四十一の一 この国の侍衛

文字数 2,069文字

(紫と黄のツートン。真っ暗な駐車場で、ど派手なヘリコプターは羽根を回したまま待機している。風圧も轟音も起こさずに、そよ風のようにやってきた)
“へっ”

(ドロシーの件を露泥無に相談しても気が重くなるだけだった。それは、ケビン相手でも変わりなかった)


彼女は罰を受けました。だから許してあげてほしい

香港から一緒に来ていた? 十八歳のかわいい娘? わお


……梁老師のお孫と言われてもな

(そもそも彼の記憶からドロシーは消えていた)
松本という名の一般人が異形と戦ってきたと言われてもな

(苦笑いで異形である俺を見る。ケビンの頭からは人である俺も消えていた)

やっぱりでかい

傷を治すことだけ考えろ
(少女が顎をあげてケビンを見上げる。ついで俺をにらむ)
扇にあの娘のくせがついた。使いこんで消さないと。さんざん振りまわしたうえに捕まりやがって。


……達者でな

ちょっと待て。事務的な話もさせてくれ
(立ち去ろうとする少女をケビンが押しとめる)

雅の件は感謝しているが、引き渡すのは後日にしてくれ。


嵒駿であるガブロの破片だ。十年ぐらい温めれば消滅はしまい。百年もすれば仔馬としてこの世に現れる。……あの馬にふさわしい寝床を見つけるまで、俺は死ねない

 手にした小石を見せる。
……。
なおのこと体を癒せ。達者でな
……将来、いい女になりそうだな

どうでしょう

(思玲は背を向けて手を振る。ケビンは俺の横へ目を向ける)
狩りの時間だな
(川田がケビンへと凶悪な目で笑う。狼になろうが、こいつの頭にはそれしかない)
俺は弱い。……次に会うとき、お前も俺の記憶にいないかもな
……。

(ケビンが黒い狼の頭をさする。

 俺達に向けた言葉はそれだけだ。ケビンは影添大社のヘリコプターに乗りこむ)

よっ♪
はっ
カワイイ

(そのライトに照らされながら、思玲は扇と護符で演武を始める。

 ヘリコプターを運転してきたものが、俺と琥珀に向かってくる)

折坂だ
ま、松本です

(俺達に挨拶する。ヘルメットを小脇に抱えた、白シャツにスーツパンツの三十代ぐらいの男性だ。長身で均整のとれた体。知的な目に、隠せないワイルドなたたずまい――。こうなりたいと憧れる大人だ。

 格好いい笑みを俺達に向ける)

君達に隠しようがないな。私も異形だ。大和獣人の生き残りだ

(それは、姿を見るなり露泥無から指摘された。その式神ランクはレジェンド。つまり龍と同格。日本史にも名を残しているという。たとえば立ち往生した僧兵……。


 そんな恐ろしい異形だとしても、立ち去られるまえに聞いておかねばならない。と言うか、彼からは畏怖とか漂わない。

 折坂さんに会釈する)

大蔵司さんにはお世話になりました。

……あの血はなんですか?

……。
(この人は、夏期講習から寄り道したような制服姿の俺をやさしく見る)
その件は彼女から聞いたよ。きつく叱っておいた。

あの血は聖でも妖でもない。だが強すぎる血だ。松本君に隠された力がなければ、使いこなせず食い殺されていた。悲惨な死に方をしていた


チラッ

マジ?

(俺の秘めた力を見抜いている。折坂さんは琥珀に目を向ける)

ヘーコラ

琥珀と申します。折坂様のお噂はうかがっております。

ヘーコラ

今後の台湾の魔道士は、あの少女が長で、君が仕切るということだね。

……手負いの獣に蒼き狼、大鷲、知恵高き小鬼。そうそうたる面子だ。彼女の演武も力強い

たあ♪
(なるほど、あれはアピールを兼ねているな)
“ムジナに座敷わらし、白猫とカラスもどき以外は台湾の式神ということにしておけ”
(思玲からきつく命じられていた)

我が主は、あの齢で螺旋の光を放ちます。


ここだけの話ですが、香港より早くて安くて確実ですよ

(フードをおろした琥珀が揉み手で言う。詐欺集団だ。

 折坂さんである獣人は、あいまいな笑みを浮かべる)

日本はなおも荒ぶる異形が多いからな
(折坂さんはそう言って、毒々しいストライプのヘリコプターに目を向ける)
この宮司専用機は特別にお借りした。これには君達に劣らぬものを封じてある。

……帰還の刻だ。あの方は私が離れるのをよしとしない。大蔵司と執務室長が傍らにいても、それでもなおだ。

進捗があったら大蔵司に連絡してくれ

(手ぶらで帰る羽目になっても、この人は顔色も変えない)

ハッ

もうひとつだけ教えてください

ヒソッ

大蔵司さんの力で、あの女の子の傷と病気を治してしまいました。あの子はどうなりますか?

……。
ヒソヒソ
……。
(折坂さんが、演武をしながら黒猫と話す思玲を見つめる)
感じられないな
(操縦席へと歩いていく)
受けとるだけで済んだとしたら、大蔵司ほどの娘かもな。


かわいそうに






 

パラパラ

ホホホ…

(二人を乗せたヘリコプターが去っていく。

 いよいよ俺達は、やるべきことを始めるだけだ。夜半である午前零時なんてあっという間だ)

あいつは敵だ

わあ!

(うなり声が横から聞こえてびっくりする。黒い狼がまだいた)
だが強い
……。
言われるまでもない
わあわあ!

(美しい蒼色の狼が背後でうなり、さらに驚かされる。

 ……こいつらは折坂さんが去ってからうなる。大蔵司の上司が敵であるはずない)



次回「夜咲く妖花」

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