八の三 さすがに無理

文字数 1,942文字

ブンブン
ヒッ
ドロシー、龍はいずこだ?
(思玲が意に介せずに彼女をにらむ)
教えない
白猫であった人の噂、聞いたことはあるか?
知っていても教えるか!
カカッ。俺達が聞いてもいいんだぜ
……おい
手負いの獣と猫女。まずはどっちを選ぶ?

あきらめろよ

(ドーンまでなにを言ってやがる)
“有り金勝負するんだよ”
 とか
“あの白人笑いやがったぜ”
(とか、こいつもたしかに荒っぽい一面はあったけど、こんな残忍な言葉を口にださなかった。むしろ真逆の男だった。異形に堕ちたからかよ)
頼みたいこともある
……。
(思玲がドーンを制すように片手をあげる)
琥珀を解放してくれ
あの子をあなたになど二度と会わせない
私の式神だ
だから?

私を食い殺せばいい。魔道団は仲間の復讐を必ず成し遂げる

(ドロシーは泣いていた。もう我慢できない)
話をあわせろって
(俺の感情にドーンが感づく)
ブドウ畑で化け物が主を待っていた。俺達を襲う命令をだ。

それに、あいつが来るかも。はやく逃げださないと

“ふふふ”
ブルッ

(あいつとは峻計のこと。俺の生存本能が気づく)

復讐か。たしかに、そのために生きる者こそ怖い

ハハハ

……。
ならば仲間のもとに逃げかえれ。


フサフサ、その娘の背荷物を頂戴しろ。それ以上腕をひねらぬようにな

ふん。指図ばかりで気にいらないけど、ここも従ってやるよ
サッ

ポイ

ドサッ

ウウ…

(フサフサが片手ずつ放して、ドロシーが背にしたリュックを器用に奪いとる。ドロシーは地面に落ちる。そのままうずくまる)
カカッ、はやく立ち去りな

ボソッ立ち去ってくれよ

まだだ
(思玲は気絶したリクトを盾のように抱えていた)
その異形についた印を消してからだ
(俺の頬を顎でしめす)
……。
 ……すでに暗闇だ。虫しか鳴いていない。なのに、ドロシーが地面に手をつき立ちあがるのがはっきりと見える。彼女が俺を見つめる。
……。
はやくしろ
ヒック、ヒック…
(思玲がタクト棒の提灯をドロシーにかざす。悔し涙がとめどなく流れていた)
その式神が、印を消したと言っていた。貴様は昼間の人間だ
(彼女は俺をにらむ)
貴様だけは、異形でなく人間として扱ってやる
(呪いのようににらむ)
当然だ。こいつらは人だ。

ここに式神などいない

ふん。私は猫だけどね。

私はマチ育ちだから、こんなところにいたくないのだよ。はやくしておくれ

ブンブン

 フサフサが鼻を鳴らす。鎖を振りまわす。
……。
(ドロシーが俺のもとまでやってくる。涙が闇にまぎれてくれない。ドーンが肩から飛びたつ)
私をだましたな。ここにおびきだしたな
 
(そう言って、ドロシーは俺の頬にくちづけする)
(彼女の温かい唇が離れ、印が消え去ったと感じる)
愚かだな。貴様の印がみなを集めただけだ
(女の子がとどめのように笑う)
感謝はしているぞ。夜道だ。気をつけて帰るがいい
……。

 思玲が提灯を踏みにじる。完全な闇のなか、なにも持たぬドロシーが俺をにらむ。最後に少女の陰影をにらみ、真っ暗な林道を去っていく。曲がり道で見えなくなる。


はやく消えろよ
 ドーンが見届けるために飛ぶ。漆黒の闇空にカラスがまぎれる。






哲人、スマホを……、いや私が取りだす
(思玲がリュックを拾い、意を決したように外ポケットに手を突っこむ。安堵の顔を見せる)
ドロシーは木霊を怒らせたようだな。電波をゆがめられた。つまり、これはここでは役立たずではあるがな

ポイッ

(スマホを握る女の子の顔はゆがんでなどいない。それを道に投げる)
フサフサ、スマホを念入りにぶっ壊し残骸を藪に捨てろ。哲人はリュックを背負え
ふん
(女の子が指図を始める)
ウ~
リクトに鎖をつけろ。念入りに蹴っ飛ばしてからな。抱えるのはフサフサだ……。

箱は?

リュックの中
……そうか
(複雑な顔をする。

 俺は蹴っ飛ばさずに、若い柴犬を鎖につなげる。鉄塊だ。ずしりと重い)

(リュックを受けとる。ふわりと背負えた。……背中の傷にこすれて痛い)
バサバサ
(ドーンがばさりと頭上にとまる。首も痛くなる)
魔道士のカバンは術のかたまりだ。絶対に手を入れるな。

では早々に立ち去るぞ。森を避け人も避けて、お天狗さんを目ざす。なんとしても土着の札を手に入れる

……ドーン降りて
だが、ちょっとだけ休ませてくれ

ドサッ

 思玲は真っ暗な林道に大の字にあおむけになる。
(ドロシーを行かせてはいけないけど、この子を見限られるはずはない。

 林から覗く空はかすんだ星だけだ。月の光も届かない。そもそも月など……)

バサッ
 ドーンがリュックの上に乗りなおす。
ご本尊に行かなくていいのかよ

もういいや


フサフサ、思玲をおんぶしてやってよ

ふん

……。

(それでもご神体のある森を見あげる)

(お天宮さんは白けていた。

 俺達はまるで悪の一味だ。こんな展開を認めるはずない。だから護符をあきらめる)



次回「触れ合っていた二人」

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