四十四の三 人だろうが何だろうが

文字数 1,956文字

(スマホを握り、ドロシーの父親のシャツを着ていた。血みどろだ。洗って返さないと……。

 ……。

 ……。

 そんなことより俺は人だ。もはや宙に浮かべない。四玉も横根も腹に隠せない。記憶とドロシーに術をぶつけられた痛みだけが残っている。まだ青龍の光も残ってくれているけど)

ハハハ、そのすかした人間さんは楊爺さんよりやるじゃねえか
(土壁も声だけだ。闇のどこにいる? 怯えるな、俺)
松本君、早く助けてあげて!
(横根の声も聞こえる。俺は手もとを見る。独鈷杵も緋色のサテンもある)
わ、分かった

(……俺はまだ戦える。血にむせる生身の人間だろうと)

『キキキ、戦えねーよ』

だよね

(サキトガが空からキキキと笑う)
『やり直しで、お前がただの人間になるまで28秒。

 記憶も消えたお前が獣人どもに震えながら囚われるまで38秒。

 横根がただの人に戻るのが58秒後だ』

蝙蝠、用事が済んだら私が殺すよ。

梟を倒してくれたけど、焔暁達の仇だもん

(竹林の声。こいつを見つけられるはずない。


 パンツのポケットが重たい。右ポケットには、鷹笛と陳大姐から借りた横笛。左ポケットからはお天宮さんの木札がはみ出ている)

いまさら(ひる)まないでよ
 闇のなかに横根の白い毛並みがぼんやり浮かぶ。俺へと駆けだそうとしている。
受けとれ!
 俺が投げた天宮の護符を、白猫は跳ねて口でキャッチする。
切り裂け
うん
(横根と護符に命じる。天宮の護符が純白に輝いた)
『10,9……。またずれやがった』
(サキトガがカウントダウンをやめる)
えい!
バーン!
(白猫が結界に飛びかかり、跳ねかえされる。獣人の持つ松明がかすかに照らす)
 天宮の護符は空間に突き刺さっていた。
(亀裂が走る――)
この野郎ども!
(まず迦楼羅が飛びでてきた。疾風のように飛び、俺の背後に向かう)
ずっと見せられていたぜ。藤川匠、勝負しろ!
…フッ
わ、和戸―ン君無理しないで!
(横根が叫ぶけど、無理してくれ。俺の背後を守れ)
く、苦しい
え?
ま、松本、た、助け
(隻眼の狼は増殖する結界に首を挟まれていた。

 助けにいかないと)

火焔嶽!
パン!!!
ひいい

(なのに目のまえで紫色が破裂する。煙が漂い、そばにいた獣人がふたつ倒れる。……逃げないと。

 なのに空に浮かべない。俺は紫色に包まれる)

愚か者!
(老人の声。朱色の光が飛んでくる)
……野良犬め

土壁、もはや貴様を許さない

うっ、

……同じ群れなのに

(楊偉天の術が毒を霧散させる。でも手遅れだ。人である俺は仰向けに倒れる。陽炎の向こうの空だけが見える)
 空が怒っている……。





















「松本君、光が寄っているんだよ!」


(横根の絶叫)
左手を空に!
左手を空に!
え?
夏奈……。

(俺は天へと手を伸ばす。その指先に、ぼろぼろの透明無垢な光が触れる)

 か弱い妖怪変化の光が、もう一度俺のなかに入ってくれた。
川田……
 俺は立ちあがる。外見は変わらない。ドロシーの父の服を着た俺だ。
川田!
 でも闇がはっきりと見える。あばら家を燃やす炎がひときわ明るく感じる。再び俺は人に戻るなり死にそうな、失った目も復活した人間くずれだ。
松本……
川田!!!
 
 もはや空に浮かべない俺は地面をかける。木霊が闇空に怯えている。
もはや俺の仲間は一人だけだ
ちっ
おっと
(川田へと五叉槍を向ける土壁へ独鈷杵を投げる。野良犬だった魔物は感づき避ける。俺はかまわず結界へ向かう)
川田!

(手に戻った法具で裂き、狼の巨体を引きずりだす)

……。
もう大丈夫だよ

(ぐったりした狼が片目を開ける。俺を見つめる)

わあ

(狼が空を見つめ跳躍する。中空を噛み砕く)

ひっ
貴様の匂いは覚えたんだよ
 着地した狼が毒づく。
ピクピク…

(地面には、結界ごと砕かれた大カラスが転がっていた。

 溶けていく竹林へと、狼はとどめに向かおうとして、)

か、川田君だめだよ。そいつを消してはだめ
ピタ

(白猫に押しとめられる。十字羯磨により高まった白猫の勘か?)


いやいや倒すべきだって。

スルー
(俺の感は訴えるけど、川田は横根に従う)
さすが川田君
ヒョイ

(白猫は狼の背に飛び乗る)


!?

くそう、俺だと無理だ。

哲人、頼む

(ドーンの声に目を向ける。闇に刺さったままの護符を抜こうとしていた)


!?

お前だけは守ってやらねーとな
(目を戻すと、土壁が竹林を守ってしまった。峻計に忠実な犬め。だったら俺達は迦楼羅のもとに走る)

タタッ

……。
ドーンはこっち

……カカカ

 右ポケットから横笛を取りだす。受けとった迦楼羅がカカカと笑う。俺は天宮の護符をたやすく引き抜く。

川田はこれ

 狼へと手渡そうとする。


 手負いの獣が俺を見あげる。

パク

しつこい奴らだ。川田ってことにしてやる

俺はリクトじゃない
ゾワッ
(狼にくわえられた木札が黒く輝く)
……邪魔だな。俺は牙だけでいい

ペッ

(吐きだしやがる)



次回「剣の所有者 鏡の所有者」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色