(貪は黒い龍だ。人の目に見える巨大な異形だ。この姿が知れ渡れば、伝承と隔てられた人の理は瓦解する)
松本哲人、ずっと見せてもらったぜ。東のはずれの都からな
お前の力をな。授かった力をより強める力。俺様が自由に飛ぶためには、真っ先に殺さないとな
(貪は夏奈である青龍よりもでかい。翼を生やしている。
夏奈である青龍よりも理知的かもしれない。それでいて邪悪な匂いがあふれる)
……。
(楊偉天が貫かれ裂かれた体を必死にさする。若返るなり朽ち始めた肉体の上で、老人の顔が青ざめる)
(剣を地面に刺して堪える。……楊偉天が吸われる。廃村の名残も。結界に包まれた竹林も。藤川匠は……)
不思議に思うな。ゲヒゲヒ
こいつはお前より力があるからな
(貪は使い魔達のように心を読む。こんな奴に勝てるはずがない)
(貪が吐きだす。溶けかけた老人が俺に激突する。結界の溶けた竹林も。またガラスの破片が頬に刺さる。痛覚の消えた俺は剣で耐えるだけ――)
貪が吐きだしたなにかが当たった。俺の中に入ってくる。
(俺の体が変わる。慣れ親みはじめた、もうひとつのおのれの体へと……。透けた光が戻ってきた!)
異形に戻るとはな。
八咫烏の告刀か。激烈な導きだ
やあ!
(俺は両手でかかげる。破邪の剣が荒れ果てた森を照らす。目前に迫った貪の鼻へと突きさす)
とお!
(貪が悲鳴をあげて空に戻る。俺をはらおうとする尾を剣で薙ぐ。また罵声が響く)
命と引き換えに俺様を制した男の息子が褒美でもらったらしい。流れ流れて、いまはお前の手もとだ
(貪が口を開く。暗黒の炎が放たれる。俺は転がるように避ける。そこに巨大な爪が待ちかまえていた)
(腹を貫かれて持ちあげられる。神殺の剣で爪を切断する。俺は地面に落ちる)
貪の爪は俺の中で溶けて消えていく。俺の傷も塞がっていく。
厄介な新月の力だな。だが俺様を消せる力があると思うなよ
貪の切れた爪が復活する。その爪を振り下ろされる。避けたところに、逆の手が伸びてくる。
俺の動きが分かるのだから、たやすく捕らえられる。巨大な爪が首へとたどる。
(こいつに俺を生かし続ける理由はない。首をすくめて抗うしかできない)
コワイモノシラズダ
(彼女は逃げない。彼女は手ぶらだ。すでにボロボロだ。逃げてくれ。でも、)
純然なる白銀弾だと? だったら今のうちに食うだけだ
貪の別の手が伸びる。ドロシーが避けたところを荒々しく握る。
(なのに貪がもだえる。手放された俺は地面に落ちる)
我が力は閉ざされるほどに高まる。私は二度も食われるものか!
ヨイショ
(貪の喉元から黒い血が垂れる。貪が凶悪すぎる目で俺達を見る。ドロシーが開けた食道の穴は塞がっていく)
貪が裂けるほどに口を開く。人の目に見える暗黒の炎が盛大に放たれる。
(おそらく耐えられない。俺は剣をかまえる。彼女だけでも救いたい)
(俺達は結界に包まれる。炎を押しとどめる。溶けた結界はすぐに復活する)
(ドロシーが結界を破る。なんて奴だ。
横根の結界はすぐに包みなおす)
この姿は初めてだったかな。サキトガにはばれたけど、僕は新月だけ屈強な土竜になれる。そして僕だけが君達への最後の手助けに来た。なぜならば責任の一端があるからだ
(ありがたいけど聞いている場合ではない。貪の肉球が俺達を押しつぶそうとする。
破邪の剣で結界ごと差し返す。貪が悪態をつき前足を戻す)
(見当違いな返事。露泥無であるモグラは邪悪な龍へと目を見ひろげるだけだ)
大姐の独断を諫めるために、唐に乗って
参謀が来る。
大姐もあの方だけは苦手だから、もはや今回の事象に干渉しない。あの方がたどり着くのは明るくなってからだから、松本達には幸いにも儀式は――
(喋ることで現実逃避してやがる。
代わりに横根が答える)
川田君はこれいらないって。
ドーン君が握っても光らなかった。だから笛の練習している
わあ
(経験なき突風。マジかよ、廃屋が竜巻に飲みこまれる。結界も吹き飛ばされる)
わお
(でも貪の炎が届くまえに結界は再生された。横根の感情は荒ぶっている。
……あの箱を守ることこそ必要だが、あの中にドロシーの白銀弾もある。貪を倒せる可能性が)
さ、桜井こそがリュックサックを守っている。宝を守護する龍。つまり最強状態だ
(穴から顔だけ出したモグラが、空に怯えながら答える)
(露泥無が穴に逃れる。コンビニエンスストアほどもある貪の顔が、口をひろげて迫ってくる)
(結界ごと貪の闇に閉ざされる。ドロシーの手で護符が光る)
くそっ
(貪が顔を離す。結界を両手で続けざまに切り裂く。迫った爪を破邪の剣で受けとめて、はじき飛ばされる)
(でも白猫が俺にしがみついてくれた。
俺を追う貪の爪は結界に押しとめられる)
黒い炎がドロシーに向かう。彼女は師傅の護布を振りまわす。
スゴスギ
(渦潮のような護りの術。炎を吹き飛ばす。
破滅的に巡る緋色のサテンに守られながら、ドロシーが天宮の護符をかかげる。龍を倒すべき者が暗黒の貪をにらみかえす。でも護符は輝かない。俺しか守らないお札)
(貪は冷静だ。ドロシーを護りの術ごと前足で踏みしだく)
ド、ドロシー!!!…………?
(貪は四本指なのか。彼女を持ちあげる。爪で彼女を裂こうとする。貪は器用かも――)
独鈷杵を投げる。貪の鍵爪に刺さる。その指をも消滅させる。ドロシーは落ち、貪は空へと戻る。
俺は白猫を抱えてドロシーへと駆ける。抱き起こす。サテンは彼女の肩に降りる。
そうだよ
(周囲が白く輝く。三人は清楚な跳ねかえしに包まれる)