三十四の一 躾けあう二人

文字数 2,456文字

4.1-tune
ガラッ

和戸ぐらいうるさい鴉だったな。おかげで目が覚めた

(思玲が戸を開ける)
三分もオーバーしたのだから、接吻しただろうな
……。

(女の子は俺のスマホで時間を確認していた。裸足でとびだして奪いとる。弟に電話する)

『電話たりいからSNSにして』
ムカ金札は?
『はあ? ここにあるし』
しっかり勉強しろ
(うけ狙いで持っていったらしい。電話を切る)

ポチッポチッ

(母親からは五分前に阿波踊りの画像が送られていた。

 もう家族を心配しない。お天狗さんを信じる)

ジー
(四玉の箱を包みなおし、あらためて靴を履く。護符を手にする。胸の痛みは消えた。血痰も……、まだでる。空では暗い雲と荒れた風が共演しだした)

二人に教えておく。

ヒョイ

お爺ちゃんの一番新しい式神が日本へ向かっている。大鷲の風軍(ファンジン)

まだ幼いし大燕ほど速くもスタミナもないけど、主を乗せて飛べる。私も乗せるように手なずけられている。夜半には到着すると思う

それに乗って逃げかえるのか?


ほかに誰が来る? 猛禽どもは一羽で未知の場所へ飛べないだろう

誰も来ない。

お爺ちゃんといえども、お茶会の議決を待たねば動けない。代わりに琥珀に印をつけた。風軍は猛禽だから、かすかな印を追える

(ドロシーが嫌味に笑いかえす)
あなた達の滞納金を立て替えたうえに、琥珀を解放した理由が分かった?
…チッ
(琥珀を追えば思玲にたどり着くよな。そしてドロシーに)
風軍の到着を待って、まずは雅を倒す。ちなみに、あなた達もあの子に乗れる

(ドロシーが顔をそらす。

 俺も思玲も半分は忌みすべき世界の住人だからな。……ドロシーの心と同じように)

私は乗らぬからな。

哲人、天珠をよこせ。面汚しの式神に連絡する

(思玲がドロシーの背をにらみ、手を突きだしてくる)
……分かった。私も合流する。無理せずに探せ

チッ

(思玲は舌を打ち、天珠をポーチにしまう)
馬鹿犬がはぐれやがった。異形の気配を追ったらしい。

哲人行くぞ。ドロシーは瑞希と一緒に露泥無に隠してもらえ

“松本”
“哲人”
“ふふ”

(目の奥に峻計の顔が浮かんだ。人であった川田とドーンの顔も――。

 なんで気なんか失っていた)

ケビンを見つけないとならない。だから私が松本と行く。お嬢ちゃんこそ隠れていて

ニギッ

(ドロシーが俺の手を握る。……俺だけがターゲットであるはずなかった。あの二人を、奴らが許せぬ裏切り者と行動させていた)
“裏切り者です”
二度と子ども扱いするな。……それとな
(思玲がポーチに手を入れながら、俺達に詰め寄る)
おのれの術に囚われたか?

哲人の手に触れるな。こいつには心に決めた者がいる。まどわすな!

ペシッ

いてっ

(閉じた扇で俺達の手を叩く。こんなことをしている場合じゃない)

キッ
(なのに、ドロシーの左手に指揮棒が現れる)
たのしい娘だな。

どうせ手に隠すならば、せめて鉄砲にしろ

 ドロシーが俺の手をはらう。
……。
ギョッ
(その右手にMP5が現れる。思玲がぎょっとする)

フッ

王姐、あなたにはやさしさがない。

昨夜、あの社で私への恥ずべき行いはゆるす。でも、結界の中で私達を散々馬鹿にしたよね。シノは傷ついていたのに

(ドロシーが指揮棒を思玲の鼻に向ける)
彼女がとめなければ、私はあなたを棒で躾けていた
……。

(思玲の手もとで七葉扇が円状にひろがった……。

 ふざけるなよ、と怒鳴りたい)

俺だけで探しにいく

(二人に背を向けるだけにする)

露泥無の闇はサキトガにばれている。見つけるまでは横根を守っていて――

(この二人にそんな筋合いはない。俺こそ自分の都合だ)

やっぱり横根と行く

スタスタ

待て

ゼーゼー

待って
(裏の林に向かう。思玲達はついてくる。秩父方面から雷が聞こえる)
癒しの術のせいなんかじゃない。だったから、癒しができたんだ

(ドロシーが横に並ぶ。唇を噛んでいる。

 彼女を弱く感じる。峻計達が現れない。俺のもとにこそ現れるはずなのに)

露泥無!

(上海の式神を呼ぶ。林の底のどこにいるかなんて分からない)

この娘と香港で手合わせしたことがある

ゼーゼー

(思玲は大人の早足を走って追う)
台湾に帰る日にせがまれてな。

演武ですら加減できぬと知らなかったから、白露扇を貸してやった。私は素手であしらう予定だった

ゼーゼー

(俺達を追い越す)

古い話を持ちださないで。


扇を持たしてくれたのは、あなたが初めてだった。でも、あんな難しい扇をなに食わぬ顔で渡すなんて……。

私は教舎を崩壊させて、九人も怪我させた。三か月、部屋で泣いて過ごした。


あなたは昔からひとでなしだった。へへ、子どもになろうがね

ピタ
(思玲が立ちどまり振りかえる)

悪気はなかった。ゆえに私も貴様もゆるされた。だが謝る。

フーフー

謝るから、私をガキ扱いしないでくれ。私の心は、あの時の王思玲よりも時を経ている。悲しみも苦しみも

(思玲は頭をさげない。風は林の奥に届かない。遠くで音をたてているだけだ。

 少女が額の汗を手でぬぐう。)

どうせ哲人も、私などヒマワリ畑にまぎれこんだネコジャラシと思っているだろ。味噌っかすだとな。

ゼーゼー

しかし違和な気配がする。このあたりだろ

“ネコジャラシです”

(琥珀は、思玲が少女から人生をやり直せばと言った。彼女の人生を知らない俺は、なにも言えないけど。

悪いが、今は彼女も守られる立場だ。だから思玲も連れていく。あの思玲に戻るまでは)

ペロッ
わあ

(いきなり機銃が掃射される)

上海起きろ。

(明るくなった林の底へと、黒紅色が乱れ飛ぶ)
な、な、なんだ
(露泥無の声がした。苔むした岩から、華奢な女の子が浮かびあがる)
一気に目が覚めた……。完全なる闇でなければ、ひどい目にあうところだった
キョトン
(その足元で、横根がきょとんと岩に腰かけている)
ハラペコ、その姿こそ危険だ。今のは人除けの術を固めたものだ。

そんなことができるのか? こんなことに、どれだけ鍛錬した?

……。
人だけをターゲットにする。えぐすぎるな

ニヤリ

(思玲がドロシーを見上げる。にやりと笑う)



次回「松本哲人と四人の姑娘」

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