二十九の二 座敷わらしとコザクラインコ

文字数 2,406文字

松本君が消えちゃった……
 横根が座りこんでいる。
……祈り?
……。
峻計! 消えやがった
 俺は宙に浮かびあがり、木札を取りだす。

プルプル、完全復活、プルプル

(両面の呪文の文字が蘇っている。さっそく怒りまくっている。人の姿の化けカラスに)

ビュンビュン

松本君は復活したよ! 瑞希ちゃんありがとう!

ビュンビュン

ワア(桜井の歓喜で結界が充満する)
ビュンビュン

鬼、ぼさっとしないで人間と座敷わらしを守りなさい

ビュンビュン

(桜井が黄玉に命令しながら、結界の狭い空をびゅんびゅんと飛びまわる。たまにぶつかり、はじき返される)
さすがにあんたに従う筋合いはないだろ。あいつを裏切れるわけないしな。

難しい言葉を使えば中立って奴だ

(鬼は日和見している。

 それよりあいつはどこだ? 見わたしても見あたらない)

ビュンビュン

気をつけて。カラス女は結界に張りついて身を隠している。黒い光が急に飛んでくるから、これでもかって注意して

ビュンビュン

(護符が復活したのに結界は消えないのか。完全に閉じこめられてないからか)
来るよ!
!!!
ボワッ
 言われるそばから、なにもない空に黒い光が現れる。俺へと向かってくる――。まただ。避けると横根に当たる。
おらっ!

 俺は護符をかかげる。申し訳ないけど、本旨をはずれて頑張ってもらうしかない。

 浄化されたてだ。木札は黒い光を受けとめるが、持ち手は小さき妖怪だ。

うお
きゃあ
 俺と一緒に端かれて横根が悲鳴をあげる。肘をさする彼女の胸もとに木札を押しつける……。
 

……。

(珊瑚までけがされるかも。海神の玉には頼らない)
松本、上だ! バウバウ!
そこね!

ビュンビュン

(黒い光が一直線に降ってくる。……またも横根が狙いだ)

ナニモミエナイ

 手を伸ばし、彼女の頭上で受けとめる。衝撃で腕が後ろに折れそうだ。
お天狗さん、横根を守れ!
 右手を添えて打ち返すと、黒い光は結界に当たり消えていった。
やりっ
くそっ
ビュンビュン
 上空から峻計が落ちてきた。両足できれいに着地して、上空へと身がまえる。飛びまわる青い小鳥を目で追っている。
(……護符は発動している。今しかない!)
(喰らえ!)
がっ
 俺はあいつの背後に飛びつく。その首筋へと護符を押しつける。
“……。”
……。
 流範の魂を思いだす。
ふざけるな!
くそっ
 即座にはらいのけられる。峻計はおのれの首へと黒羽扇をかざす。かまえなおし、残った手で首の後ろをほぐす。
モミモミ

十二磈あたりと一緒にするな。私をなめすぎだ

(逡巡してしまった……)


タックル!
ぐわっ
(俺へと扇を向けた峻計が、小鳥に吹っ飛ばされる)
な、何が起きてるの?
桜井は攻撃するな! 瑞希ちゃんを守れ!

だね。


おい。結界を開けて、瑞希ちゃんを開放しろ
(桜井があいつの頭上に浮かぶ。カラスにつつかれまくった面影など、もはやない。太陽に照らされた校庭よりも、闇に閉ざされた屋上が俺達のホームってことだ)


ナニゲニ

それと四玉を返せ

箱を取られたの!
ウン

(人間の桜井だったら目をまん丸にしていそうだ)

……よく分かったよ。青龍をあしらうのは、老祖師でないと無理のようだね

スタ

だったら、そこそこの術を繰りだしてやる。青龍になるものならば生きのびな。


――我、とこしえの闇を求むる者なり……

(あいつが呪文を唱えはじめる。……峻計も闇が本拠の異形だった)
 妖悪な気配があふれだす。結界の中の空気が変わる。
峻計さん、やめてくれ
ニゲロニゲロ
闇は無、闇は死、闇は絶望
(鬼が怯える。俺の手の中でも、はやく逃げろと木札が訴える。あいつのまわりに黒い光がよどみのように集まりだす。あいつはなおも呪文を続ける)
ヤバそう。瑞希ちゃんだけでも逃がそう!
 桜井が俺のもとへ飛んでくる。
ま、任せた。俺は四玉を奪いとる!
 俺は峻計へと向かう。あいつは術に集中している。俺達以外の誰もが見入られるほどに。
あいつ、さっきまでと違うよ
 人である桜井が俺の横を駆ける。
(横根と一緒に逃げろって。

 ……俺も人として、彼女の横を駆けていると感じられる。ならば二人で――

……その螺旋は死と滅を望むものなり! 飲みこみな!
はや

(あいつが呪文を終えた)

ふふふ……
 あいつの頭上で、黒いよどみが巨大な渦を巻きはじめた。扇を俺達に向ける。

 黒い渦も俺達へと顔を向ける。

コンチハ
……。
……逃げよう
うん

クルッ

 護符を当てるどころではない。あいつに背を向け逃げようとするが、
バキュームバキューム
わああ
 暗黒に吸いよせられる。必死に飛びながら振り返く。渦の中心にひとつ目が見える。あんなのに吸われたら瞬時に消え去る。
ひいい
……。
桜井を守れ
 すぐ横でもがくように飛ぶ小鳥を守るため、妖怪としての力が発動する。そんなの今さらだ。
ふふふ、頑張らないと――
護りの術……

 峻計の笑みがとぎれた。


 あいつが扇を上空へとかざす。

お空からですか!
ズデン
ズデン
 黒い渦も上へと顔を向ける。俺達を吸いこもうとする力が消える。桜井ともども勢いあまって結界まで飛んでいき、はじき返されて地面に落ちる。
……?
……!


瑞希ちゃんを守れ!

……ああ

ヒュー、ヒュー


 俺も気配を感じとる。これは術だ。とてつもないから分かる。どこからか風を切る音が聞こえる。
タッタッ
へ?
 あいつは鬼のもとへと駆けていく。



バキバキ、バキバキバキッ

ヒイ…
キャア
 落雷のごとき音とともに結界が崩れ落ちた。黒い渦が、またたく間にかき消される。風がすさぶり、屋上の中心へとなにかが落ちる。
(……褐色がごうごうと術を渦巻く。この術の力は強すぎて、まともに直視できない)
 術の竜巻がおさまっていく。
 
 
……。
 大きな剣を下へとかかげた男性が片膝を地につけていた。渦に舞っていた緋色の布が男の肩に降りる。
……。
 男が顔をあげる。剣を大きくはらう。
……。
……。

 鋼色の光が屋上を覆うほどに特大な輪となり向かってきた。





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