まずは流範の残党がいるか探せ。青龍インコも一緒にな
小学校の校庭から俺達二人は浮かんでいく。最初はそっと木立の陰から。やがて小学校の四階建て校舎も越える。太陽が引き連れた青空から大学校舎や昨夜の寺を見おろす。お寺にはラジオ体操の参加者が集まりつつあるが、まだ墓地に気づいてないようだ。
小鳥が人に戻っていた。人である桜井が昨日の服装で空に浮かび、どうしたのって感じに俺を見ている。
(幻だと分かるけど、昨夜もそんな瞬間があったな)
流範は?
幻影の彼女へとあらためて聞く。……やっぱりきわめて俺好みだ。うぶだったころのように鼓動が高まってしまう。なぜ人に見えるのか知らないけど、幻覚であろうとインコよりはずっと嬉しい。
大カラスはいないみたい。それってラッキーなのかな?ニカッ
(笑顔で分かる。彼女はもう四玉に執着していない)
下に戻ろう。
一団で飛んでいった? このあたりには一羽もいないだと?
親玉が手負いになったとしても、奴らが見捨てると思えぬが……肩にとまるな、バシッ
禽獣といえども生まれた地に帰りたい……。一理あるのか?
だとしても、帰る勇気もない根性なしが残っているだろ。では人の世界に行くとするぞ。
本来ならば、あっちに異形を引きこむなど許されぬ行為だ。お前達は、なにがあろうと人に関わるな。
この国にもお前達を狩る魔道士は存在する。世襲の親玉に霊力などないが、金づるとしてお前達を探す。そして諸国の魔道士に討伐を外注する。
騒ぎが増すと、この町は畑に混ざったブタクサの刈り場と化すからな
(俺達は迷惑外来種かよ。お前が校門を破壊したのが騒ぎの発端だろ……)
策を伝えるぞ。
私が近くにいるのを恐れるから、なるべく空高く浮かんでいろ。流範一味がいたら、すぐに笛を吹け。和戸を守れ。桜井も奴らの狙いのひとつであるから、無理をさせるな。だが逃げられる前に捕らえて尋問しろ。昨日のように理屈を並べても、けだものには通用しないからな。
……異形とはいえ、もとは生身の鴉だ。手加減はしてやれ
(まくしたてられても、カラスを尋問する自信などない)
ひそみそうな陰や裏を探る。あいつらの習性はおおむね分かっているが、長くかかるかもな
思玲が舌を垂らす川田へとリードを取りつける。横根はみなと離れてスタンバイしている。暇つぶしに尻尾を釣り針型にしようとしている。
犬の散歩の女性と、たまたまそばの塀を歩く白猫。その実態は狼と魔道士と化け猫。そんなシチュエーションを気どるらしい。
……。
(このメンバーで作戦が成功するとは思えない)
スッ
和戸君は下で待っていていいよ。私のが奴らのターゲットだし
行くに決まっているだろ。妖怪のうちから二人きりにさせねーし
(俺と桜井が成立していることになっている。悪い気はしないから否定もしない。どうせ記憶はなくなるし)
じゃあ行こう
(俺の頭へ必要以上に爪を立てるな)
夕べはもっと高く飛んだだろ?
屋上は背だかいフェンスに囲まれて貯水タンクがあるぐらいだ。人が日常的に現れる場所ではなさげだ。
ここの隅で隠れていろよ。俺だって逆の立場じゃ怖いに決まっているし
(飛べないこいつを一人にできないな)
桜井も、ここから空を見張ってくれる? 俺は近場を探ってみるから
だったら羽づくろいって奴をしよ。思玲さんに急かされて、朝のお手入れがまだだし。
心は十代の女の子だし
二十代まであと何日?
俺は水浴びかな。さらに暑くなるし、黒づくめにはこたえるかも……。
桜井はずっと裸じゃね?
この二人がそろうと、人間のときからこんな感じだ。俺は一人で空に戻る。
校舎を中心にふわふわと浮かぶ。俺一人で空にいても意味がないと、半周したところで気づく。……サイレンが聞こえた。パトカーだ。反対側からは消防車も。お寺に騒々しく人が集まっている。
思玲は問題ないと言ったが、あの墓地の剣幕に大騒ぎにならないはずがない。……救急車まで見ると不安になる。空からもう一度手を合わせて、巡回だけはする。
今は七時ぐらいかな。はやくも太陽の熱を感じる。妖怪じゃなくても日陰に行きたいが、人の光よりはましだ。空から見ると、母校が街の一角を占めるのがよく分かる。大ケヤキが空を求めるように枝を伸ばしている。
(青龍たる感か? 二号館らしき屋上にカラスらしき黒いものが……たしかに三羽いる。大カラスはいないが、草鈴を吹くべきか?)
“貴様は雑魚に怖じ気ついて、早々に私を呼びつけたのか”
思玲の声が聞こえてきそうだ。それなら桜井達と合流するか? ……囮にしろなんて、俺には思玲の作戦など実行できない。奴らの狙いをわざわざ露わにできるはずがない。そもそもミカヅキみたいな地元の連中かもしれないし……。
桜井の声にはっと振り向く。俺は両手でバツをえがく素振りをする。しかし桜井の気配は凄まじいな。離れるほどによく分かる。
……。
(屋上まで来た俺に興味も示さない。異形の気配も伝わらないし、普通のカラスっぽい)
(ここは図書館に近い。使い魔だかの声が露骨に届く。はやく立ち去りたい)
あんただろうと、その言いかたはないぜ。俺達は好きで腹が減ったわけではない
そもそも、こんな人間だらけの場所で、どうやって飯を探すのさ
カカッ、あの大将は三下にしこたまやられたらしいぜ。だから俺らは力を失ったのだろ?
で、他の連中は逃げた。それを今さら
だいたい、あの大カラスがどこにいるか分からないだろ。会いようもないさ
つまり、こいつらだけが残っていて、かつ流範の居場所を知らないようだ。
俺は力など授からなくても、山原で一番のカラスだった。こんな山火事のような地でも一羽で生きられるが、あの方には恩義がある
本当に、ここに残って流範様を探すのか? カンナイさんがそこまで言うのなら、俺は付き合っていいが
フワフ…
(カンナイ? 流範がそんな名前をだしたよな)
ここは下品な暑さで食いものはネズミの抜け殻すらない。あいつらみたいにあてもなく去るより、あんたと一緒のが生き長らえるかしらね
そうとも限らないけどな。
俺はあの二羽を捕らえて、なにかしら聞きだしてみる。さきほどのわざとらしい動きが気になるが、奴らが流範様を虜にしているかもしれないしな
あいつらに手をだすな!
ズンズン
妖怪変化がここにいるぞ!
太陽が異形から見守ってくれるさ。
来たい奴だけ来ればいい
カンナイが小学校へと向きを変える。朝陽に照らされて羽根が群青色に輝く。
俺は懐から草鈴を取りだす。
カラスは目ざとい。
なんだありゃ? カンナイさん、ちょっと待ってくれ
ピョンピョン、バサリ!
俺が見えないのだから俺への悪意を持ちようもないカラスが、護符の存在を知ることもなく草鈴をくちばしで奪いとる。
カンナイが飛びたった。他のカラスもあわてて羽根をひろげる。三羽は小学校へと連なっていく……。
汚いとか言っていられない。草鈴を拾い、口にあてる素振りをする。
カンナイ達は狭い空などひとまたぎで、すでに小学校の屋上を旋回していた。カーカーと威嚇の鳴き声が届く。俺は草鈴を裾に放りこむ仕草をして浮かびあがる。
誘う声から逃れるように空へと戻る。
次回「雷と轟音と朝日」