二十七の一 火灯し頃
文字数 2,763文字
思玲へと簡潔に報告する。
座敷わらしな俺は、思玲の顔の前まで降りる。彼女の疲れた目を覗きこむ。
思玲は鬼に抜かれた頭髪の付け根あたりを触りながら言う。
(そうかもしれないけど、行かなくても同じかもしれない。
……楊偉天は流範やカラス達から始まって、十二磈、峻計、小鬼とぞくぞく手下を送りこんでくる。
かたや劉師傅が日本に差し向けたのは思玲だけ。戦力的に差がありすぎる)
(初耳だと思うがうすうす感づいていた。しかも、その唯一の師匠は音信不通だ。来てほしくはないけど、正義の味方が問答無用で俺達を成敗するとは思えないし、状況打破のためには登場を待つしか……。
どっちにしろ連絡手段の確保なんて基本中の基本だと思うけど。……小鬼がスマホを持っていたな。あっちは21世紀の技術プラス妖術だ)
思玲は石段脇の花壇へとよろよろ行く。
とうに盛りが過ぎたアジサイの群落の前でしゃがむ。その葉をいくつかつまむ。
葉を重ねて地面に置き、左手で耳にかかった髪をひとつかみ持つ。右手の中指と人差し指の爪でなぞる。剃刀をあてたように切れた髪の毛を、アジサイの葉の上に置く。呪文を唱える。
彼女は背筋を伸ばし、インターホンを鳴らす。
ピンポーン
ピンポーン
チャイムを二度鳴らしても、職員はでてこない。ほれ見ろという顔を俺に向けて、思玲はドアを開ける。
外から見るかぎりでは、人の明かりもまだつらくはない。事務室では、数人の職員がデスクワークにはげんでいた……。
思玲はドアを開けたまま、室内へとアジサイの葉をかまえる。
ライム色の光が、拡散しながら部屋へと向かう。思玲がよろめく。その手もとで葉はみるみるしなびていき、枯れて、崩れて消えていった。
実際にかなりこたえたのだろう。事務所をでたところの段差で、彼女はまたもよろめく。横に浮かぶ俺を支えに体勢をただそうとするが、俺に支えられるはずがない。
俺は沈み思玲が転がる。巻き添えで彼女の体に潰される。
上空でドーンのひそめた声がした。
カラスは低く飛び、すこし離れた街灯にとまる。
思玲が腰をさすりながら上空をにらむ。俺は思玲から這いでる。
街灯の明かりがちょうど灯る。俺と思玲はドーンの下へたどり着く。夕焼けはさらに深まり、上空の浮き雲の縁も染めている。
思玲が生け垣に声をかける。黒くて大きな狼がうずくまりひそんでいた。
悲しむ必要はない。ここからはお前達が人に戻る番だ。
キッパリ
そうは言っても、さらなる天祐が必要だがな。
……川田と和戸が生きているということは、人間の女の姿をした大鴉を見ていないのだろ?
あいつは峻計といい、除草剤と殺虫剤を混ぜたような存在だ。私など扇も護刀も捨て、逃げるのが精一杯だった
ドーンが生垣の柵まで慌てて降りてくる。
そう言うなり、思玲がよろめく。川田があわてて飛びでてくる。
次回「人燃し頃」