二十三の二 狼ですら遠ざかる
文字数 1,791文字
哲人。こいつにも木札を見せてやれ。土着の火伏せ札をな
鼠程度の脳みそしかないだろうが、貴様に聞きたいことがある。素直に答えるのなら護符の怒りをかわずに済むぞ。
私もよいことを教えてやる。流範は死んだ
(木札はさらにピリピリしている。はやく逃げろと、まだ言っている)
くそ。流範さんを手助けするために決まっているだろ。こんなことなら、老祖師の命令といえども逃げるべきだった
(老祖師……。流範も言っていたな。おそらくは楊偉天の尊称だろう)
さあね。紅宝と緑宝なら知っているかもな。あいつら、サイコロで一番負けて老祖師の盾役をおおせつかった。台湾で劉昇とやる羽目になったからな。グハハ
十二磈はまだ八匹いたよな。ここに四匹、台湾に二匹。残りの二匹はのたれ死んだか?
黄玉と海藍宝のことか?
グホホホ。まだ生きてはいるけどな。
奴らはサイコロで一番と二番だと喜んでいたら、なんとあいつのお伴だ。負けたほうがまだましだ。
グヒヒヒ
知るはずないだろ。俺達は行き先も分からないまま来たのだからな。流範さんがやられたのが相手なんて知らずにだぜ
(あいつとは誰だ? それより尋問が終わったら、思玲はこの鬼をどうするつもりだ? もう護符は使わないからな)
フン
貴様らに教えたところで意味がないってことか。
最後の質問だ。こいつらを人に戻すのを見たことがあるか?
楊偉天や峻計が話していたとか、術をだしたとか、ちょっとした記憶でいい。教えてくれ
ポカン
?
?
?
!
知るわけないだろ。俺達は下っ端だぜ
(……この鬼は嘘を言っていない。俺達みたいになにも知らない)
思いだすには痛みが必要か? 貴様らはなかなか死ねないのだろ? 痛みが長びくぞ
思玲、校門方面から人が来るぜ。
学生でない男女が各一人。
それとさ、上で聞いていて気分が悪くなるんだけど。空気がよどむって、夏奈ちゃんも嘆いているぜ
念のため、哲人は人と鬼のあいだをふさげ。川田はおどかさぬように隠れろ
命ぜられたとおりに、俺は鬼の背後に移動する。川田は校舎の奥へと去っていく。必要以上にやけに遠くへ……。
(鬼にたいする思玲の態度に、俺だって非情を感じてしまう。川田だったらなおさらだろう。
でも思玲が正しいと信じているから、尾を垂らし遠ざかるのは、こいつのせめてもの意思表示に違いない)
鬼に背を向けたからか、木札の興奮が極点に達している。人に見えぬように木札を懐にしまう。
二人連れが現れた。ただの人間だ。女性を先頭に、男性は大きなキャリーバッグを引きずる。
年上の女性の年齢はよく分からないけど、アラサーぐらいだろうか……。すごい美人だ。思玲ぐらい背が高くてスタイルもいい。漆黒の長い髪に、スリットが深く入った赤色のチャイナドレスがエキゾチックだ。
(モデルが撮影に来たのかも。この大学はたまに使われる。思玲と違ってメイクもしているし……。正真正銘のクールビューティーだ――。女性と目が合った)
人の声でにっこり微笑んでくれた。俺は妖怪のくせにどぎまぎしてしまう。巻きこまないようにしないと――。
あなた達にあわせて、わざわざ着替えたわ。胡蝶の夢よ。分かる?
王姐じゃないの。こんなところで奇遇だね。
流範が死んだみたいね。私はあなたの噂を信じないけど、いつまでも縮こまっているのは疲れるわ
女性が力を抜く。ぞわっとするほどの異形の気配があふれる。
な、なんで、あいつが現れるんだ……
あいつこそ、飛ばずの峻計。大鴉の最後の一羽。さ、最悪の一羽だ
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