人の形
文字数 1,537文字
2-tune
こいつは戦場で躊躇しやがった。
せめて梁大人 の娘孫だけでも逃がしてくれ。
鋼鉄の蹄音が遠ざかっていく。とりあえずは、若者を生き延びさせた。あとは……。
俺は周囲を見渡す。河原に漂う紫色の煙はなおも消えない。毒を浴びた二人はもはや動かない。
おぞましい槍が、また一人の心臓をつらぬく。背高泡立草の群落にひそんでいた者が、人の形をした魔獣へと扇を向ける。だが暗黒の光を受けて、体を引きちぎられる。
これで残るは俺だけ。地獄の責め苦の具現。
静かで落ち着いた人の声がした。
俺は場違いな声の主を見あげる。旧知の男がいた。
毒も傷も負った俺は、なおも立ちあがろうとする。腕から落ちる。
麗豪は眼鏡の銀色の縁をあげ、手もとの古びた書を閉じる。あれは……。
蜜柑色の仏僧服の男が麗豪の脇に立つ。この剃りあげた頭の魔道士は、仲間を二人殺した。……式神は、すべてこいつが倒した。復讐の誓を。俺の力でかなうはずない。
姿を見せぬ異形が俺を笑う。
逃げられるはずない。この声が放った黒い螺旋は、隊長のチャドを四散させた。実弾を用いた者もいたが、魔道士さえもはじき返した。
骸をあさっていた隻腕の大男が電話を取りだす。
おぞましくも麗しい異形が姿をあらわす。
異形の女は、魔道団の厳重にロックされたスマートフォンを操作しだす。
異形の顔に身も凍る笑みが浮かぶ。
もはや誰も川砂利に這いつくばる俺に興味を見せない。
あどけない声に、娘の顔を思いだす。力もなき魔道士が子どもなど持つべきではなかった。
巨大なカラスが橋の欄干にとまり、河原の化け物達を見おろしている。
俺は鵺退治の際に一度会っただけの男にすがる。俺は死ぬわけにはいかない。この惨状を上の者に伝えなければ――。もはや建前は不要だ。もう一度娘を見たい。
なのに男は背中を向ける。
飛び蛇を首に巻かせた異形の女が俺を見おろす。
金鉱を掘りあてた笑みを隠そうとせぬまま、女も俺に背を向ける。
遠慮なき大声が響く。
隻腕の男の手に、また魔道具が現れる。人の手をした槍先の、猛毒をまき散らした五叉槍が。異形が槍をふるう。
赤い炎が川原を舐める。仲間の屍を燃やしていく。この火は強すぎて、延焼した草野原が本来の炎で燃えだす。異形の炎と本物の火で赤く照らされる。地に伏す俺にすら熱が伝わる。
隻腕の男が俺に気づく。凶相に笑みを浮かべ槍をかざす。最後に残った俺は、生きながら燃やされる。
次回「あてなきリスタート」