十四 幻影少女

文字数 3,753文字

待たせてごめんね
スイスイ

飛ぶの楽

ハッハッ

……暑くなるな

……。
フワフワ
ジロ

待たせすぎだ

……。(俺だけにらむな)
まずは流範の残党がいるか探せ。青龍インコも一緒にな
了解!ピーピー
 小学校の校庭から俺達二人は浮かんでいく。最初はそっと木立の陰から。やがて小学校の四階建て校舎も越える。太陽が引き連れた青空から大学校舎や昨夜の寺を見おろす。お寺にはラジオ体操の参加者が集まりつつあるが、まだ墓地に気づいてないようだ。
カラスの一団などどこにも見あたらない
あいつらがそうかな?
ドコ?(妖怪より鳥のが目はいいようだ)


流……

 言いかけて唖然としてしまう。
 小鳥が人に戻っていた。人である桜井が昨日の服装で空に浮かび、どうしたのって感じに俺を見ている。

(幻だと分かるけど、昨夜もそんな瞬間があったな)

流範は?

 幻影の彼女へとあらためて聞く。……やっぱりきわめて俺好みだ。うぶだったころのように鼓動が高まってしまう。なぜ人に見えるのか知らないけど、幻覚であろうとインコよりはずっと嬉しい。
大カラスはいないみたい。それってラッキーなのかな?ニカッ
(笑顔で分かる。彼女はもう四玉に執着していない)


下に戻ろう。

だね。スイスイ
フワフワ
スイスイ
……。
 みんなと合流する前に、桜井の幻は消えた。

一団で飛んでいった? このあたりには一羽もいないだと?

マジっすよ。ヒョイ
親玉が手負いになったとしても、奴らが見捨てると思えぬが……肩にとまるな、バシッ
キャア、ヒド、スイスイ
故郷に戻ろうとするなんて不思議じゃないよ
禽獣といえども生まれた地に帰りたい……。一理あるのか?


だとしても、帰る勇気もない根性なしが残っているだろ。では人の世界に行くとするぞ。

本来ならば、あっちに異形を引きこむなど許されぬ行為だ。お前達は、なにがあろうと人に関わるな。

この国にもお前達を狩る魔道士は存在する。世襲の親玉に霊力などないが、金づるとしてお前達を探す。そして諸国の魔道士に討伐を外注する。

騒ぎが増すと、この町は畑に混ざったブタクサの刈り場と化すからな

(俺達は迷惑外来種かよ。お前が校門を破壊したのが騒ぎの発端だろ……)
 俺へと、きつい眼差しが固定された。

策を伝えるぞ。

私が近くにいるのを恐れるから、なるべく空高く浮かんでいろ。流範一味がいたら、すぐに笛を吹け。和戸を守れ。桜井も奴らの狙いのひとつであるから、無理をさせるな。だが逃げられる前に捕らえて尋問しろ。昨日のように理屈を並べても、けだものには通用しないからな。

……異形とはいえ、もとは生身の鴉だ。手加減はしてやれ

(まくしたてられても、カラスを尋問する自信などない)
チョコチョコ

思玲達は違う場所を探すんだよな?

ひそみそうな陰や裏を探る。あいつらの習性はおおむね分かっているが、長くかかるかもな
思玲。はやく取り付けろ
シッポ、オモシロイ

 思玲が舌を垂らす川田へとリードを取りつける。横根はみなと離れてスタンバイしている。暇つぶしに尻尾を釣り針型にしようとしている。

 犬の散歩の女性と、たまたまそばの塀を歩く白猫。その実態は狼と魔道士と化け猫。そんなシチュエーションを気どるらしい。

無理だけはするな
 思玲達は校門へと去っていく。
……。
……。
……。

(このメンバーで作戦が成功するとは思えない)

スッ

和戸君は下で待っていていいよ。私のが奴らのターゲットだし
 桜井が手から離れた風船みたいに垂直に飛ぶ。
行くに決まっているだろ。妖怪のうちから二人きりにさせねーし
(俺と桜井が成立していることになっている。悪い気はしないから否定もしない。どうせ記憶はなくなるし)

じゃあ行こう

フワフワ
ちょ、ちょっ高すぎ。いったん戻れ。ガシ
(俺の頭へ必要以上に爪を立てるな)

夕べはもっと高く飛んだだろ?

昨日は暗くて見えなかった。……マジで降りて
情けね。屋上までは行こ

スイスイ

 桜井は一羽ですいすいと上っていく。
がんばれ。フワフワ
 屋上は背だかいフェンスに囲まれて貯水タンクがあるぐらいだ。人が日常的に現れる場所ではなさげだ。
ヘニャヘニャ
 カラスが俺から降りるなりしゃがみこむ。
ここの隅で隠れていろよ。俺だって逆の立場じゃ怖いに決まっているし
悪いけど、そうさせてもらう。ヘニャヘニャ

(飛べないこいつを一人にできないな)

桜井も、ここから空を見張ってくれる? 俺は近場を探ってみるから

だったら羽づくろいって奴をしよ。思玲さんに急かされて、朝のお手入れがまだだし。

心は十代の女の子だし

二十代まであと何日?

俺は水浴びかな。さらに暑くなるし、黒づくめにはこたえるかも……。

桜井はずっと裸じゃね?

あんただって全裸だろ。変態カラス!
 この二人がそろうと、人間のときからこんな感じだ。俺は一人で空に戻る。
フワフワ

 校舎を中心にふわふわと浮かぶ。俺一人で空にいても意味がないと、半周したところで気づく。……サイレンが聞こえた。パトカーだ。反対側からは消防車も。お寺に騒々しく人が集まっている。


 思玲は問題ないと言ったが、あの墓地の剣幕に大騒ぎにならないはずがない。……救急車まで見ると不安になる。空からもう一度手を合わせて、巡回だけはする。


 今は七時ぐらいかな。はやくも太陽の熱を感じる。妖怪じゃなくても日陰に行きたいが、人の光よりはましだ。空から見ると、母校が街の一角を占めるのがよく分かる。大ケヤキが空を求めるように枝を伸ばしている。

松本君!
ビク

(よく届く声)

学校を見て。あいつらかも
(青龍たる感か? 二号館らしき屋上にカラスらしき黒いものが……たしかに三羽いる。大カラスはいないが、草鈴を吹くべきか?)
“貴様は雑魚に怖じ気ついて、早々に私を呼びつけたのか”
 思玲の声が聞こえてきそうだ。それなら桜井達と合流するか?

 ……囮にしろなんて、俺には思玲の作戦など実行できない。奴らの狙いをわざわざ露わにできるはずがない。そもそもミカヅキみたいな地元の連中かもしれないし……。

(だから一人で向かう)
私も行こうか?
ハッ

…イラナイ

 桜井の声にはっと振り向く。俺は両手でバツをえがく素振りをする。しかし桜井の気配は凄まじいな。離れるほどによく分かる。
……。

(屋上まで来た俺に興味も示さない。異形の気配も伝わらないし、普通のカラスっぽい)

どうするのよ
まったくだ。どうすればいいんだ
(仲間うちの会話に集中するだけ……!)
『あいかわらずお困りだな』
『あの女は助けにならないよ』
(ここは図書館に近い。使い魔だかの声が露骨に届く。はやく立ち去りたい)
ピリピリするな。お前達は朝飯でも食いにいけ
あんただろうと、その言いかたはないぜ。俺達は好きで腹が減ったわけではない
そもそも、こんな人間だらけの場所で、どうやって飯を探すのさ
だからこそ流範様と合流して、また力を授けてもらう
(……こいつらは使いのカラス)
カカッ、あの大将は三下にしこたまやられたらしいぜ。だから俺らは力を失ったのだろ?

で、他の連中は逃げた。それを今さら

だいたい、あの大カラスがどこにいるか分からないだろ。会いようもないさ
 つまり、こいつらだけが残っていて、かつ流範の居場所を知らないようだ。
(よっしゃ、俺達の役目は早々に完了だ)

フワフワ

俺は力など授からなくても、山原(やんばる)で一番のカラスだった。こんな山火事のような地でも一羽で生きられるが、あの方には恩義がある
本当に、ここに残って流範様を探すのか? カンナイさんがそこまで言うのなら、俺は付き合っていいが
フワフ…

(カンナイ? 流範がそんな名前をだしたよな)

ここは下品な暑さで食いものはネズミの抜け殻すらない。あいつらみたいにあてもなく去るより、あんたと一緒のが生き長らえるかしらね
そうとも限らないけどな。

俺はあの二羽を捕らえて、なにかしら聞きだしてみる。さきほどのわざとらしい動きが気になるが、奴らが流範様を虜にしているかもしれないしな

物の怪だろ? 危なくないか
(ドーンと桜井の存在がばれていた!)

あいつらに手をだすな!

ズンズン

妖怪変化がここにいるぞ!

まったく気づいてくれない
『お前のことは誰も覚えていない』
『仲間にもいずれ忘れられる』
ブルッ
太陽が異形から見守ってくれるさ。

来たい奴だけ来ればいい

 カンナイが小学校へと向きを変える。朝陽に照らされて羽根が群青色に輝く。

 俺は懐から草鈴を取りだす。


 カラスは目ざとい。

なんだありゃ? カンナイさん、ちょっと待ってくれ


ピョンピョン、バサリ!

わっ
 俺が見えないのだから俺への悪意を持ちようもないカラスが、護符の存在を知ることもなく草鈴をくちばしで奪いとる。
ただの草かよ。浮いているから虫かと思った。ぺっ
そうやって飯をあさって生きていろ


ブワサッ

待ってくれ


バタバタッ

 カンナイが飛びたった。他のカラスもあわてて羽根をひろげる。三羽は小学校へと連なっていく……。
……。
 汚いとか言っていられない。草鈴を拾い、口にあてる素振りをする。
しーん
クソッ
 カンナイ達は狭い空などひとまたぎで、すでに小学校の屋上を旋回していた。カーカーと威嚇の鳴き声が届く。俺は草鈴を裾に放りこむ仕草をして浮かびあがる。
キッ

フワフワ

『お前に助けはない』
『救いもないぜ』

 誘う声から逃れるように空へと戻る。





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