二十二の一 権現様の檜舞台

文字数 2,192文字

2.5-tune
哲人が来てから居心地が悪くなったな
……。(にらまれることはしていない)
お前の護符は強すぎだな
はあ。(俺もこの神社に着くなりそれを感じた)
ぴりぴり
 今も護符はぴりぴりしている。神社は木札に遠慮している……。
思玲さん、空気が悪くなるからやめてくださいよ。瑞希ちゃんのまわりまでよどんじゃいます
こうるさいインコだ
 そう言いながらも、思玲は扇をはらい結界を消す。
ハアハア…
……。
 傷ついた白猫が現れる。ただつらそうだ。
ブツブツ、ブツブツ
 思玲が呪文を唱える。傷ついた異形を治すための祈りらしいが、気休めだそうだ。
頑張れよ。みんないるからな

サッ

ハアハア…
 俺達は社内片隅にある木製の舞台にいる。さきほどの風雨で濡れて枝葉が散乱している。川田だけは舞台の下の奥ふかくで息をひそめる。
“今さら結界などに入れるか”
 と言って。
見まわりに行ってくる
 ドーンは雨あがりの空を飛ぶ。しばらく飛んで戻ってきて、羽根を休めてまた飛ぶをくり返す。今さらじっとしていられるかって感じに。
哭爸(カウベー)……
(顔をしかめた。やっぱりどこか……)
悪態をもらしただけだ。気にするな
 すこし前に彼女は着ていた白シャツを小刀で細長くきざみ、包帯の代わりに俺と桜井に巻かせた。俺はもちろん背中側が担当だったから彼女の傷は見ていない。でも背中にもケロイド状の古傷が三筋、右肩から左腰へと流れていた。
“焔暁という大鴉にやられたものだ”
 思玲は裸背を向けながら言った。
“奴の燃える爪は、我が結界さえも切り裂いた。

……そいつの魂も先日見送った。みごとな刺青だったぞ。強い人だったのだろうな。私どもから目をそらして消えた”

“……。”
 俺は溶けた流範から浮かびでた人の魂を思いだす。残忍な流範とは思えない、さわやかな青年だった。

思玲さん、腕をあげてください。

こんな傷、すぐに消えますよ

 桜井は器用にくちばしを使い、思玲の胸の真ん中に包帯を十字に斜めに結ぶ。
“フン

哲人、もっときつく締めろ。


傷など増えるだけだ”

“……。”

 それから彼女は泥だらけの赤いメンズTシャツを着た。夕立にブルーシートをかけただけのフリマの売りものから、一万円札ひとつかみと引き換えにくすめたものらしい。

 受けたばかりの傷の上に、雨と泥にまみれた服を着る思玲……。

“そんな大金だと不審がられますよ”
 今さらどうにもならないし、そんなこと気にしている状況じゃないのに、俺は口にだしてしまう。
“浄財だ。金額など知るか。……哲人にも持たしておくか”
 札束ごと渡そうとするのを拒み、妖怪が金を使う機会はないと思いつつ数枚だけを受けとる。
“……たしかに浄財だ。人の情念のかたまりなのに、懐に入れても気分が悪くならない”
来るぜ。ママさん達とガキどもが合わせて九人
 ドーンが戻ってきて、木立から俺達を見おろす。
哲人に任せる。どうするか決めてくれ

(いくら彼女がたてた作戦が大失敗に終わったからって、投げやりすぎる。横根がこんな状態だと言うのに)


思玲が決めるべきだよね

え? ……うん、はは
傷をおったものがいて、気配まるだしのものがいて、紐を食いちぎって警察に追われる愚か者がいて
(シャツで眼鏡をふきながら言う。さすが魔道士。予備の眼鏡を持ち歩くんだ)
ここの神に嫌がれているくせに、二手に分かれるのを拒む奴までいる。そいつが決めるのが至極当然だ
(俺のことだ。なんと言われようが、もう五人がばらばらになどなりたくない。

 でも、この神社で俺と一緒にいると、横根の容態がよくならないかもしれないし)

大学に戻るなんてどうすか? 大ケヤキの下なら瑞希ちゃんも元気になるかも
(たしかにあの木なら……。問題はそこまでどうやって行くかだ)

 人間の一団が現れる。母親はどうでもいいけど、小さい子供は今の俺達には天敵だ。狼がでたぞの情報は周知されていないのか。

 俺は覚悟を決める。

思玲。申し訳ないですけど、川田と結界で移動してください

(結局は彼女頼みだ)

いずれこの身が滅びるぞ。瑞希は哲人に任せる
 思玲が立ちあがり、横根の結界を消す。舞台から跳ねおりて、川田を呼ぶ。
人がいるのに
呼ぶな……
 片目の狼が顔をだすなり、二人は消える。
たしか、へとへとになるんだよな

(昨夜結界をまとって歩いたあとの思玲は、立つことさえままならなかった)


大ケヤキまで頑張ってください

 どこにいるか分からない思玲に声かける。桜井へも声をかける。
横根を服に匿うよ(弱っている彼女に興味の目を向けない。断言する!)
は?

当然だし! 私に確認することなくね?

ウワッ(桜井は感情がたかぶると、気配も急上昇する)
それなら先に行ってるね。まだカラスがいるか見てきてあげる

スイスイ

一人で行くなよ……

ドーン、追いかけて

インコになっても個人プレイじゃね?
(あっという間にみんなばらばらだ)


…チラ

ハア、ハア…
…ソーット
 俺は横根をそうっと持ちあげる。腹部の傷から目をそらして、やさしく服の中へ抱えこむ。……人としての魂が伝わってこない。白猫の苦しげな息づかいが聞こえるだけだ。
もうすぐみんなもとに戻れるよ

 人に戻る手段なんて尽きているのに、励ましの声をかける。今は横根を元気にさせるだけだ。その先は考えようもない。

 灰色のちぎれ雲が浮かぶなかを、両手でおなかを抱えながらふわふわと母校をめざす。

 まだ時間はある。





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