三十九の一 マジにさせてしまった

文字数 2,219文字

『ギギギ』
(……まんまデーモンだよな。10メートルは余裕であるよな)
林に逃げこめ

(生存本能がそれだけ告げる。大蔵司の血が興奮しだした。転がるように走りながら手のひらを肩にあてる。……また痛みも傷もない消耗戦だろうけど、あの魔物の声はサキトガ。

 天珠も珊瑚もない)

『ゆえにお前の心は丸見え。

 おやおや

 ずいぶんと梓群に執着しちゃったな。フロレ・エスタスが嘆くぜ』

(薄暮の空からの呼ぶ声)
『お前が死ぬまで87秒。夏梓群が228秒。横根瑞希が手もとに揃うのが、新月丁度の474秒後だ』
(このカウントダウンはでまかせだ。まやかしだ。

 木立の深いところへとめざす。枝が刺さろうが足首を捻ろうが痛くない。残り55秒。54,53……、数えるな。……フロレ・エスタスって誰だ?)

『名の意は伝わらないから教えてやるよ。この国に訳せば“花咲き乱れる夏”』

(サキトガが目の前に降りてくる。

 藪を踏みつぶす)

『龍の名前。桜井夏奈の古い名』
(惑わされるな。

 56、55……。

 リュックサックを守らないと。片側だけになった紐をはずし胸に抱える。四玉の箱。青龍の玉をこいつらは必要としている。ならば――

『必要ない』
(サキトガである巨大な魔物の爪が俺へと向かう。とっさにリュックをかばう。でかすぎる手に持ち上げられる。痛くはないけど生温かい……。俺の血だ)

わあ

(左手がリュックを抱えてちぎれた右腕も握っていた)
『たっぷりと読んでやるな。

 家と弟は護符が守っている。両親は四国。……大塚美術館はいいよな。俺も行ったぜ。今夜はその近くにお泊りなら、俺の羽根で二時間二十分だ』

(あいつのしめつける手のなかで、俺は右腕を傷口につける。左手を上へとずらしていき傷口をさする。

 38.37……。夏奈、助けに来てくれ)

『都合のいい野郎だな。心の中がドロシー一色だ。いまさら呼ぶな』

(そうであろうと夏奈は必ず来る。そういう奴だから)


桜井い! 夏奈あ!

残り26秒

 まずお前を食い殺し、横根瑞希を連れて四国に行く。父親が五百二人目で、母親が五百三人目だ。

 ……夜半には匠様のもとにたどり着く。今度こそ俺を抹殺していただき、俺の腹を裂き青龍の光をお受けとりいただく』

(弟は生き残るらしい。

 サキトガから悲憤がにじみでる。9,8……。サキトガが口を開く)

わあ! わあ!

(その闇のなかには、食い殺された人々の呪怨がなおも漂っていた)

(……純度100の白銀弾。


 心に思う。3秒,2秒……。

 ドロシーの心を読んでいないのか?)

!!!!!
ぽいっ


カーカー

(俺は空へと投げられる。遠い山脈の稜線がかすかに明るい。どこかでカラスが鳴いている)
(林に落下する。頭だけ守る。枝葉を折り地面に叩きつけられる。すぐに体をさする)

『祖父の術でひそめた心はそれか。

 俺とお前が死んで、横根瑞希が人に戻るところだったな』

(巨大な魔物である闇が現れる。木々を左右に押し倒す。

 まやかしだろうがなんであろうが聞いていられない。白銀弾をださないと)

『どこから?』
ブラ~ン
(サキトガの巨大な爪に、ドロシーのリュックが下がっていた)
返せ!
 俺は奴へと飛びかかる。巨大なサキトガが笑う。
『こっちは崖だぜ』
わあわあ!
ひええ

(宙に浮かんでいた奴の前で、灌木を折りながら無様に転がる。頭だけを抱えて落ちていく。

 さらに絶壁から渓流へと数メートル落下する。岩にぶつかり、沢に尻から落ちる。

 今度は数メートル流されて岸へと這いあがる)

無理ゲー

(……痛くはないから、さすれるところはすべてさする。折れたらしい右大腿骨と左踝も復活する。

 びしょ濡れだ。ここはどこだ。仲間がどこかも分からない。谷底から見あげても、雷雲の兆しなどありやしない)

(もはや俺にはなにもない。ポケットにはさきほどの鷹笛……。くわえて息を吹きかける。音は鳴らなくても、カラスであるドーンに届くだろうか)
『そんな笛で俺の念波はゆがま……』
(見えない爪がかすめる。痛くはないけど……、右腕がなくなった! 水になにかが落ちた音は、これまた俺の――)
(あわてて傷口をさする。腕がはえてきた。もはや正真正銘の化け物だ)
『お前なあ。そんなのを使いまくると、死後が地獄じゃすまないかもな』
(巨大な闇の魔物が降りてくる)
『念波がゆがんじゃったぞ。お前はもう少し生き延びるようだな』
(こいつの話に聞き入るな。時間稼ぎしないと)
『聞き入れよ。時間稼ぎに教えてやるから。

 これは、あのお方に成敗されるまえの本来の姿。そんでお前が見てきたのは、ロタマモが命乞いしてくれて、あのお方に従ったあとのかわいい姿。

 もっと稼ぎたいか?』

(心を端から読まれる。下流に逃げると見せかけて上流に向かう。そんなフェイントは無理だなんて考えているのもバレバレだろう)
(闇がすっと寄ってきて、俺はまた持ちあげられる。そういえばリュックは、)

『おかげで冷静になれた。どこかに投げ捨てたよ。お前も横根と一緒に連れていく。

 生け贄がふたつだ。良かったな。匠様に拝見できるぜ』

(サキトガが巨大な羽根をひろげる。締めつけられて抵抗できない。痛くなくてもどうにもならない。

 サキトガが舞いあがる)

『お前の両親はあきらめてやる。横根瑞希を抵抗なく渡せば誰も傷つけない。夏梓群以外はな……。

 またまた呼びやがったな』

(さらに締めつけられる)

さすれるところをさすりさすり…

!?

わあ

(……巨大な影が羽音なく近づいてきた)



次回「幼き翼」

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