十九の二 真打ちはここぞで現れる

文字数 2,597文字

麗豪さんとは相性があわない!

俺に指図するな! 俺が従うのは一人だけだ

……。
(叩きつける雨はなおもやまない。俺はフサフサの顔の前に浮かぶ)
……

峻計が来る。マチでクルマに乗っていた異形


(か弱き妖怪の感が怯えることを、野良の言葉を交えてフサフサに伝える。だからどうすべきなのか、それが分からないまま)

えっ、本当かよ
うわ

(地面から女の子がわきでてくる)

オロロロロロ……

ならば善意の第三者として、これは松本に渡しておく。朝まで生き延びたら返してくれ

……フサフサの傷はふさがったが毒は消しきれない。これ以上祈っても厳しい。いったん猫に戻すべきだ
うわうわ

(またたく間に眼鏡を曇らせた女の子が矢継ぎ早に喋り、俺に天珠を手渡す。溶けて消える)

ふん。ハラペコの分際で。

あのおっかない女が来るのだろ。気づいていたさ

(フサフサが血の垂れる口もとを、にやりとゆがませる)
でも、それより先に奴らが来る
(……俺も感じた。あいつの気配を追い越し近づいてくる。人の目に見えぬ蹄がおこす地響きさえも感じる)

へっ、麗豪さんはこの気配さえ分からないのだろ。

なに?
術も峻計さんより弱いし、あんたは空を飛べるだけか?
 土壁が闇へと身がまえる。俺へと背を向ける。姑息な俺はその背に護符を掲げるが、
巻き添えを喰らうよ

ゼエゼエ

(荒い息のフサフサに引き戻される)
ハラペコも姿をだしときな。踏まれるよ
え?
 空はさらにうごめいていく。なにもない闇から隠しきれぬ蹄音が聞こえる。
へっ
さきほど逃走した若者か?
 土壁の手に槍が現れる。

 麗豪は眼鏡の縁をあげる。

ウウウー
(うなり声が闇から漏れた!)
 
ゴキ
うっ
グルルル……
(まとう結界を振り払うように、片目の黒い猟犬が現れる。浮かぶ張麗豪の足へと噛みつく。骨が砕ける音は雨音にも消されなかった。男を地面へと引きずりおろす)
復讐を果たす!
ドドドドド
(ケビンの叫び声。結界をぬぐいながら、襲歩のガブロも現れる。河岸の岩を踏み砕くように突進する)
とあ!
うへ
(待ち受ける土壁の槍を、馬上のケビンの槍がはらう)
ドドドドド
ひいい
(疾走する軍馬が土壁を押し倒し、蹄がその体を蹂躙する)
俺一人では、お前達には勝てない。だがガブロとなら別だ!

ましてやリクトもいる!

 走りをゆるめ向きを変える軍馬の上で、ケビンが吠える。

 ガブロが再び突進する。土壁はなおも立ちあがろうとして、ケビンの槍を腹に受ける。

ひいい……

ドボン

(土壁がよろめき濁流に落ちて消える)
松本。俺達はハイエナをすべて倒したのに、お前達は狼を逃がしたな
(川田はまだ麗豪の足をくわえていた)
おのれ……
それよりなんとかしてくれ。俺が口を離すと、こいつは消えて逃げそうだ
俺が終わらせる

スタッ

(ケビンが軍馬から降りる)
張。俺は人を殺すのに躊躇しない。貴様達と同様にな
……。
(槍を持つケビンが麗豪へと歩いていく。俺は四方の闇へと身がまえる。あいつはそこまで来ている)
私を殺す?
(麗豪はなおも笑う)
私はノスリなどと呼ばれているが、じつのところ不死鳥だ。

……老師の影さえ触れられぬ出来栄えだから使いたくはなかった

逃げろ

ノウマキインガロゼ……

うわうわうわ!

(降りつづく豪雨にも消えず、麗豪が不快な言葉を声として現す。あわてて耳をふさぐ)
(……どうやら俺は平気だ。フサフサも怯えるだけだ)
ブロロロ……
これってあれかよ……
ヤバイヤバイ

タッタッ

 なのにガブロがいななく。ケビンが膝を落とし、川田の牙が麗豪の足から離れる。
研鑽がなおも足りない。あの古代の呪文を唱えようが、まだ人も異形も殺められない

スリスリ

(麗豪が砕かれた足をさする。なにもなかったように、手をついて立ちあがる)
あの異形は私を咎めたな。私こそあんな化け物といたくない。本心では、あのまま溺れ死んでもらいたい
ガブロ!
(膝をあげたケビンが叫ぶ。鋼をまとった軍馬が麗豪に突進する)
ふっ
ちっ
こっちだ
(麗豪の体は蜃気楼のように静かに消えていく。ケビンがガブロに飛び乗る。その背後にあらわれた麗豪が宙へ舞う)
 忌むべき気配。
避けろ!
(フサフサが叫んだ。俺は身を固くする)
ズドン
え?
(人と馬が飛ばされる。ケビンが転がり落ち、ガブロの装甲が溶けていく。黒味がまさる芦毛の体があらわになる)

カラスだろ! こいつらは殺す!


そこにいるのだろ! 姿を現せ

(川田が馬の前へと駆ける。

 狼であったこいつを傀儡にし、子犬であったこいつを連れ去った異形(峻計)

玄武くずれ、どこを見ている
ズン!
ビクッ

(あいつの声が俺の背後から聞こえた。頭上を黒色の螺旋が通りすぎる)

(馬が川田を蹴り、ケビンの前に立ちふさがる。装甲なき身で邪悪な光を一身に受ける。ガブロが砕け散る)
岩と化せ!
 ケビンが命じる。黒い血を雨とともに浴びながら、男が足もとの石を拾う。
峻計、どこだ!
もうやめなって
(俺は叫ぶ。フサフサの抱える手がさらに強くなる)
まだ待ちな
 あいつの声。そして
黒い螺旋……
ああ
 ケビンが槍で受けとめようとする。槍は折れ、血を吐きながら川へと落ちる。
だんな!
川田!

(川田も濁流へと飛びこむ。俺も川田を追おうとして思いとどまる。まだ深手のフサフサがいる)

ヤバイヨ

露泥無、どこだ?
もうハラペコを巻きこむのはやめておくれ
(フサフサが吐きだすように言う)
まだなにが来るのだい? こんなことはやめにしよう
(守ろうとしたフサフサに、逆に抱きしめられる)
(……暗雲はさらに降りている。溜まりきった雷達があふれだしそうだ。

 麗豪が地上へと戻る)

峻計、素晴らしかったよ。さあ、はやく姿を見せてくれ
もう少しだけお待ちください

 姿を隠した声が返る。

 ふいに雨があがる。濁流がとまり、川は池のように落ち着いていく。上流では堰きとめられたかのように、水が行き場を探していた。

(豪雨さえも届かない。巨大な結界に閉じこめられた)
お待たせしました。すべてが揃っていますので、いそぎ儀式を始めましょう

 ずぶ濡れのあいつが姿を現す。長髪を結びうなじを見せ、ノースリーブのトップス。少しだぼっとしたパンツ、ウエストを強調するベルトまで、すべてブラックで統一したコーデだ。黒いフラットなサンダルから見える爪さきだけを赤く塗っている。


この雷雨は前兆。龍がじきに現れます。


気づいているよね? 哲人君

(あいつが俺へと憎しみの目を向ける。感づきはじめたことを確信させられる)



次回「魅入られた男」

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