思玲の説明だけでは知る由もない。……羽根を持つ黒い悪魔そのもの。しかも人の言葉(台湾語?)を喋る。
(なんでこんなものと関わらねばならない)
ジリジリ
ジリジリニゲルナ
こっちに来い。逆らうなら八つ裂きだ。お前らなら三つ裂きまでだな。
穴熊に背後から攻撃されたくないから、俺はここを動かない。
いるのなら聞こえただろ? お前のひとつ覚えなどお見通しだ
(穴熊って思玲のことか? 結界にこもるからか? どうでもいい)
俺の意識の中で、全裸の横根がしがみつこうとして離れる。
とにかく俺はこのカラスと初対面だ。
はみ出た白い尻尾に気づき、見えない浴衣へ押しこむ。
お前は来なくていいんだよ。
死霊は立ちされ。爪とくちばしで消してやってもいいけどな
(野良猫の名前なんて知るはずがない)
……俺の名は松本哲人。お前の名は?
フン
気にいってはないけど、フサフサと呼ばれているね
(……この猫は若くはないな。パニックを起こして逃げださないし、百戦錬磨感が漂う)
フサフサ。俺はどう見える? 自分の姿が見えないんだ
ジロッ
シゲシゲ
男のガキの妖怪が、腹にでっかいものを隠しているとしか見えないね
(やはり服の中になにかあるのがバレバレみたいだ。そんな格好で流範のもとに向かったら、おもいきり怪しまれる。ごまかすために体育座りしよう)
横根が押されて俺にくっつく。爪で掻かれる。わざとじゃないしそれどころでは……。
はやく来い。今日は海まで飛ばされるなど散々だった。俺は気がたっているからな。
沖縄経由の長旅だった。手下どもが寝ているあいだに蹴りをつけてやる
フン
私は無関係だから行かせてもらうよ。呼ばれただけだからね
スタスタ
流範が翼をひろげる。フサフサの前に舞いおりる。地面を跳ね、間近にある石碑を背にする。
貴様だって化け猫みたいなものだ。思玲の使いかもしれない。四玉のありかを教えろ。そしたら帰っていいぜ
木箱か錆びた箱だ。そこに照りつける玉があったはずだ
すぐそばで見ると、なおさら圧倒される。背丈は小柄な女性ぐらいだが、肉体は大型犬三頭分ほどボリュームがある。くちばしは、粗削りされた漆塗りの丸太。しかも飛ぶ。
(こんなのから逃げられるとは思えない。……しかし、ここにいない思玲を警戒している。そこが突破口かも)
カラスはでかくなろうが光りものを集めたがるのだね。
私は知らないよ。そこの松本哲人って妖怪に聞いておくれ
……!
キジムナーじゃないかよ。北だと服装も変わるんだな。
俺は台湾のとある人に仕える大鴉だけど、一の子分も沖縄出身だ。カンナイって奴だ。知っているか?
(またキジムナーに間違えられた。話をあわしたほうがよさそうだ)
ううん
そりゃそうだろうな。……お前は思玲か劉昇の式神か?
カカカッ
聞いてみただけだ。お前達が、あんな荒っぽい人間に力を貸すはずないよな。
で、四玉の入った箱はどこだ? ここにあるのは分かっている
流範がフレンドリーだったのは一瞬だった。思いだしたように、ぐるりと警戒する。
体育座りのままうつむいて答える。みんなと別れてからそこそこ時間はたった。思玲は俺達を気づかいだしただろうか。……彼女は、俺達の行動に責任を持たないと言いきった。
キジムナーは悪戯をしても嘘はつかない。
だったら、そっちの婆さんが嘘をついている
流範が羽根を小さくひろげる。ひと跳びでフサフサのもとまで行く。
俺のくちばしは、でかくても器用だからな。目玉をえぐろうか? ひげを抜こうか?
流範は誰もいない地面に口上を述べる。フサフサは流範が跳ねる直前に逃げだした。
なにが婆さんだい。ここでお化けカラスにでかい口を叩いてもらいたくないね
このマチにはミツアシがいるよ。ノリトウの使い手だ。朝になる前に逃げかえりな
(別の場所に移動しながら罵っている。ミツアシだのなんだの言っているが、野良猫の知り合いが大カラスに勝るとは思えない)
キョロキョロ
なにがいようと、俺には関係ないんだよ。
キョロキョロ
俺の仲間が二羽もやられた。思玲って奴はそいつの舎弟だ。四玉を取りかえすだけでは許せない
フサフサは尾羽根にはじかれ玉砂利の上を四回転する。
流範は翼をひろげずに跳ねて、鋭く大きな爪をフサフサの上に乗せる。
この年まで残せたんだ。目とひげだけは勘弁しておくれ
(この野良猫は平気で嘘をつく。だけど、それはおそらくばれる)
あの人間は木箱を持てない。触れると奴のすべてが消える
ま、待っておくれ。……キムジナーだかの腹を見てごらん。あいつがなにかを隠している
マジ?(野良猫め、今度は俺を売りやがった。つまり横根も)