三十二の二 少女と手下達

文字数 2,481文字

あなたは素晴らしいです。こんなに早くアンディ達の仇をとるなんて……。

私とケビンは彼の魂とともに香港に帰りますが、松本さんもいつか来てください。歓迎します

(シノが泣きながら俺の手を握る。俺が座敷わらしだった記憶はないし、必要もないとのことだった。ラインの交換もする。わざわざインストールしてくれた。これが俺への態度だよな。なのにドロシーは……)
“ツン”

(ここへ残ると決めたら、さっきの態度が気にさわってきた)

あの日本人は何様だ
(少女が憤慨しながら登場した)
子供のように扱いやがる。哲人は私の説明をしていないのか。

九郎、葡萄だ。緑色のだからな

はあ? 御意
ビュン
 
アチー

パタパタ

(思玲が帽子で首筋をあおぐ。夏休みの小学生みたいに髪の毛まで汗だくだ。あらためて俺を見あげる)
大変だったらしいな。だが人間に戻ったからと、上から目線で話すでないぞ
 横根やドーンと報告しあっていた小鬼が振りかえる。

 飛んできて少女の前にかしずく。

我が主、お久しゅうございます。


まっさきに馳せねばならぬところを、あやつらに捕まりまして。

いかなる齢であろうと聡明なお姿を拝見できて、私も耐えてきた甲斐がございました。


早速ではございますが、飛び蛇がうろついております。願わくは、私と手負いの獣に排除の申しつけを

任せる。ゾンザイ


大蔵司が驚いていたぞ。貴様は妖術を使えたのだな。楊に教わったのか?

パタパタ

(思玲は小鬼をにらんでいる。いにしえの呪いの言葉のことだろう。

 琥珀は顔を伏せたままだ)

お耳に入れるまでもない代物です。

新月の夜だろうと人も異形も倒せませぬ。されど、お気に召さねば二度と使いませぬ

(その割には騒音の中で耳に口をつけて唱えたよな。俺達には聞こえないように。

 でも法董はうつ伏しもせず逃げていった。奴が強靭なのか、できそこないの呪いを昼間の異形が唱えたからか……)

 
お待たせでした
(琥珀の横に九郎が降りたった。体形的にかしげないが、シャインマスカットを思玲へとかかげる。それは高級ブドウだぞ)
のろい
ピキッ申し訳ございませんです
(……一房ぐらい許してやってください。こいつらに代わって、農家の人達へと心で詫びる)

九郎は、あの間抜けジャパニーズを手助けしてやれ。

パクッ

シノとケビンを日暮里だかに匿ってもらう。そこまで運転しろ

ムシャムシャ

(思玲がブドウの粒を口に入れながら言う。

 あの二人を血まみれの車に乗せるのか)

影添大社ですね。場所は知ってますんで、おまかせを
 
 
あーあー
(墓地から家族が現れた。抱かれた赤子があーあーと琥珀達に手を伸ばしている。両親は気づかない)

見えている?

目で追うな。あれくらいの赤子は誰でも感づく。

パクッ

九郎はそれが済んだら、ドロシーのパソコンを取りに行ってこい。トータル何分だ?

(つまり彼女は日本に残るのか。九郎がすこし思案する)
東京まで運転してから香港に往復ですか。急いでも十二時間はかかりますかね
(思玲も考える。またブドウを口に放って)
九時間で帰ってこい。夜半に間にあわせろ
無理ですって。琥珀を抱えて来るのに五時間かかりましたぜ。人間のものを持ち歩くとなると――
ポイッ
!!!!!
(九郎の開いたくちばしに、ブドウの粒が投げこまれる。ペンギンは目を白黒させて吐きだす)

ヒドスギ

こんなものも食べられないのか? 琥珀は無理だよな? 哲人は?
恐縮でございますが辞退させていただきます

パクッ

(体が欲していたので、俺だけ受けとる)
クルッ

それも済んだら台湾に飛んでもらうからな。

賄い婆やは、師傅が亡くなられたことを知らぬだろう。手紙を書いておく

テクテク

ムカムカムカムカムカ
頼られているんだよ
(思玲が立ち去り、九郎が琥珀に愚痴をこぼす。小鬼がペンギンの肩を叩き、俺は少女のあとを追う)

露泥無は?(どの姿もどこにもいない。また闇になって――)

ハラペコはリクトに食われた
(思玲は振り向きもせずにぽつり言う)
冗談だ。猫になり本堂で昼寝だ。いまの私より体力がない
ムカムカムカ

(闇が本性ならば夏の昼間は厳しいのだろう。しかし俺達への見張り役とは言えない)


スーリンちゃん。上司が急いで帰れとうるさいんだ
カワイイ

(巫女姿の大蔵司がやってきた。クライアントに会うときの正装らしい。長い黒髪を清楚に結んでいるが、あれはかつらだ)

ケビンて方はどこ?
(そうだった。彼が立ち去るまえにお礼を……。

 メンバーが多すぎる。俺、ドーン、川田、横根、思玲、ドロシー、シノ、ケビン、大蔵司、琥珀に露泥無に九郎もいる。サッカーチームを組んでも一人あまる)

旦那は山に行ったぜ
わあ

(川田が気配もなく横にいて、ぎょっとする)

狩りでないから来るなだと。

それより姉ちゃんの車からうまそうな匂いがするな

ビクッ

車も食べるなよ。

(念のため言っておく。思玲へと)

ケビンの怪我は治ったの?

お前と同じにするな。肋骨が五本砕けて、うち二本は肺に刺さったのだから、おとなしくしてほしい。


ドロシーを呼んできてくれ。ついでにハラペコも起こせ

はいよ。(女の子に命令される)

どうでもいいが、お前臭いな
だろうね

(こいつに指摘されるまでもない。それでも自分の脇とか嗅いでしまう)

クンクン

どうせ私にしか気づけぬ匂いだ。血が匂っている。はやく行け

モグモグ

ムカムカムカムカ

(思玲がブドウを噛みながら言う)


クルッ

ケビンは魔道具を作るつもりだろ

トコトコ

(公園で思玲も術で扇を作ったな。異形であっても神秘的な体験だった。

 ケビンは黒い螺旋を槍で受けようとした。かなわず槍は折れ、彼は血を吐いて川に落ちた。肺に肋骨って重傷だよな。それなのに魔道具を作ろうとする。なおも戦うというのか?)

(もっとシンプルに竹槍を作るとか。俺や思玲に持たせるために……。などと考えながら本堂を開ける)

ガラッ

!!!

ZZZ…
……。
……。

……。

……。

(ドロシーはまだ着替えていた。体を拭いていた)
……。
カシャッ
ペロッ
(そのままの体で俺をにらみ、銃をかまえる。唇をなめる)
わあ
 
 
(薄墨色の術を機銃掃射されて、俺は庭へと吹っ飛ぶ)



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