三十四の二 松本哲人と四人の姑娘

文字数 2,669文字

サキトガが現れたって!
……僕は何人にも咎められない。僕は標高四千メートル級に住んでいた。氷点下こそ快適だし、長雨も耐えられる。しかし、この国の夏は耐えられない。とくに盆地の底の下品な暑さはゆるせない。午前中にヨタカで飛んだけど――
ハラペコは連中を探してきてくれ
(思玲は露泥無の話などろくに聞かない)
いやなら琥珀を差し向ける
…ナンテヤツダ
ドロドロ
キョキョキョ

バタバタ

(寝起きのヨタカがよろよろと飛んでいく。ドロシーが術の明かりを消す)
あの小鬼はそんなに強いの?

奴は小さくても鬼だぞ。

ゼーゼー

食い物は上品だがな。

弱小な新月系を狩り、その魂をすする。飛び蛇とか貉とか。座敷わらしもか

(上品ではない。電車で言っていたように糞はでないだろうけど。

 それより横根に教えておかないと)


川田が行方不明になった。危険だけど、一緒に探しにいこう

え?
 ぽつぽつと空から滴が落ちてきた。
……私は猫になってもいいよ
え?

(たしかに異形の白猫になれば素早いし六感も抜きでる。でも、たとえ魂が半分でなくても……。雨足がゴール直後の歓声のように強まっていく。小鳥達が林の中へ雨宿りに飛びこんでくる)

もう誰も異形になどさせない

(俺以外は。林の外は大雨だろう。樹木達が頼りない傘になっている)

松本。私がなってもいい

はあ?

(それでも濡れそぼったドロシーが妖艶に見える)
君を信じているから。それに、異形になるのは子どもの頃の夢だった。へへへ
…ヤバイヒト?
その手もあるか

そうなんだ

(思玲が顔にかかった雨水をぬぐい、腕を組む)
だ、駄目だよ。

あの箱には魔道士への罠がある

(彼女だけは雨に濡れない。雷は遠ざかっている。おそらく嵐にはならない。

 思玲が野球帽のつばを後ろにする)

大丈夫だとは思うが……、そういうことにしておこう。

このままの四人で行く。フーフー

 場違いな鳴き声がした。
この雨で飛んだら逆に怪しまれる

わあ

(ヨタカが戻ってきた。溶けて、ずぶ濡れな女の子に変げする)
土壁が道を歩いていた。その上で、竹林が結界をはずした。おそらくは土壁を誰かのもとへ誘導している。

だとすると、ケビン達もあの林にいる

(あの野良犬も生きていた。峻計もいるだろうか?

 思玲が天珠をだす。耳にあてる)

でたということは、まだ無事だな。捜索をやめて樹上にひそめ。竹林がいる
(式神に指示すると、俺を見る)
策はあるか?

いや

(あるはずない。二人を探しに行くだけだ)
最善の策がある。

誰も戻って来なかろうが、ここで待つ。ほかは愚策だ

スルー

松本、行こう

ああ

(露泥無の案を誰も聞き入れない。ステルス偵察機が上空を飛んでいる。それでも俺達は傘もないまま土砂降りの境内へでる)

ドテ

ビシャッ

(水たまりへと、思玲が倒れる)
しょせんは子どもだからね。無理が続けば熱だってでるだろう
(露泥無はクールだ)
しかし39度7分は高熱のたぐいだ。

彼女は導きを果たした。もはや不要かも知れない。彼女が死んだら箱は軽くなるかもしれないしね

(手水舎で雨宿りしながら、俺は聞こえない振りをする。このムジナにだけは、黙れこの野郎舌を抜いてやろうか、などと言えない)
だ、黙っていてよ
(代わりに横根がにらむ)
さもないと――
……。
ドロドロ
……。
わあ

(露泥無が究極体に化す。日本語を喋りだす)

甘えているから激情する。僕は横根タイプが張麗豪よりも嫌いだ。

教えておく。松本にいまの記憶が消えて平凡な学生に戻ろうと、お前には目を向けない。

惹かれるのは桜井夏奈。もしくは二度と会うことないドロシー。横根は人の姿の僕以下だ

……。
……。
ドロシーは人相手では使い物にならない。僕が迎えにいく
(呆気にとられて、俺はなにも言えない。中年女性である露泥無が水たまりを避けながら境内を歩く)
無理しちゃ駄目よ
心配無用です
あなたも説得したら?
ひい、話しかけないで。息を向けないで
……。
(本堂から、心配そうなお寺の奥さんを押しのけて少女が現れた。外で待っていたドロシーがビニール傘をかける。横根は俺の横でうつむくだけだ)
……。
横根は甘えていない


(そんな言葉しかかけられない。横根こそ大好きだ。事実なのに言えない。なおさら夏奈が離れそうだから。

 俺は杓子で口をゆすぐ。吐きだした水は真っ赤だ。だけど体は絶好調。うずくほどだ。

 横根も水鉢から手ですくう)

ドロシーは強いし優しいし、高校生に見えないね。

私はついていくだけだね。でも一緒に行くよ

(横根は水で顔を洗おうとしてはじかれる。あの屋上からこびりついたままの汚れがとれない。目もとの涙も流されない。透けた彼女越しに水鉢が見える)
 ドロシー達がやってきて、手水舎で傘をたたむ。
思玲には癒しは届かなかった

ボソリ

(俺へとぼそりと言う。大声だけど
十二分に届いた。礼は言わぬがな

(少女はいじらしいほどに背筋を伸ばして言う。

 修羅場での付き合いだけは深いから、嘘だと分かる。雨は小降りになっていく。思玲はリタイヤさせるべきだ。どうせ彼女は聞かない)

いい人じゃないか。なのに顔もあわさず
(戻ってきた露泥無が、ドロシーに蔑みの目を向ける)
……。
お孫さんの服を貸してくれた。車もだしてくれるらしい
(思玲は男の子向けのTシャツと短パンに着替えていた。……注意力が落ちている。でも戦いの場に行けば、たぶん復活するかも。血だけがうずいている)
人は関わらせない。二組に分かれよう。私と動くのは――
(それこそ愚策と勉強済だ)

かたまって進む

 きっぱりと拒否する。いまの五人は、小学校の踊り場にいた六人より弱い。敵ははるかに強い。

人は関わらせないが、好意を踏みにじろう。


車を奪うべきだ。記憶消しの妖術は香港だと合法だよな?

はあ?

(ドロシーが目をそらす)

私には使えない。

四月に茶会メンバーの(パイ)さんが、俺で試してみろと言ってくれた。そしたら、普通の記憶まで三週間消えた

(……昨日俺にかけようとしたよな)

ならば理由をこじつけて、町ではなく山まで五人乗せてもらおう。

キッパリ

そういうのは松本が得意だよな。一緒に来てくれ

テクテク

(露泥無が母屋へと歩いていく。仕方なく追いついた俺を傘に入れて、露泥無が言う)

僕はボランティアで動いているわけではない。……ロタマモを退治したのはありがたいが、僕は失態を続けている。もう松本から離れられない。



台湾、香港、日本の姑娘(クーニャン)達。次に死ぬのは三人の誰かだろう。ここに残ったとしても、遅かれ早かれの違いだろうけどね

(こいつをなぐりたくなる。殺されない俺が三人を守るだけだ)



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