四十一の三 一緒に飛ぶに決まっている!

文字数 3,598文字

遅くなりました
……。

 遠かりし朝にふさわしい存在がやってきた。老人さえも顔をゆがませる。

箱をよこせ

ぎゅっ
 俺は護符に怒りをこめる。
お前は傀儡の術も盗んだらしいな。

正装などまとって、しおらしいつもりか。鳳雛窩(ファンツゥウォ)を消しなさい

お会いするなり、たいそうなお言葉。私は見た術を我がものにできるだけ。

斯様なことよりも、そいつらだけは許せません

……。
(なにもない闇から、漆黒のチャイナドレスを着た、憎しみをまとった峻計が現れる)
連中を狩るのに追われ、封印された実体に気づかぬとは今生の不覚!
へ?
おっと
 あいつが黒羽扇を向けた先は、中空に浮かぶ朽ちかけたコウモリとフクロウだった。
ビュン!
 使い魔達は黒い光を残像のように避ける。
キキ、あんたとは初対面だろ? ずいぶんな言われ様だな
あの娘を人に戻したのが、そんなに許せないのか? ホホ
ロタマモとサキトガ。私の心のうわべを読んで満足したのか? 奥底では、今も貴様達への憎悪であふれているのにな
(峻計は使い魔達だけをにらむ。俺の存在は無視
貴様達には、あの頃の私など歯牙にもかけない存在だったろう。だが貴様達と、ゼ・カン・ユへの恨み。たとえこの星が滅びようが忘れぬ
お、おい。我らが主の名を呼ぶな。……お前、なにものだ?
(……やはりそうだったのか。峻計は、人が大カラスになったのではない。楊偉天により、異形が異形と化したのだ。

人をまとった正真正銘の魔物だ)

ふふ。サキトガ、ご自慢の念波もさびついたようね
 峻計がコウモリへと黒羽扇をかざす。
(タン)よ、運びなさい
え?
どこかで楊偉天の声がした。ここにいる楊偉天と別に……
ブオー
あっ……
……。
(扇はあいつの手もとから、吸われるように楊偉天へと飛んでいく)
峻計、ずいぶん昔になにがあったか知らぬが、まずは儂に従いなさい
(老人が手にした黒羽扇を気にいらなさそうに眺める)
今しがた人を殺めたな…
(……マジかよ。もう許せない!)
扇の力を戻すために先遣隊を二人ほど……
 峻計は口惜しそうに扇を見つめる。俺の存在など目に入っていない。
峻計!
 俺は駆けだし、護符を握る手をあいつへと向ける。
まだ話し中だ!
くそ
 楊偉天が黒羽扇を向ける。俺は灰色の光に吹っ飛ばされる。仰向けに地面に叩きつけられる。
斥候がいたのか? それを殺したと言うのか?

香港と上海、あのどちらかを完全に敵にしたと言うのか?

(俺にかまわず世間話かよ……。闇空を焔が対で舞っている。ドーンは見つけられない)
ホホ
キキ
 中空で使い魔達が目くばせを交わす。
立たなきゃダメ!
うん

(桜井にうながされ、俺は立ちあがる)

青龍さえいれば恐れるものはない。常々おっしゃっていたゆえに
 峻計が嫌味たらしく笑う。そして真顔になる。
冷静に考えれば、梟どもはじきに消え去る身。ならば、あらためてお伝えさせていただきます。


……そいつを生かしていただき救われました

……。

(ようやく峻計が俺へと目を向ける)

 目があうと怒りが破裂する。握りこぶしで突っこむ。
パチリ
 あいつが指を鳴らす。峻計の背後に手長が現れる。多足がビルの壁をつたわる。
サササ
ウングォ!
ゴクリ
…………。

(桜井が唾をのむ音がした。彼女の願望が伝わる……。俺はTシャツを抱えて、異形達に背中を向ける)

そいつらの役目を聞いてないのか? お前はまたも一羽で先走っているのか?

(楊偉天のあきれた声が聞こえる。

 こいつらにかまっていられない)


耐えて

うるさい!
うるさい!
(小鳥は服の中で暴れる)
『桜井夏奈よ。好物が目の前にあろうと乙女らしく恥じらいなさい』
(ロタマモの呼ぶ声が割りこむ)

『さきほどの清算をしよう。あの鴉は私が追いこむ』

キーキー喰わせろ!
(桜井は聞いていない。俺だけが呼ぶ声に耳を傾ける)
『サービスで教えてやる。王思玲達はいずれも生かされてはいる』
(サキトガの誘う声も続く)

『和戸駿が劉昇を呼んだ。じきにカウントダウンを始めるからな』


(……誘われるままに話を信じるなら、みんなは生きている)
フラフラ


ホホホ

(ふくろうが俺を見たあとに、ホホホと笑い声をあげる)
ムカデとサルが餌の件、その鴉は不知を演じるしかあるまい。罪をなすりつけるには、つじつまをあわす必要がある
……。
(ロタマモは止まりそうな羽ばたきをごまかしながら全員を見おろしている。なのに、その声は誰もを惹きつける)
老祖師、妖魔の声に耳を傾けぬように。

まずは私の話をお聞きください

梟よ。聞かせてみなさい
(老人はあいつの声に耳を向けない。ロタマモを見上げる)
キキ。ロタマモのさえずりをかよ。やめときな

『奴は楊偉天を倒した』

 サキトガはよろよろと笑いながら、 俺へと呼ぶ声をかける。

(奴って劉師傅のことか? 楊偉天は何人いるのだ)
『余計なことを考えるな。

 33.3秒から始めるぞ。31,30……』

(現実へと誘う声。

 勝手に秒読みを始めやがるが、なにをすればいいのだよ?

 サキトガと歩調を合わせるように、ロタマモが語りだす)

ホホホッ。この鴉には気にいらないものがいた。


嫉み、羨み…。人が持つべき感情を抱いた。……哲人君なら分かるかな?

…ワカル
喰わせ……
ふざけるな。私が琥珀に弱い感情を持つはずがない
琥珀?
あの子はどこだ
 老人の顔色が変わる。
……。
……。

ヨロ

ホホホ

ヨロ

(手長と多足は指示を待ち、あいつだけを見ている。峻計はロタマモをにらんでいる)

『お前まで聞きいるなよ。奴が来るんだぞ』
なにをすればいいの?
(落ちつきを取りもどした桜井が、俺だか使い魔に尋ねる。
 俺は宙に浮かぶやつれたコウモリに顔を向ける)

フラ

キキキ……

フラ

(ふらふらになりながら必死に羽ばたいていた)
『地にいるものは蹂躙される。かと言って、ジジイがいたら誰も逃げられない』
(俺だか桜井に告げる)
『達者でな。17,16……』

(……地を行く者は師傅にはかなわない。俺達も空に逃れないとならない!

 フェンスによじ登るか? 万が一を考えると低すぎる)

ホホホ、小鬼の居場所はあなたが手にする扇が知っているかな
クッ…
……。
(ロタマモは楊偉天の気をそらしている。俺は必死に跳躍する)


ジャンプ!

ピョン!
(……すごい。1メートル以上の垂直ジャンプだ。体はそのまま落ちる)
峻計。琥珀はどこだ
『11,10……』
プルプル、プルプル
(楊偉天の声とサキトガの誘う声が重なる。後ろポケットにさしたスマホが振動している。別の楊偉天からの着信かもしれないけど、それどころではない。

俺の中にある秘めた力に働きかけ、再度ジャンプする)

ピョン!
(……やはり宙に浮かべない。どうすればいい)

なにをしている

……。

……。

……!!!

(峻計が俺を見た。……顔色が変わり、俺達へと背を向ける。あいつも感づいた)
『5,4……』
峻計。逃げるつもりか?
(楊偉天の怒気がカウントダウンをかき消す。
 時間がない。桜井だけでも空に逃す――)
松本君!
 Tシャツに突っこんだ俺の手を桜井が握りかえす。俺を強く見つめる。
一緒に飛ぶに決まっている!
決まっている!
わあ!
 桜井の気がはちきれそうだ。俺は抱えていたコザクラインコに持ちあげられる。楊偉天達を見おろす。峻計は手長へと飛びかかる。
『1,0』
『マイナス1。キキキ』

 コウモリが消える……。



ひゅん、ひゅん、ひゅん



 妖術を切り裂きながら、上空から降りてくる。

ホホホ
 
梟。たばかったな
スタッ
老師

 楊偉天が杖をかかげる。その目前に劉師傅が着地する。

 剣を地面へと突き刺す。

 にび色の光が四方へと伝わる。光が地を這う雷となり爆発する。
昇め――
ひい……
 
……。
ニゲロ、ニゲロ
 宙に浮かぶ俺の真下も強烈な術で包まれる。木札が怯え、足もとがしびれる。
キキキ!
はあはあ……
(……桜井の息が荒い。俺を必死に持ちあげている。眼下は、にび色の火口のようだ)
ウング……
 
プシー、プシー
 巨大な手長が光のマグマにおぼれるように消えていく。壁には半分にちぎれた多足がなおも貼りつき、紫色の煙を吐きだしていた。
ドーンを苦しめた化け物め
はやく消して
 俺の意志を感じとった桜井が、俺を多足のもとへと運ぶ。俺は護符を握りしめた拳で、軽自動車ほどもある顔をぶん殴る。
やられろ!
ひゅ~
 
 大ムカデはおさまりつつある光の中に落ちる。護符の力と魔道士の術を浴び、もだえながら溶けていく。











…凄い

バサッ

(たしかに大姐に匹敵するが……)


キョキョキョ
……。
……。

 じきに光は消えた。

 地上には、剣を手にした劉師傅だけが立っていた。巻き添えで破壊された車がくすぶる。もはや楊偉天も手長も多足もいない。使い魔達もどこかへと消えた。……なおも地面を這いずるものがいた。

劉昇め……、哲人め……
(あいつだけがまだ存在する。アスファルトに爪をたて、必死に逃れようとしている。あいつのすらりとした脚は消えていた)
峻計、終わりだ

 劉師傅が鋼色の光を放つ。





次回「魂を二つ持つ四羽」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色