黒い羽根が舞う。

 こいつの巨体とスピードに、この空間は狭すぎる。そして、この結界は刃でできている)

……。
笑えよ
(琥珀が流範に飛びかかる。雷型の木札をめった突きにする。羽根がさらに舞い、カラスの絶叫を結界が吸収する)
ダ、スウォリ
ムカ
シャン、シャン、シャン、シャン
 いにしえの呪いが聞こえて、大蔵司が鈴をかき鳴らす。
くそ、くそ
……。

ザク、ザク

(流範が小鬼を振り払い、飛びたとうとして結界にはじき返される。くちばしが折れ曲がる。小鬼は低く浮かび、また大カラスへと飛び乗る)
“……。”

やめろ……

(俺は立ちあがれない。それでも叫ぶ)

やめろ!
ビクッ
(黒い血を浴びた琥珀がびくりと俺に目を向ける。突き刺す手がとまる。流範は動かない)
『哲人君』
(ロタマモの呼ぶ声)
『このままではすべてが間にあわなくなる。特約を加えたいのだが』

うるさい

(こいつの声は二度と聞かない)

『傾けるだけでいい。ホホホ、桜井夏奈はたとえ人に戻ったとしても……』
(耳もとでささやかれるようだ……)
そこだ!
ホゲ!
(ロタマモの悲鳴が聞こえた。……俺は見えないなにかをつかんだ。あのフクロウを捕まえた。地面へと引きずり落とす)



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