三十三の三 エースパイロット

文字数 4,086文字

ペシペシ
……?
ご、護符が効かないの?


!!! スマホ、スマホ

(横根は、野良犬の背中にまとわりつく木札に気づいたようだ。彼女は思いだしたかのように、カバンからスマホを取りだす。横根の顔が人の光にぼわっと照らされる。

警察を呼べばいい。大騒ぎにすればいい)

アレ?


…ナンデ?

 横根が画面を耳にあてる。あわてて顔の前に戻す。青ざめた顔で操作をやりなおす。
電波を歪ませるなんて些細なことよ。琥珀に教えてあげたのも私だしね
ワア

 あいつの声がすぐ背後からした。

 あいつが俺をつかみあげる。

無心に気軽に♪
 手を離しながら、俺を地面に叩きつける。
鼻から落ちた~
 これでもかと痛い……。おのれより横根を守らないと。
触れるだけなら、悪意がなければ寝たままなのに……
シュッ
 峻計が俺へとヒールをかかげる。
ひい
横根だけは守れ!
!!!!!
殺意をこめると、そんなにも強く起きるのね
(護符が発動した。鋭く太い針が目前で止まる)
術の光をだせないと、あなたを消すのは厄介ね

(あいつはあきれたように言う……)

(護符が通用しなくても、横根を守れと、たった今誰かを呼びつけた。近くにいるのは……、またもやドーンだ)
なにを笑っている――クッ
 あいつが俺を踏みつけようとして躊躇する。
おりゃ!
ちっ
 俺はお怒りの護符をその靴へと向ける。峻計は片足で跳ねて避ける。
(あいつが野良犬なんかを使う理由が分かった。俺を恐れているからだ。護符を恐れて、ツチカベの後ろから眺めるためだ。隙間ある結界も俺から逃げるためだ。

……木札の怖さを再認識したのだろ?)

川田、横根を頼む!
おっと
 俺は浮かびあがり、峻計に向かう。あいつは軽やかなステップで護符を避ける。
待て!
怖いわね
 俺はたくみに切りかえして、その背後を狙う。あいつはすでに信号の下まで離れていた。そこから俺を笑う。
必殺フェイント!
ちょっとだけどっきり
 俺は宙に浮かぶ、とみせかけてまっすぐに突進する。あいつは俺を黒羽扇で受けとめる。俺ごと扇をはらう。すぐに見上げる。
くそー………………

ブツブツ

復活が遠ざかるじゃないの。仕方ない、死の苦痛の澱みに浸して……

ブツブツ

(あいつは扇の毛並びを気にしていた。護符の存在感が弱まっていく……


こいつは素早すぎる。怒りにまみれた俺じゃないと木札を当てられない。深追いして横根から離れたら、あいつの思うつぼだ)

黒羽扇さえ戻ったら、遊ばずに背後から撃ってあげるのに
(あいつも残念そうだ)
ツチカベ、時間はないよ。はやく済ませ?
ばさり
 ばさりと空から気配が来て、誰もが暗闇を見上げる。夜空より黒い影が羽ばたいている。呼びつけられて早々に登場だ。
カッ、またまた峻計かよ。しかも犬までいるじゃん。そいつ昼の奴じゃね? 峻計の飼い犬になったとか?
(ドーンが口早に言う)
思玲は桜井と一緒に結界かも。どうせ俺には見つけられないから来てやったよ
(思玲は扇がないと結界は張れないだろ。

……厄介なスマホをもつ小鬼がまだいる。ドーンを向こうに戻させるべきか。でも……、

小鬼は度胸なしだと鬼さえ笑っていた。ならば、)

こっちに降りてこい
(俺に呼ばれたドーンを、俺より先に川田が指図する)
この野良犬は瑞希ちゃんを襲う気だ。お前も守れ。でも無理するな
しつこい奴らだな

バサバサ

(ドーンがツチカベの背後に舞いおり、オスプレイみたいにホバリングする。さすが異形の鳥だ。

 ん? 俺をちらりと見る)

峻計は哲人に任せた
(任されても、俺はあらためてあいつをにらむだけだ)
カラスがなぜ?
……雑魚でも倒す(すべ)がない
和戸君、だよね? 悪いカラスじゃないよね
(切羽詰まった彼女に、カラスの区別がつくはずない。それさえも伝えられない。これでは横根がまいってしまう)
ミカヅキの手下か? 目玉を狙うつもりだろ。そうはいくか
(ツチカベはかってに疑心暗鬼になっている)
馬鹿じゃね? ガガガ
その鳴きかたは和戸君だ
ホッ(横根の安堵が伝わる)


低い位置に結界が張ってある。地面に落ちたら、ツチカベに食われるぞ


(ドーンが調子に乗る前に声をかけておく)

ふん。これは結界って言うのだね
!!(別の誰かの声がした)
呼ばれたのに、そっちに行けなくて残念だ。あー残念、残念
(フサフサだ。連夜に渡り呼びつけてしまった。……このシチュエーションで力になるとは思えない。むしろ危険だ)


呼んだけど呼んでない!

そりゃそうだろうね
(さきほどと違う場所からだ)
あいつがいるじゃないかい(ツチカベのことだろう)。

しかも、あのおっかないのは人間の振りした異形だろ?

(どこにいるのか分からなくなる)
猫? やけに感が強い奴ね。物の怪ではないよね
バサバサ
フサフサだ。化け猫ババアと呼ばれている。ここにはカラスの親玉もいる。ろくな町ではない
 ツチカベが背後に浮かぶドーンを気にしつつ言う。
あんただって化け犬ジジイだろ
(むすっとした声が聞こえた)
哲人、呼ぶのならあいつがいないところにしておくれ……。

すごいのがそこまで来ているし、私は帰らせてもらうよ。

真っ白猫の娘によろしく伝えといておくれ

やり取り、何も気づかない
 フサフサは姿も現さず、人に戻った横根に興味も示さぬままに立ち去ったようだ。
わあ
ちっ
 入れ替わりに、とてつもない気配が来た。峻計が舌打ちする。
全員無事だね! みんなを信じてた
(まず声が聞こえた)
呼んだのは松本君でしょ! 思玲さんには離れるなと言われたのに来ちゃったよ
(闇夜を突き抜けて、青龍になるべく資質のコザクラインコが現れた。俺は深夜を迎えて端から呼びつけたようだが、今の四人のなかでは間違いなく桜井がエースだ)
なんで瑞希ちゃんがいるの? 川田君が連れてきた?
自分から来たんだよ。はやく劉師傅を呼んで!
(横根はまだ桜井の声が聞こえる!)
あんな怖い人を呼ぶわけねーし。

で、私はなんで呼ばれたの?

……。
小鳥? なんで?
(桜井が今度は俺を見おろす。……野良犬とあいつの存在を気に留めていない。峻計は小鳥へと身がまえているのに)


結界に横根が閉じこめられている。

峻計は黒い光を飛ばせないぽいけど、傀儡の術には気をつけて

下だけに?

ワカンネーシ

とりあえず突っこんでみる

ビュン
キャア
…………。
 小鳥が俺の横まで降りてくる。そこから低い位置を飛ぶ。おもいきり跳ねかえされる。はずみすぎて、俺の横まで転がる。
ブワサッ
 あいつが俺達へと黒羽扇を振るった。身がまえるが、黒い光は発せられなかった。
……策が尽きたか
 あいつは悔しそうに扇を見る。
固いねテヘ

でも、さっきのよりできが悪いかも

……。
それじゃ守衛室の人間を起こせよ

つついて起こせって? 和戸君にだってできるんじゃね

スイスイ

あれっ? 子犬、じゃなくて川田君? 気配はそうだものね。ははは、かわいくなってるし、ははは

……。
 桜井の笑いを、野良犬と向かいあう川田は気にいらなそうに無視する。
そうだよ。もう狼じゃないんだよ!

夏奈ちゃん、その犬を追いはらってよ。はやくしないと川田君がやられちゃう!

エー
(青いインコが空中でためらっている)
……男子が三人もいるのに情けね

チラチラ

(俺へと目を向ける。おそらく幼児な体を再確認して)
なんで一番小さい私がやらなきゃなんないの

ビュン

!!

(小鳥が飛びたつ。目に追えぬ速さでカラスの下を抜けて、野良犬の脇腹に頭突きを喰らわす)

ぐえっ
スイスイ
 ツチカベが声をもらす。足から崩れてうずくまる。小鳥は羽根を動かさずに、俺へと戻ってくる。
……。

……。

やっぱり、弱い者いじめはやめとこ

ダイジョブ?

(小鳥はそのまま肩にとまる。青龍の気配がずしりと押してくる。……怯えていると感じる)

なぶり殺すつもりかい。

ツチカベ。私は帰るよ。……ふふ。お前は、こいつらから逃げだせるかね? あの小鳥から生き延びられるかね

パチッ

 
(あいつが指を鳴らす。忽然と消える……。結界をまとえたのか。

それより追いかけて四玉を取りかえさないと! ……どうやって?)

生き延びろだと? なにを言いやがる。

ヨロヨロ

俺はここで四回も春を迎えたんだぜ。……峻計さん、いずれ約束を果たしてもらうからな

ウー

こっちに来るな。隠れているつもりでも俺には分かる。

松本。瑞希ちゃんの前に護符をかかげろ

 子犬が中空に牙を向ける。
ああ。

(手負いの獣が、見えないあいつを獲物として追っている……。危ないな、あきらめたと見せかけたのかよ。……壊れた黒羽扇のため姿隠しは不完全なのかも。それでも川田しか見つけられない。あいつが慎重で救われた)

スイスイ

 俺は川田の頭上に浮かぶ。
あいつはどこにいるの? あいつになら本気でいけるかも

スイスイ

 桜井が横根の頭に飛び乗る。
野良犬、パニくるなよ。見えない壁があるんだよ。おもいきりジャンプしたら越えられるかもね。

カカッ

 ドーンが詰所の屋根で羽根を休めながらツチカベを笑う。
夏奈ちゃん、どういう状況なの? 思玲はどこにいるの? 怪我していたよね? だったら珊瑚の玉を返さないといけないよ
今は見たまんまの状況だし、思玲さんは意外に元気だし、珊瑚をゆずれて肩の荷がおりたみたいに言ってたけど……
 桜井が横根の肩に降りる。
なんで人に戻れたか知らないけど、瑞希ちゃんはいつまでもこっちにいないほうがいいような
囲んでいた結界を消したな。

ヒクヒク

あいつは逃げた。桜井。ツチカベも追いはらえ

んざけないでよ。瑞希ちゃんと話し中じゃない。それに、女子に命令しないでくれる? そういうことは和戸君に頼んでよ
俺?
ヘッ
 ドーンが翼をひろげる必要もなく、ツチカベは去っていく。雑談めいた俺達に攻撃の意思がないと気づいたらしく、あわてもしない。点滅信号に照らされながら、人を囲む異形の集団へと振り向く。
見えない妖怪が、もう一匹いるんだよな。そいつが群れのリーダーだろ?

……。

(ツチカベが裂けた口におぞましい笑みを浮かべる)
そいつと会える日が楽しみだな
ブルッ
どうしたの?
え、いや……

 野良犬は側道へと去る。俺達五人だけとなる。

 たしかにあいつは完全な力でなかったが、それでも俺達だけで峻計を追いはらった。





次回「頼るべきは」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色