六の三 人に戻してください
文字数 2,798文字
水を張った桶をフサフサに運んでもらい、二人で墓地へと進む。
チェーンソーの音が山あいと山麓から聞こえて合奏のようだ。
(お婆ちゃんは病気になってから、俺の試合を一度見に来たな。毛糸の帽子をかぶっていたな。チームも負けちゃったな。
祖母の墓は掃除されていて、萎びてはいたが花もいけてあった。お盆に親戚が墓参りするまえに母が来たのかも。柄杓は持てたので、ふわりと浮かんで墓石の上から水をかける)
俺は無意識にシャツの中に手を入れる。なにもあるはずがない。
フサフサが嫌味な笑いを浮かべ、俺を抱えたまま手水舎に向かう――。
フサフサに抱えられながら、思玲がおばさんをにらむ。手水舎の段ボールから子犬の欠伸が聞こえる。
フサフサが俺と思玲を地面に落とす。
思玲が腰をさすりながら立ちあがる。
空に散ったカラス達が戻ってくる。俺と思玲しかいない寺へ向かってくる。
本堂や鐘楼の屋根、山門や庭木へと俺達を囲むようにとまる。
俺が叫び、思玲が立ちどまる。
俺は彼女の手をほどき、彼女の頭上へと浮かびあがる。
第一波が来た。ずぶといくちばしを、俺はひらりと避ける。水平に飛んできたカラスも、またいでかわす。
思玲が赤色のポシェットから扇を取りだす。円状にひろげたそれを空へと振りかざし、あきらめ顔を俺に向ける。
舌打ちを残し、少女は林へと走りだす。めでるように、異形のカラスがあとをついていく。俺も追う。
女の子が林に消える。
俺は異界の声を口にだし、包まれた箱の上に着地する。これがないと、俺もドーンも人に戻れない。
夕暮れ近い山あいの空を、カラス達があざけるように舞う。
次回「異形な烏合」