三十の一 覇道は一方通行

文字数 2,837文字

……。
……。
目の前で光が消えた……
(非常口からしぼりだすような声がする。川田も無事みたいだが)
この野郎、瑞希ちゃんを放せ!
え?
 結界が消えて、狼が屋上へと駆けこんでくる。
えっ
……。
(横根は男に片手で抱きあげられていた。男は長身で、白いシャツに紺色のジーンズとラフないでたちだ。片側の肩に緋色の布をひっかけて、大きな剣を握っている。刃だけで1メートル以上はある、段平で諸刃の剣だ)
スマナイ。人ガイルトハ思ワナカッタ
……?
(男は横根に片言の日本語をかける)
 
シカシ、ナゼニ思玲ノ珊瑚ヲ……
離せ!
シュッ
キャイン
川田が男に飛びかかる。男は目も向けずに剣をはらう。
ピクピク
 かすかに光が見えただろうか。狼は数メートルもはじき飛ばされて、地面に叩き落ちる。そのまま微動だにしなくなる。

コノヤロウ…(今のは峻計達に散々やられた奴だよな。たしかに川田は気を失ったけど、威力がありすぎる。

 この男の正体がいやでも分かる)

(男が俺の視線に気づく)
火伏せの護符を持つ物の怪……。面妖だな
ブルッ

(目があうだけで震えが走る)

川田君!
 桜井が空に戻る。
やめろ。一番のターゲットだろ!
……。
桜井、行くな!
青龍、逃れろ!
ブワサッ
ビュン
 小鳥を目で追う男の背へと、あいつの黒い光が向かう。
ペシ
ボト

 男は剣ではたき落とし、あいつへと振り返る。

鬼を盾にして生き延びたか。あいかわらずだな
クッ…
 男は峻計から目をはずし、横根へと笑みを向ける。
心配シナクテイイ。眠ラセテアゲタイガ、手ガフサガッテイル
ハ、ハイ……
すんでに光を弱めたのは人がいたからか?

劉昇め、余裕を見せたつもりか

(やはり峻計が思玲の師匠の名を口にだす。しかし、この人は台湾から空を飛んできたのか?
 それどころではない。鬼はすでに消滅したようだけど……)
起きてよ!
(小鳥が狼の顔にとまり、鳴き声をたてながら鼻をつついていやがる!)


桜井、そこからどけ!


(川田まで巻き添えになる)

川田君を助けないの?
今のうちにはやく逃げろ!
不服だけど…スイスイ
 小鳥が不服そうに飛びたつ。

老祖師はいかがされた? 答えろ

それは私こそ聞きたい

……ブワサッ

知らぬのなら、もはやお前には消えてもらう

タタッ

キャッ

 黒い光を剣ではらい、師傅が駆けだす。小柄といえども大人の女性を片手で抱きながら、人とは思えぬ速さで。

 峻計は黒羽扇を両手で持ち、師傅の剣を受けとめる。

……片手で私と戦うつもりか
お前の扇がまだ対であったときも、私は人を守りながらだったが。あのときとは似て非なるな。お前の翼をひとつ消し去ったときと
…コワイ
チョコン
 師傅の感が強まる。横根は師傅へ必死にしがみついている。小鳥が俺の肩にとまる。
あれが劉師傅さん? めちゃくちゃおっかないし
(興奮した桜井の気がずしりと重い)
それよりもだよ。川田君は気絶だけだった。でも、すごく苦しそうだし。はやく助けないと

川田は横根が回復できるかも。桜井が狙われる。俺から離れるな

(木札を盾に彼女を守ってやる……)

!!!
 無数の鋼色の光が、雁行のように俺達へと向かってきた。
ひええ!
くそっ
 俺は護符を突きだす。桜井は空へと浮かびあがる。両翼を伸ばした光達は、俺には向かわず彼女を追いかける。光は小鳥に追いつけず、夜空にかすみ消えていく。
(さらに巨大な鋼色の輪が闇夜へと飛んだ)
(回転しながら夜空を切り裂く。……なんて術だ)
やめてよ!

(桜井の声がする。光は当たらなかったようだけど)


俺から離れるな!


(俺は叫ぶしかできない。やはり彼女が狙いだ。小鳥が青龍になる前に消滅させるつもりだ)

ドクン

(……背後からの俺への怒気を感じ、護符が迎え撃とうとした)


逃げろ……。俺から逃げろ!


(桜井を道連れにさせない。俺は背をむき出しに身がまえる)

護符をつかさどる青龍の同胞よ。おのれの目におのれが見えぬ、人でありしものよ
(その声だけに威圧される)
私が誰か、思玲から聞いたようだな。

ならば答えろ。なぜこの娘は我々の宝珠の担い手となったのだ

 桜井の気配は遠ざかっていく。俺は命ぜられたままに振り返る。……俺がやるべきことは、彼女のために時間稼ぎだ。
あなたは劉師傅ですよね
 だから分かりきったことを尋ねる。師傅は横根を横たえていた。
スースー
……。
 ゆっくりと立ちあがる。
(電車の警笛、車のクラクション、改造バイクの排気音……。すぐそこから聞こえる喧騒が、どこか遠くの世界で奏でられている)
かたや空を舞い、かたや結界を覚えたとはな。

私はあさはかにも二兎を追い、ともに逃した。ゆえに時間がない。

……おさなき異形に身をやつし者よ。海神の玉がここにあるわけだけを述べよ

(俺は答えに窮する。横根が珊瑚の玉を持っている理由は、この人の気分を害しそうだし思玲に迷惑かけそうだ。この人から目をそらさないので精一杯だ)
答えぬのならば、お前も玄武も青龍生誕を助ける存在として扱う。土着の護符といえども我が剣には抗えぬ
(師傅は待つつもりはないようだ。
 言われなくても分かっている。峻計を圧倒した魔道士を相手になにができる)

青龍も玄武も人だ! 人を殺すつもりですか。あいつらに手をだすな


(それでも俺は言葉で抗う。師傅の目を見る……)

……。
ビクッ(俺の叫びなど蠅だった)
……。
(師傅が剣をかざす。月光を浴びて刃が鋭く輝く。……これが破邪の剣)
私は二兎ともに追わねばならぬ。お前に時間を使えない
ビュン!

 刃先からブーメランの形をした鋼色の光達が放たれる。


 俺は上空へ逃れる。

お天狗様お願い!

 発動!


給受・九天応元雷声普化天尊
 下界へと護符をかざす。雁行の光が俺を追いかけてくる。俺よりも速いが俺だって速い。追いついた光を体で受けとめる。
うわあ
 衝撃がずんずんと伝わる。護符は発動している。強烈だが痛くはない。
(視界の上に半月が浮かんでいる)
 
マジかよ……
 その月をさえぎり、人が空へと浮かびあがった。俺より天上へとあがり両手で剣を持つ。
(桜井のための時間稼ぎだ!)
 俺はただただ必死だ。護符をかかげて回りこむ俺を、師傅は惑わされることなく追ってくる。剣をかかげた劉師傅の顔が半月に照らされる。
……。
(慈悲を強さで隠した顔だ。隠された慈悲も俺には向けられない。俺を消滅させる信念だけが伝わる)
 互いの距離は瞬時に縮まる。師傅が諸刃の剣を向ける。
 
ヒッ
 その眼光を受け、俺は動くことさえままならない。
!?
バサッバサッ

 交差する直前、劉師傅へと黒い鳥が飛びこむ。


 師傅が剣の構えをほどき、刃を横にはらう。

バサバサ

 カラスが間際で避ける。そのまま上空へと逃れ闇にまぎれる。師傅は地面へと降りながらも、浮かぶ俺へと鋼色の光の輪を放つ。

ヒエエ…
ストン

……。

 金縛りがとけた俺は、巨大な輪をかすめるように避ける。師傅が屋上へと着地する。
俺を呼んだ? 思玲が心配だけど来ちゃったよ

 高い空からドーンの声がする。

……。

 か弱い妖怪の力が、四神くずれのハシボソガラスを呼びだした。





次回「上弦の言上」

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