十七の一 誰もがピンボール
文字数 3,411文字
切羽づまった桜井の声が響きわたる。鳴き声など抑えないから、公園にたむろする人間の大多数が見上げる。お母さん方に連れられた幼児の一団など、みなが彼女へと指を向ける。
青い小鳥は気にもせず公園の上をぐるぐるまわる。俺はようやく追いつく……。
樹木達がざわついている。妖怪だから分かるけど、なにかが起こりかけている。
桜井が柵の向こうのドウダンツツジへ突っこむ。
歩道からは見えない湿った窪地で、小鳥が中空をつつく。しゃがんだままで扇を振るった思玲の背中が現れる。
俺は彼女の前にまわろうとして、扇を向けられる。
でも見てしまった。純白の毛並みをむごく染めて、引き裂かれた腹部をかすかに上下させた小柄な猫を……。
その大きな傷に、思玲は蒼白な顔で珊瑚の玉を押しあてている。白いシャツに血を浴びて、懸命に呪文を唱えている。
小鳥が即座に飛びたつ。
俺もぐだぐだ考えている場合でない。川田を探しにいかないと。……それより先に横根を助けたい。
いらだちを露わににらみつけられる。俺はぽつりと浮かぶだけだ。
俺の言葉に答えず、思玲は姿を隠す。
俺は空へと浮かぶ。たっぷりと後悔を抱えたまま川田達を探す。……なんで駅前なんかで時間を潰した。なんで二組なんかに別れた。なんで、今だって横根から離れた。
人であった彼女の姿を思いだす。
会話がはずまなかったナイトウォークでの二人だけの時間。横根は俺の隣を離れて歩いた。場持ちせずにいたたまれなくて俺が発したしょうもない冗談に、くりっとした目で俺を見上げて笑みを浮かべた横根――。
服の中で彼女と心が接したとき、俺への思いが伝わった。
白猫の眼差しも思いだす。俺よりも小さいくせに俺をかばおうとした。だから桜井と心が重なりあったとき、俺は横根へのあらたな思いを隠した……。
人でない妖怪が願う。はやく彼女のもとに戻りたい。
ドーンが飛んだ隣駅方面へ進む。探すまでもなく、町なかからカラスが現れる。
電柱にとまるなり聞いてくる。俺が現れたのが当然と思っていそうだ。
ばらばらになるのは愚策だと知った。俺達は弱いから固まらなければいけない。
俺は町なみへと降り、駅前通りから路地裏を探る。ドーンは上空をゆったりと旋回する。羽根を大きくひろげてトビのように。その目線も猛禽のように。
コンビニから飛びだしてきた小学生の一団に囲まれ、俺はピンボールのように弾かれる。痛くはないけど目がまわる。木札が怒って発動しないかと心底恐れる。大人はみな暑そうだが知ったことじゃない。
二十回はくり返した呼びかけに、
コインパーキングからひそめた声が返る。中型トラックの下に、黒い狼が隠れていた。
カラスがばさばさと降りてくる。
精算機の上にとまる。
熱せられたアスファルトのそばにいるだけで体力が消耗する。はやく闇にひそみたいと、か弱い妖怪の本能が切望する。
ドーンはすぐに戻ってきて、低空を小さく旋回する。
川田が姿を現す。リードを引きずりながら歩きだす。
ドーンが郵便ポストに着地する。
川田がアスファルトに鼻を近づけたあとに、空を見上げる。
下界からは見えない空に怒鳴る。
川田が大きな口を歪ませる。本気になった狼は笑い顔さえ怖い。
川田の前に浮かぶ。
狼がふるびた雑居ビルに挟まれた狭くうす暗い路地に入る。鼻をおろして匂いを嗅ぐ。
俺へと残忍に笑う……。
ふいに川田が立ちどまる。暗く湿ってごみが散乱する隙間に身を押しこむ。同時にビルの裏口が開く。
白い割烹着の中年男性がでてきて、煙草を吸いながらスマホを耳にあてる。
俺の頼みも、こうなった川田は聞かないだろう。郊外の居酒屋で、ヤンキー風味な連中にからまれて警察沙汰になった件を思いだす。
相手に非があれば、こいつは一歩も引かない。やはり川田は人間の一挙一動をじっと見つめるだけだ。
ならば、せめて知りたい。
川田は人間だけを見つめたままだ。でも、
黒い狼が語りだす。
次回「昼下がりの追跡者」