三十五の二 滅べ滅べ滅べ

文字数 2,639文字

 
 
(ノーサイドの笛が鳴ったかのように、人間達が崩れ落ちる。傀儡の術が解けた……)
 
もうやだ
 
(横根が女性ハイカーの隙間から滑るように這いでてくる。俺は体にからんだままの無数の手をのける。人間は全員気を失っている。思玲は自分が手にするお天宮さんの木札を見つめていた)
…………。
 俺を守るものが持つ破邪の護符。もしくは七葉扇と対になる護刀……。
クッ
(思玲が振り向く。見えないなにかを護符で受けとめる。竹林か?)
全員、この人達から離れろ! 巻き添えにするな
(思玲が叫ぶ。転がりながらも護符を両手で握る――
ズシン
計め
峻計!


(思玲である女の子は、黒色の螺旋を天宮の護符で受けとめる。でも数メートルも飛ばされる。そこへと林の奥から青白い光が伸びてくる)

ビュン

玲玲、ひさしぶりだな。

お前が子になろうと鬼になろうと驚けやしない。そんなお前を老師が待っている

思玲!


(遠くからの麗豪の声。術の鞭が思玲の首にからみ持ちあげる。俺はピラミッド状の人間達を踏みつけて向かう。……奥の人間を助けないと、圧死か窒息死するかも。それより思玲を助けないと)


!!!

 
ヌッ
わあ

(目のまえにくちばしが現れる。避けたけど、こめかみをえぐられる。痛くないから、おそらく平気だ)

うう……
 
ガクガクブルブル
もう傀儡はいないよ。戦わないとあなたが傀儡にされるよ
(横根の強い感情が伝わる。人でない彼女が、人の中からドロシーを引きずりだしていた。二人一緒に転がりおちる)
戦えないなら、私に扇を渡して!
ヤダヤダ。ワタシハツヨイ…
(ドロシーは頭を抱えて首を振る)
瑞希は逃げろ!

ギコギコ

ドサッ
ビュン
痛!
 思玲がまた叫ぶ。護符で鞭を切り裂き、数メートル上から落ちる。彼女が息をととのえる間もなく、術の鞭で叩かれる。少女のTシャツが裂かれる。

 静かなる声がした。

加減はしている。とは言っても生身には辛いだろ。

……祭凱志を殺したのはお前との噂がある。信じられぬがな

思玲!
わあ
シャー
邪魔だ!

(俺は思玲のもとに駆けようとしてつんのめる。足首を黒い術の蛇が巻いていた。目も鱗もない。舌だけが赤い。こんなのは手でつかみとる。手のひらが焼けただれたが痛くない)

効かないだと?
……。
あなたに術は使えない
そうだよ。私にはできない!

ペシッ

(横根がドロシーの頬を叩く)
分かっているなら戦――
ドサッ
(同時に横根が倒れる。思いだせた。峻計には短刀がある。海神の玉が効かない、しびれの術だ。気絶だけして、人もリュックも傷つかない)
……。
ビシッ

わあ

(俺も当てられた。なのに痛くない。目がくらむだけだから失神などしない。

……癒しを授かった俺は心臓がとまるまで戦える。だけど武器はなく、あいつらは誰も見えない)

麗豪様。真似させていただきます
わあわあ

(俺の首に黒色の鞭が絡みついてきた。持ちあげられる。苦しいはずなのに苦しくない。苦しくないうちに窒息死してしまう。気絶して拉致される。漆黒の鞭をはずそうともがく)

 
ヒッ
(横根はリュックを抱えて気を失っている。思玲は麗豪の鞭に弄ばれている。露泥無は音沙汰なし)
カカカ

わあ

(邪気なき笑い声。俺は鞭から手を離す。顔を覆う。竹林が虫をいじめるように俺の手をつつきまくる。首吊り状態なのに平気だ……)
“君に癒しを授ける”

ギュッ

(命の存続にかかわるほどに痛みが消えすぎだ。服越しであろうと癒しが加減されていない。

 苦しまぬ俺に不審に思ったのか、黒い鞭がさらにきつく巻きつく。

 助けを求めないと、いきなり死ぬぞ)

カカカ
ひい

ドロシー!

(肺に残った空気を吐きだす。手の隙間から彼女を見る)

…松本
 ドロシーは立ちあがっていた。
 
シュン
ペロッ
(七葉扇を手に上唇をなめる。俺へと向ける)
滅べ
 
 
 
(煤竹色の光が萌黄色を帯びて、扇から飛びでる)
でかすぎ、やめ……
け、結界フルパワー!
え? 溶けた?
え? え?
ズシン

(術の光線が鞭を引きちぎり、俺の体は飛ばされる。気絶した人達に衝突して密接した塊をくずす)

(口から血が飛びでたのに、どこも痛くない。右肩が痛くないのに動かない。左手でまだ圧迫されている人間を片手で引きずりだす。これで憂いが消えた)
滅べ、滅べ、滅べ!
きゃあ!
きゃあ……
(ドロシーが錯乱したように扇を振るう。そのたびに、地面に落ちた大カラスが術を浴びまくる。ステルス竹林を落としやがった)
……。
ペロッ
(彼女の手に銃が現れる。下唇を舌で舐める)
 

(今度は上空を掃射する。黒水晶が降り注ぐ。結界に密閉されていたのか。

 彼女の手から銃は消える。扇をかまえなおし、ドロシーはようやく俺を見る)

君を名前で呼びたい
は?
キャッ
 俺へと目を輝かせる彼女に黒い螺旋が直撃する。思玲が譲った緋色のサテンがはじく。漆黒の光は杉の木を二本折り消滅する。
ペロッ
 ドロシーは起きあがるなり唇を舐める。
滅べ
(林の奥にマーブルな光が飛んでいく)
おのれ……
ひい
(あいつの憎しみの声が聞こえ、黒い螺旋が飛んでくる。ドロシーが護布を盾にする。よろめきながらも跳ねかえす)

すげ

滅べ!

滅びろ!

ピクピク
(また扇を振るう。動かない竹林へも扇をかざす)
う~ん

 林に日の光は差しこまない。煤竹色の光だけだ。俺は元気なのに、横根へと身体を引きずる。

 心だけ絶好調だ。


 林から峻計があらわれる。

麗豪様。竹林を救出しますので援護を。

こいつが大鴉……
この娘には、むしろ結界を使わぬのがよさそうです

(峻計のタイトなスポーツウエアは黒と赤が基調だ。髪の毛をヘアバンドでアップにまとめている。その体のまわりを、黒羽扇が残像となり高速に巡っていた。

 もう一本を手に、動かない竹林を見おろす)

峻計……痛いよ……助けてよ……
もうすこし耐えな。あんたが消えたら、またも大鴉が一羽きりになってしまうからね
滅べ!
ふっ
死ね!
平気だ!

(ドロシーが発した光を、巡る黒羽扇が跳ねかえす。

 峻計が手にする扇を振るう。緋色のサテンが跳ねかえす。

 林のどこかでヒグラシが鳴いている。空は青い。俺は自分の体を動かすのが億劫になってきた。

 こいつらを撃退してドーン達と合流したら、大蔵司に妖術をかけてもらわないと。それまでは生きのびないと……)

昨夜お前と戦ったらしいが……残念ながら座敷わらしなど記憶に残っていない
(林の奥から張麗豪が現れた)


忘れてよかったな。お前をたっぷりと痛めつけてやった

だが記憶の矛盾というか混乱が激しい。


人であるお前が死ねばすっきりしそうだな



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