二十六の一 賑わいのはざまで

文字数 1,962文字

ひゅ~
寒すぎ
(木枯らしから逃れるように、ショッピングモールに駆けこむ。教授のアドバイスで判例六法の最新版を買う羽目になった。四千円もするらしい)

始めて来たけど、素敵な本屋さんですね。

一緒に探してもらってありがとうございました

い、いえ。

……勉強頑張ってください

ははっ

(指定された書店で律儀に購入する。店員の女の子の俺への反応……)
(この本屋にもちょっと通おうかな)

(アパートに帰ったら、さっそく勉学だ。川田の部屋に入りびたる習慣ができかけて、教授の指摘とおり、ちょっとたるんできた。言われなくても、バイトや遊びばかりではバランスとれないし。


 後期試験も近い。せっかく前期で好成績を残せたのだから、週末はこもろう。バイトのシフトは早番だけだから、二日で二十一時間は専念できるな。集中してやるには丁度よい時間だ。年末年始は帰省して家事全般を母親に押しつけるから、一日十四時間)

(頭のなかでスケジュールを立てながら、にやにやする)

 三階の屋内テラスみたいなスペースに、女の子がいた。手すりから一階を見おろしている。クリスマスと正月にはさまれたモールであって、そこだけひっそりした空間だ。遠目にもかわいく感じて、なにげなく二度見する――。よく知っている子だった。

 俺は立ちどまる。なんて声かけようかと考える。

ひさしぶり
 桜井の背中に声かける。
三石と一緒?
……。
(彼女が振りかえる。俺だと分かり醒めた顔だ。でも俺はうわずっていた)
なにやっているの?


(彼女の横にならぶ。四階からの吹き抜けになっていて、一階を行き交う人を見渡せる)

まじめ君には関係ないし

(桜井は手すりの向こうに顔を戻す。

 不機嫌なときの桜井だ。半年ほど彼女をちらちら見てきた俺には分かる。親父君とまじめ君。サークル内で川田とセットで呼ばれる呼称など気にならない)

……。
チラチラ

(桜井に会うのはひさしぶりだ。もともと出席率が低かったのが、もう一か月は顔をだしていない。学部がちがうとなかなか会えない。グループラインにもメッセージを残さない)

ヤッパリカワイイ、チラチラ

クルッ

じっと見るのやめてくれない

ワア、アタフタ

(いきなり顔を向けられて、あたふたしかける)

いつもいつも。正直言って気色悪いんですけど
…………。

(彼女はまた顔を戻す。……回復不可能なほどのダメージ。やっぱり、こいつはこういう人間だった)

分かった。じゃあね
 俺はエレベーターに向かう。踏ん切りがついた。サークルはやめて勉強に専念しよう。
横根は元気?
 背中を向ければ声をかけてくる。
自分で連絡すれば

 俺は立ち去る。









 ラインの電話が鳴る。

『さっきはごめん』
気にしなくていいよ(もう声も聞きたくない)
『戻ってきてよ』
……。

……。

……。

クルッ
 また俺はエスカレーターを登る。彼女は同じ場所にいた。







横根ってあれだよね。まじめなのにおもしろくね?

知っている? 三姉妹の末っ子だって。おかしみがあるよね

(横根のどこがおかしいのか、俺には理解できない。こいつのがおかしい。

 俺は彼女の隣に戻る)

横根のインスタ見たことある?

お姉さんの飼っているインコだらけ

こんど見てみる
(桜井はまた一階を眺める。俺も一緒に見おろす。何が楽しいのか分からないけど、)
(彼女との距離をすこしだけ縮める)
……。

待ち合わせ?(男とではないよな)

香蓮の買い物に付き合ったけど、また喧嘩になって、香蓮は帰った

(だからたそがれていたんだ。機嫌が悪かったんだ。あれだけ仲が良ければ、そりゃ喧嘩するよな。

 ……いまは偶然に支配された二人だけの時間だ。どうせすぐに終わる)

横根って、私を嫌っているよね?

…………。

 桜井が一階を見おろしたまま言う。俺は片隅に気づく。買い物客は目をそらしていた。

そんなことないと思うよ

(俺はそいつらだけを目で追う。――強い視線を感じて、彼女に顔を向ける)

知っているくせに!


私が横根に叩かれたの、みんなでおもしろく言ってるくせに!

(真顔で言いかえしてくる。

 知っていたし、川田は横根の側に立っているし、三石からも横根寄りの電話があったし、ドーンが面白おかしく言いふらしていたし。でも俺は重たい本を彼女に押しつける)

ちょっとなに?

仲直りしたいのなら、あいだに立つよ。

ちょっと待っていて

 こんなとこにいる場合じゃない。俺は三階へつながる反対側のエレベーターをめざす。

 桜井は追いかけてくる。

あんたが待ちなって。

なにがあったの? ……目が怖めだし

 俺はエレベーターを歩いて降りる。並ぶ二人連れの一段上で立ちどまる。

 横に並んだ桜井へと告げる。

いじめがあった。カツアゲ。

金を返させる

“僕のせいじゃありません”
(中学一年の秋。俺は傍観者にならないと決めた。見てみぬふりで素通りできる家族連れやおじさんにはなれない)



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