三十の一 覇道は一方通行
文字数 2,837文字
結界が消えて、狼が屋上へと駆けこんでくる。
川田が男に飛びかかる。男は目も向けずに剣をはらう。
かすかに光が見えただろうか。狼は数メートルもはじき飛ばされて、地面に叩き落ちる。そのまま微動だにしなくなる。
桜井が空に戻る。
小鳥を目で追う男の背へと、あいつの黒い光が向かう。
男は剣ではたき落とし、あいつへと振り返る。
男は峻計から目をはずし、横根へと笑みを向ける。
小鳥が不服そうに飛びたつ。
黒い光を剣ではらい、師傅が駆けだす。小柄といえども大人の女性を片手で抱きながら、人とは思えぬ速さで。
峻計は黒羽扇を両手で持ち、師傅の剣を受けとめる。
師傅の感が強まる。横根は師傅へ必死にしがみついている。小鳥が俺の肩にとまる。
無数の鋼色の光が、雁行のように俺達へと向かってきた。
俺は護符を突きだす。桜井は空へと浮かびあがる。両翼を伸ばした光達は、俺には向かわず彼女を追いかける。光は小鳥に追いつけず、夜空にかすみ消えていく。
桜井の気配は遠ざかっていく。俺は命ぜられたままに振り返る。……俺がやるべきことは、彼女のために時間稼ぎだ。
だから分かりきったことを尋ねる。師傅は横根を横たえていた。
ゆっくりと立ちあがる。
刃先からブーメランの形をした鋼色の光達が放たれる。
俺は上空へ逃れる。
下界へと護符をかざす。雁行の光が俺を追いかけてくる。俺よりも速いが俺だって速い。追いついた光を体で受けとめる。
衝撃がずんずんと伝わる。護符は発動している。強烈だが痛くはない。
その月をさえぎり、人が空へと浮かびあがった。俺より天上へとあがり両手で剣を持つ。
俺はただただ必死だ。護符をかかげて回りこむ俺を、師傅は惑わされることなく追ってくる。剣をかかげた劉師傅の顔が半月に照らされる。
互いの距離は瞬時に縮まる。師傅が諸刃の剣を向ける。
その眼光を受け、俺は動くことさえままならない。
交差する直前、劉師傅へと黒い鳥が飛びこむ。
師傅が剣の構えをほどき、刃を横にはらう。
カラスが間際で避ける。そのまま上空へと逃れ闇にまぎれる。師傅は地面へと降りながらも、浮かぶ俺へと鋼色の光の輪を放つ。
金縛りがとけた俺は、巨大な輪をかすめるように避ける。師傅が屋上へと着地する。
高い空からドーンの声がする。
か弱い妖怪の力が、四神くずれのハシボソガラスを呼びだした。
次回「上弦の言上」