八の一 境内の異形と野良猫

文字数 2,155文字

ジロジロ
 思玲の説明だけでは知る由もない。……羽根を持つ黒い悪魔そのもの。しかも人の言葉(台湾語?)を喋る。
(なんでこんなものと関わらねばならない)

ジリジリ

ソノウシロヘ、ジリジリ
クソ、サラニウシロヘ、ジリジリ
ジリジリニゲルナ

こっちに来い。逆らうなら八つ裂きだ。お前らなら三つ裂きまでだな。

穴熊に背後から攻撃されたくないから、俺はここを動かない。


いるのなら聞こえただろ? お前のひとつ覚えなどお見通しだ

(穴熊って思玲のことか? 結界にこもるからか? どうでもいい)

『さっきの大カラス? キャッ』

オオ

 俺の意識の中で、全裸の横根がしがみつこうとして離れる。

 とにかく俺はこのカラスと初対面だ。

ナニモナカッタヨウニ横根、静かに
 はみ出た白い尻尾に気づき、見えない浴衣へ押しこむ。

お前は来なくていいんだよ。

死霊は立ちされ。爪とくちばしで消してやってもいいけどな

 
 

(……怨霊が素直に従う存在か)


おい猫

ジロ

妖怪変化め、名前で呼べ

プイ

(野良猫の名前なんて知るはずがない)


……俺の名は松本哲人。お前の名は?

フン

気にいってはないけど、フサフサと呼ばれているね
(……この猫は若くはないな。パニックを起こして逃げださないし、百戦錬磨感が漂う)


フサフサ。俺はどう見える? 自分の姿が見えないんだ

ジロッ

シゲシゲ


男のガキの妖怪が、腹にでっかいものを隠しているとしか見えないね

(やはり服の中になにかあるのがバレバレみたいだ。そんな格好で流範のもとに向かったら、おもいきり怪しまれる。ごまかすために体育座りしよう)
キャア

フギー、バリバリ

 横根が押されて俺にくっつく。爪で掻かれる。わざとじゃないしそれどころでは……。

はやく来い。今日は海まで飛ばされるなど散々だった。俺は気がたっているからな。

沖縄経由の長旅だった。手下どもが寝ているあいだに蹴りをつけてやる

フン

私は無関係だから行かせてもらうよ。呼ばれただけだからね

スタスタ

待て
 流範が翼をひろげる。フサフサの前に舞いおりる。地面を跳ね、間近にある石碑を背にする。
貴様だって化け猫みたいなものだ。思玲の使いかもしれない。四玉のありかを教えろ。そしたら帰っていいぜ
そりゃなんだい?
木箱か錆びた箱だ。そこに照りつける玉があったはずだ
 すぐそばで見ると、なおさら圧倒される。背丈は小柄な女性ぐらいだが、肉体は大型犬三頭分ほどボリュームがある。くちばしは、粗削りされた漆塗りの丸太。しかも飛ぶ。
(こんなのから逃げられるとは思えない。……しかし、ここにいない思玲を警戒している。そこが突破口かも)

カラスはでかくなろうが光りものを集めたがるのだね。

私は知らないよ。そこの松本哲人って妖怪に聞いておくれ

(俺に振るな。……流範が目を向けたじゃないか)
……!

キジムナーじゃないかよ。北だと服装も変わるんだな。

俺は台湾のとある人に仕える大鴉だけど、一の子分も沖縄出身だ。カンナイって奴だ。知っているか?

(またキジムナーに間違えられた。話をあわしたほうがよさそうだ)


ううん

そりゃそうだろうな。……お前は思玲か劉昇の式神か?

違う(そんなはずねーだろ)

カカカッ

聞いてみただけだ。お前達が、あんな荒っぽい人間に力を貸すはずないよな。


で、四玉の入った箱はどこだ? ここにあるのは分かっている

 流範がフレンドリーだったのは一瞬だった。思いだしたように、ぐるりと警戒する。
知らない
 体育座りのままうつむいて答える。みんなと別れてからそこそこ時間はたった。思玲は俺達を気づかいだしただろうか。……彼女は、俺達の行動に責任を持たないと言いきった。

キジムナーは悪戯をしても嘘はつかない。


だったら、そっちの婆さんが嘘をついている

 流範が羽根を小さくひろげる。ひと跳びでフサフサのもとまで行く。
俺のくちばしは、でかくても器用だからな。目玉をえぐろうか? ひげを抜こうか?
……。
 流範は誰もいない地面に口上を述べる。フサフサは流範が跳ねる直前に逃げだした。
なにが婆さんだい。ここでお化けカラスにでかい口を叩いてもらいたくないね
(生け垣の中からフサフサの声がする)
このマチにはミツアシがいるよ。ノリトウの使い手だ。朝になる前に逃げかえりな
(別の場所に移動しながら罵っている。ミツアシだのなんだの言っているが、野良猫の知り合いが大カラスに勝るとは思えない)

キョロキョロ

なにがいようと、俺には関係ないんだよ。

キョロキョロ

俺の仲間が二羽もやられた。思玲って奴はそいつの舎弟だ。四玉を取りかえすだけでは許せない

(俺達は抗争の巻き添えかよ)

アッ

ソーット
そこか
フギャー
 フサフサは尾羽根にはじかれ玉砂利の上を四回転する。
 流範は翼をひろげずに跳ねて、鋭く大きな爪をフサフサの上に乗せる。
この年まで残せたんだ。目とひげだけは勘弁しておくれ
知っていることをすぐに言え
あの玉は思玲が持って逃げたよ。ここにはない
(この野良猫は平気で嘘をつく。だけど、それはおそらくばれる)
あの人間は木箱を持てない。触れると奴のすべてが消える
 流範がくちばしを振りかざす。
ま、待っておくれ。……キムジナーだかの腹を見てごらん。あいつがなにかを隠している
マジ?(野良猫め、今度は俺を売りやがった。つまり横根も)



次回「腹の内は見せないように」

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