四十八の一 貪慾

文字数 3,261文字

4.6ーtune



(暗黒の気配が象られていく)
ゲヒゲヒ
(貪は黒い龍だ。人の目に見える巨大な異形だ。この姿が知れ渡れば、伝承と隔てられた人の理は瓦解する)
松本哲人、ずっと見せてもらったぜ。東のはずれの都からな
(貪は人の声も話せる)
お前の力をな。

授かった力をより強める力。俺様が自由に飛ぶためには、真っ先に殺さないとな

(貪は夏奈である青龍よりもでかい。翼を生やしている。

 夏奈である青龍よりも理知的かもしれない。それでいて邪悪な匂いがあふれる)

な、治らぬ

……。

(楊偉天が貫かれ裂かれた体を必死にさする。若返るなり朽ち始めた肉体の上で、老人の顔が青ざめる)
肉体などいらぬ。それより書を儂に……
(瀕死となり、なおも死者の書を求める)
楊偉天はもだえ死ぬがふさわしい
(そう吐き捨てると、貪が空を見る)
夜半だ。人である松本哲人よ、俺様と儚き勝負をしろ
(貪が口を開ける)
ヒイ……
(吸いこまれる!)
(剣を地面に刺して堪える。……楊偉天が吸われる。廃村の名残も。結界に包まれた竹林も。藤川匠は……)
 
(意識なきまま吸われない)
不思議に思うな。

ゲヒゲヒ

こいつはお前より力があるからな

(貪は使い魔達のように心を読む。こんな奴に勝てるはずがない)
不味いな

ペッ

(貪が吐きだす。溶けかけた老人が俺に激突する。結界の溶けた竹林も。またガラスの破片が頬に刺さる。痛覚の消えた俺は剣で耐えるだけ――)
フワ
 貪が吐きだしたなにかが当たった。俺の中に入ってくる。
(俺の体が変わる。慣れ親みはじめた、もうひとつのおのれの体へと……。透けた光が戻ってきた!)
 貪が顔をしかめる。
異形に戻るとはな。

八咫烏の告刀(のりと)か。激烈な導きだ

(風がやんだ。不吉すぎる予感)
ともに戦え
 剣が訴えた。
やあ!

(俺は両手でかかげる。破邪の剣が荒れ果てた森を照らす。目前に迫った貪の鼻へと突きさす)

いてええ!
とお!

(貪が悲鳴をあげて空に戻る。俺をはらおうとする尾を剣で薙ぐ。また罵声が響く)

…………。
……。
あの時代、その剣は皇帝が所持していた
(貪が俺へと向きをなおす)
命と引き換えに俺様を制した男の息子が褒美でもらったらしい。

流れ流れて、いまはお前の手もとだ

…来る
最後はどちらの手にころがるかな
(貪が口を開く。暗黒の炎が放たれる。俺は転がるように避ける。そこに巨大な爪が待ちかまえていた)
ケケ
くっ

(腹を貫かれて持ちあげられる。神殺の剣で爪を切断する。俺は地面に落ちる)

 貪の爪は俺の中で溶けて消えていく。俺の傷も塞がっていく。
厄介な新月の力だな。だが俺様を消せる力があると思うなよ
(貪があざ笑う)
見ろよ

 貪の切れた爪が復活する。その爪を振り下ろされる。避けたところに、逆の手が伸びてくる。

 俺の動きが分かるのだから、たやすく捕らえられる。巨大な爪が首へとたどる。

(こいつに俺を生かし続ける理由はない。首をすくめて抗うしかできない)
ゾワッ

…見えなくても感じられる。目覚めないと…

荒ぶる龍よ、やめなさい!
……。
(ドロシーの怒りに満ちた叫び)
その異形を殺したら、殺さなくてもお前は私が倒す

コワイモノシラズダ

(彼女は逃げない。彼女は手ぶらだ。すでにボロボロだ。逃げてくれ。でも、)
龍を倒すべき存在だと?

ヤバイ

(貪は俺の心を読む)
純然なる白銀弾だと? だったら今のうちに食うだけだ
え? はや?
 貪の別の手が伸びる。ドロシーが避けたところを荒々しく握る。
あっ……
 
ポイッ
 彼女は龍の手の中で気を失う。貪が口に放りこむ。
ドクン
(手にする剣さえ鼓動した)
でたな。憤怒の力か
(貪は動じない)
思ったよりは――
 
パチッ
噠!
ぐわああああ
(なのに貪がもだえる。手放された俺は地面に落ちる)
ぐえ

(その上にドロシーが着地する)

スタッ

あさましき魔獣め

(俺をクッションに、彼女はすぐに立ちあがる)
我が力は閉ざされるほどに高まる。

私は二度も食われるものか!

…………。
ヨイショ

(貪の喉元から黒い血が垂れる。貪が凶悪すぎる目で俺達を見る。ドロシーが開けた食道の穴は塞がっていく)

消滅させる
 貪が裂けるほどに口を開く。人の目に見える暗黒の炎が盛大に放たれる。
テツトサン!
(ドロシーが抱きつく。お互いに護布をかぶせる)
(おそらく耐えられない。俺は剣をかまえる。彼女だけでも救いたい)
間に合え!
 幼い横根の声?
(俺達は結界に包まれる。炎を押しとどめる。溶けた結界はすぐに復活する)
間に合った……
(足もとに十字羯磨をくわえた白猫がいた)
噠!
(ドロシーが結界を破る。なんて奴だ。

 横根の結界はすぐに包みなおす)

……この結界は清潔だ
(ドロシーが印をほどく)
大姐は戦わないそうだ
わあ

(地面からモグラが顔をだす)

この姿は初めてだったかな。サキトガにはばれたけど、僕は新月だけ屈強な土竜になれる。そして僕だけが君達への最後の手助けに来た。なぜならば責任の一端があるからだ
おりゃ!
(ありがたいけど聞いている場合ではない。貪の肉球が俺達を押しつぶそうとする。

 破邪の剣で結界ごと差し返す。貪が悪態をつき前足を戻す)

川田達は?
タ、大姐は現れない
(見当違いな返事。露泥無であるモグラは邪悪な龍へと目を見ひろげるだけだ)
大姐の独断を諫めるために、唐に乗って参謀が来る。

大姐もあの方だけは苦手だから、もはや今回の事象に干渉しない。あの方がたどり着くのは明るくなってからだから、松本達には幸いにも儀式は――

二人とも四玉を守っているよ
(喋ることで現実逃避してやがる。

 代わりに横根が答える)

川田君はこれいらないって。

ドーン君が握っても光らなかった。だから笛の練習している

(天宮の護符もくわえていた。ドロシーが受けとる)

わあ

(経験なき突風。マジかよ、廃屋が竜巻に飲みこまれる。結界も吹き飛ばされる)
わお

(でも貪の炎が届くまえに結界は再生された。横根の感情は荒ぶっている。

 ……あの箱を守ることこそ必要だが、あの中にドロシーの白銀弾もある。貪を倒せる可能性が)

夏奈さんは?

……。

(龍を倒すべき存在が白猫に聞く)
さ、桜井こそがリュックサックを守っている。宝を守護する龍。つまり最強状態だ
(穴から顔だけ出したモグラが、空に怯えながら答える)
彼女はすべてを思いだし、
グワアアアア
き、来た
(露泥無が穴に逃れる。コンビニエンスストアほどもある貪の顔が、口をひろげて迫ってくる)
グヒヒ
(結界ごと貪の闇に閉ざされる。ドロシーの手で護符が光る)
噠!
 
!!!
ぎゃあ
フギャー!

わあ

(紅色が結界を割り、迫りくる炎を押し戻す)
蛋民め!
ガシッ

くそっ

(貪が顔を離す。結界を両手で続けざまに切り裂く。迫った爪を破邪の剣で受けとめて、はじき飛ばされる)
松本君!

(でも白猫が俺にしがみついてくれた。

 俺を追う貪の爪は結界に押しとめられる)

これでもダメか?
(貪は深追いしない)
ならば大陸の娘を先に処分するか
ブオオオオ
まずい……けど
 黒い炎がドロシーに向かう。彼女は師傅の護布を振りまわす。
護れ!
……攻めるほどに目覚めるのか?

スゴスギ

(渦潮のような護りの術。炎を吹き飛ばす。

 破滅的に巡る緋色のサテンに守られながら、ドロシーが天宮の護符をかかげる。龍を倒すべき者が暗黒の貪をにらみかえす。でも護符は輝かない。俺しか守らないお札)

へへっ
護布には物理攻撃だ
ベチ
(貪は冷静だ。ドロシーを護りの術ごと前足で踏みしだく)


ド、ドロシー!!!…………?

へっ
潰せないだと?
ならば!
(貪は四本指なのか。彼女を持ちあげる。爪で彼女を裂こうとする。貪は器用かも――)
ドクン
 俺の右手に砕けたはずの法具が戻る。
やめろ!
グサッ
 独鈷杵を投げる。貪の鍵爪に刺さる。その指をも消滅させる。ドロシーは落ち、貪は空へと戻る。
ドロシー!
 俺は白猫を抱えてドロシーへと駆ける。抱き起こす。サテンは彼女の肩に降りる。
ヘヘヘ、あの術を台湾で練習したの思いだせた
(彼女は平気の笑みだ)
倒せる気がしてきた
防戦一方のくせに、俺様をだと……

そうだよ

(周囲が白く輝く。三人は清楚な跳ねかえしに包まれる)
……。



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